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かいでは 最古の俺が 閑谷校

 

■特別史跡 旧閑谷学校

 

池田家の墓地選定のため当地に立ち寄った時の岡山藩主・池田光政は、風光明媚で清閑な環境に感動し、孔子の儒教に基づいた学校の地に相応しいと確信、家臣の津田永忠に建設を命じた。1670年(寛文10年)のことである。

当時、城下には藩士のための学校「岡山藩学校」(下写真)は設けられていたが、ここは当初から、庶民も一緒に学べる学校として創建されている。

 

 

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 光政の死後もその遺言により精神は引き継がれ、1701年(元禄14年)には、講堂などが大改築され、今日目にするような姿に生まれ変わった。 特別史跡 旧閑谷学校である。

学校近くの旧道に学校の入り口を表す石門が残っている。

高さは、4メートル余りとされているが、今ではその2/3以上が土に埋まり、背丈ほどの、擬宝珠型をした頭部のみが見える。

 

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 鶴鳴門と呼ばれる正門。

切り妻造りの屋根は、備前焼の本瓦葺きで、棟には鯱が一対乗っている。

門の先には、儒学の殿堂をなす中心的な建物、孔子像を祀る聖廟が見える。

 

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 学校の敷地を取り巻く石塀。

幅、高さとも2メートルの、かまぼこ形をした石組みで、その長さは、765メートル。

形の不揃いな石を、巧みに組み合わせており、元禄年間に造られたにも関わらず、未だに一本の雑草も生える事が無い、不思議な塀である。

 

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 19段の石段を上がると外門が有り、それを潜ると孔子像が祀られた、聖廟(孔子廟)がある。

学校内では、最も古いとされている建物である。

聖廟の前には、赤と黄の一対の櫂の木が有り、秋には素晴らしい紅葉を見せてくれる。

その東に建つ東御堂とも呼ばれる閑谷神社は、学校の創始者である池田光政公を祀っている。

 

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 学校の中心的な建物である講堂は、国宝に指定されている。

入母屋造りの堂々たる建物で、その大きな屋根は、備前焼の本瓦で葺かれている。

 

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 講堂の内部は、公開されているので、上がる事が出来る。

講堂は、10本の欅の丸太に支えられ、その周りの花頭窓から明かりを取るだけのシンプルな造りである。

柱も床も、しっかりと拭きあげられて黒光りしている。

 

 閑谷学校は、我が国最初の公立の庶民のための学校で、現存する日本最古の学校建築として、多くの建物などが、国宝や重要文化財に指定されている。

 

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■交通案内

 

   ■ JR電車 山陽本線吉永駅下車、タクシー(約8分)叉は、徒歩(3.4Km 60分)。

         赤穂線備前片上駅下車、タクシー(7.9Km 10分)

   ■ 高速道路 山陽自動車道備前IC下車。

国道2号を岡山方面へ、閑谷学校入口を右折、県道261号経由で(9.3Km 約15分)



 

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