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ん工事 乗り越え架ける 夢の橋

 

■瀬戸大橋

 

 一世紀にも及ぶ悲願であった「瀬戸大橋」は、1969(昭和44年)5月、神戸・鳴門、尾道・今治とともに、児島・坂出のルートで架橋建設工事が正式に決定された。

 

 瀬戸内海は、一帯が国立公園に指定された景勝地であると同時に、海上交通の要衝でもあり、一日の航行船舶数が約700隻と言われる過密海域でもある。加えて豊かな漁場でもあることから、架橋は景観や環境に最大限配慮しながら、巨大な地震や台風に耐えられ、道路と鉄道の併用橋としての十分な強度を有する事、等々過酷とも言える設計条件が課せられた。

 

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 こうして調査開始から30年の歳月を積み重ね、ようやく1988年(昭和63)年4月、「悲願の橋」あるいは「夢の懸け橋」とも言われた「瀬戸大橋」は完成した。10年にも成ろうという長い長い工事期間に投じられた要員は延べ860万人、使われた鋼材は東京タワーなら173基分にも相当すると言う巨大なものとなった。

 

橋の完成により嘗ての動脈、宇野と高松を結ぶ宇高航路(連絡船・フェリー)はその役目を終え、岡山と高松を結ぶJR瀬戸大橋線(本四備讃線)と瀬戸中央自動車道にバトンタッチされた。

 

 鉄道と道路の二階建て構造となる大橋は、世界でも珍しい“四つ目トンネル”で鷲羽山を抜ける。

すると、目の前に瀬戸内海が広がり、いよいよ海峡部に差し掛かる。浮かぶ大小五つの島を、六つの橋で結んだ総延長9.4Kmの大橋を、快速マリンライナーは轟音を残して10分足らずで駆け抜けていく。

 

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■下津井のみなと

 

 下津井は江戸時代、備前岡山藩の南の玄関口として賑わった港町だ。

蝦夷地(北海道)からニシン粕を積んだ北前船、参勤交代の西国大名の船、諸国の商い船、両参りで賑わう金毘羅往来の渡し船などが出入りし、その様子は『入りよくて出よい』と民謡・下津井節にもうたわれている。

 

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 瀬戸大橋の完成は、橋脚の港町周辺にも一大観光ブームを巻き起こすと同時に、嘗て賑わった港町としての機能を失わせた。しかし漁港としての下津井は今でも健在で、「下津井港直送」はブランド名として知れ渡っている。中でも下津井沖で水揚げされるタコは「下津井だこ」として全国的にも有名で、町中にはそのタコ料理を食べさせる食事処もある。

 

大橋の架橋に伴い整備された海辺の道を離れ、一歩裏の通りに入ると、そこには古い建物や町並みも残されていて、岡山県の町並み保存地区に指定されている。その中心施設が江戸時代の鰊蔵を改造した「むかし下津井回船問屋」で、ここでは北前船で賑わった往時を偲ぶことが出来る。

 

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 近くの「田土浦公園」は大橋を間近から仰ぐダイナミックな眺めが人気の隠れたスポットだ。

また背後の丘陵地帯は、瀬戸内海の多島美と瀬戸大橋を見通す絶景のビューポイントで、大型のリゾートホテルや遊園地などが立地し、大勢の観光客や家族連れなどで賑わっている。

 

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■交通案内

 

■むかし下津井回船問屋・下津井漁港

     JR  瀬戸大橋線 児島駅下車(岡山から快速マリンライナーで約20分) 

児島駅前から下電バス・下津井循環とこはい号で下津井漁港前下車(18分・一日券510円)

     車   瀬戸中央自動車道 児島IC下車 約5Km10分)

 

 

 



 

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