コンテンツ

ホーム

サイト紹介

はれのくに

の旅

遍路歩き旅

海外旅行

伝統こけし

マイブログ

んちゃい 作州津山は 城下町

 

城下町・津山

 

 北部は中国山地、南は吉備高原に接し、「山また山という言葉は、この国において初めてふさわしい」と言われるように、美作の国は中国山地の懐に深く抱かれた地である。

「続日本紀」によると和同6713)年に備前の国から分かれて建国されたとあり、国の興りから既に1300年を越えている。

かつての美作の国の中心、国府がおかれた岡山県北東部に位置する津山市は、人口10万人余りの町である。

 

5190103.JPG

5190104.JPG

5190105.JPG

 

5190106.JPG

5190107.JPG

5190108.JPG

 

「日本の名城」「日本さくらの名所」「日本の歴史公園」、それぞれの百選に名を連ねる「津山城址・鶴山公園」は、津山のシンボル、津山の顔、津山を代表する観光地である。

 

町中には東西に吉井川、南北に宮川と蘭田川が流れ、それらに守られているような要塞の地の、小高い鶴山(標高147m)にはかつて津山城が威容を誇って聳えていた。

京都本能寺の変で主君織田信長とともに戦死した、森長定(蘭丸)、長隆(坊丸)、長氏(力丸)三兄弟の末弟である忠政(千丸)が、13年もの年月を要して築いたのがこの城で、その後この地は森家4代、松平家9代の城下町として発展した。

 

5190110.JPG

5190109.JPG

5190117.JPG

 

明治の廃城令で建造物や周濠は全て取り壊される中、城郭主要部の石垣は残された。

その重厚で堅固に備えた往時の面影は、その古城跡に偲ぶことが出来る。

近頃築城400年を記念して天守南東側に位置する備中櫓が復元され、その白壁の堂々とした姿が、寂しかった石垣に彩りを添えるようになった。

 

5190111.JPG

5190112.JPG

5190116.JPG

 

 津山の駅を出て暫く歩くと、岡山三大河川の一つ吉井川に行き当たり、そこに架かる今津屋橋を渡ると鶴山通りが北に延びている。アケードの有る今津屋橋商店街と言われる通りの両側は色々な商店が立ち並び、人や車の往来も多くこの町のメインストリートだ。

 

所々道端にはカッパのモチーフもみられる。

これは吉井川に生息していたとの言い伝えが有るカッパ、この地では「ごんご」と呼ばれている。

町おこしのキャラクターに成っていて、夏には納涼の「ごんごまつり」が行われると言う。

 

5190513.JPG

5190514.JPG

5190515.JPG

 

5190516.JPG

5190517.JPG

5190518.JPG

 

 

町並み保存地区

 

津山市のメインストリートを挟んで東側一帯は、「城東界隈」と呼ばれ、旧出雲街道に沿って古い町並みが残されている地域だ。

町中を東西に旧出雲街道が貫いていて、東には宮川が流れそれに架かる大橋が城下への東の出入り口に成っている。

 

5190201.JPG

5190202.JPG

5190203.JPG

 

江戸時代に「東大番所」が置かれていた跡が、その橋の袂に残されている。

これを境に城下の内町と外町として往来を行く人々を取り締まっていたと言う。

道は橋を渡るとすぐにかぎ型に曲がる。荒神曲りと言われる通りである。

城下への敵の侵入を防ぐ大曲りで、ここら辺りが「城東町並み保存地区」と言われる一帯だ。

1.2Kmに渡り江戸後期から明治にかけて建てられた町屋が数多く残されている。

 

5190204.JPG

5190205.JPG

5190206.JPG

 

5190207.JPG

5190208.JPG

5190209.JPG

 

白壁や格子窓の美しい町屋が軒を連ねる通りには、火の見櫓が印象的な「作州城東屋敷」が有る。

復元した江戸時代の町屋で無料休憩所に成っていて、ここでは寅さんの最終作のロケが行われている。

江戸時代に建てられた旧梶村邸(城東むかし町屋)や、幕末期に洋学者として活躍した「箕作阮甫旧宅」、「津山洋学資料館」など通りには見所が多い。

 

5190210.JPG

5190211.JPG

5190212.JPG

 

5190213.JPG

5190214.JPG

5190215.JPG

 

通りからは南北に、栴檀小路、関貫小路、大隅小路などとそれぞれに名前が付けられた13本もの小路が延びていて、それらは往時の姿そのままに残されていると言い、見所の一つとなっている。

 

又津山市のメインストリートを挟んでその西側は「城西界隈」と呼ばれ、狭い道の入り組んだ地域で、津山城下を構成した武家屋敷や寺院の並ぶ寺町として栄えたところである。

西側を流れる蘭田川に架かる翁橋は、西の城下の出入り口で、ここにも江戸時代番所が置かれていた。

 

5190219.JPG

5190220.JPG

5190221.JPG

 

この城西界隈は、主に藩士の武家屋敷や、戦時に備えて寺社を集めたところで、旧出雲街道沿いには、森家の菩提寺で歴代藩主が眠る「本源寺」や、津山の総鎮守として日本三大神輿が知られる「徳守神社」など、17もの寺が甍を連ねていて、城東界隈とはまた異なった町並みの風情が郷愁を誘う。

 

 


津山藩別邸・衆楽園

 

 お城の北側には旧津山藩の別邸庭園であった「衆楽園」が残されている。

南北に長く作られた庭園でその敷地の大半を大きな池が占めていて、それを巡るように小路が造られた回遊式の庭園である。

ここは藩の謁見の対面場、やがては藩主の隠居所として使われたところだ。

 

5190301.JPG

5190302.JPG

5190303.JPG

 

5190304.JPG

5190305.JPG

5190306.JPG

 

5190307.JPG

5190308.JPG

5190309.JPG

 

庭園はよく整備されていて、手入れの効いた植栽が所々にあり、池の傍には東屋や、茶室などが建ち、再現された余芳閣、迎賓館、風月軒などが周りで彩りを添えている。

春は大しだれ桜、夏は大池の睡蓮、秋は園内いたるところに植えられた紅葉、そして冬は厳しい津山の地らしく凍った池と雪景色、このようにここでは四季折々の自然の移ろいが見るものを楽しませてくれる。

 

 

扇形機関車庫

 

津山扇形機関車庫は、2016年春「津山まなびの鉄道館」としてリニューアルオープンしました。

最新記事はここをクリックしてください。

 

 

■交通案内

 

■ JR津山線津山駅下車(山陽本線岡山駅から津山線の快速で約70分)

     津山城址     津山駅から、北に 0.8Km

     作州城東屋敷   津山駅から、北東に1.5Km

     衆楽園      津山駅から、北に 1.9Km

     徳守神社     津山駅から、北西に1.4Km

 

 

 



 

| ホーム | はれのくに | このページの先頭 |

 

(c)2010 Sudare-M, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system