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ずみ絵で 和尚のこころ 軟化させ

 

井山・宝福寺

 

総社市井尻野に建つ臨済宗のお寺、臨済宗東福寺派「井山・宝福寺」は、雪舟ゆかりの寺として知られている。

室町時代画聖と言われた雪舟は、この寺近在の赤浜で生まれている。

 

総社の市街地からは少し離れた、高梁川に近い山際の地にお寺は建っている。

山門のすぐ前はJR伯備線の線路が通っていて、時折お寺の静寂を引き裂くように、轟音をとどろかせながら特急「やくも」が駆け抜けていく。

 

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山門に向かうと左手に、「少年雪舟像」が建っている。

『当地の赤浜で生まれた雪舟は、少年のころからこの寺に入り修行をしていたが、本業を忘れ、好きな絵ばかり描いていた。

ある日和尚さんに叱られ、柱に縛られてしまうが、それでも雪舟は落ちた涙で床にネズミの絵を描き続けた。

それを見た和尚さんはその情熱に感心し、絵を描くことを許した。

その後雪舟は京に上り、さらに中国に渡り禅と絵の勉強に励み、終には画聖と言われるほどの人物になった』

と碑文には書かれている。

 

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文芸で身を立てるべく幼くして宝福寺に入ったものの雪舟は、本業の修行を忘れ、好きな絵ばかり描いていたという。

そんな雪舟を見かねた和尚はある日、雪舟を懲らしめようと方丈の柱に縛り付け、出かけてしまった。

叱られた雪舟は泣きながら、こぼれ落ちた涙を足の親指につけ、床にネズミの絵を描き続けた。

それを見た和尚は、そのゆるぎない情熱と絵の見事さに感心し、以後は絵を描くことを許したという。

 

 その後雪舟は10歳になると京都の相国寺に移り禅と水墨画の勉強をし、さらに遣明船で明に渡り本格的な水墨画の研究に励み、ついには国宝「四季山水図」などの名画を残すことになる。

世界的な画聖と言われるようになったわけだが、その評価は死後数百年も経過した江戸時代になってからのことである。

 

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 禅宗のお寺らしく石段の上に立つ山門は、入母屋造りの瓦葺、二階建てで華美さはないが落ち着いた造りだ。

山門を潜ると正面には江戸時代後期に建立されたという丸窓が印象的な仏殿が構え、その後方には経蔵が、さらに少し高くなった地には赤塗も鮮やかな室町時代中期の建立と言う三重塔が建っている。

方三間の本瓦葺、高さ18メートル余りの塔は、国宝に指定されている。

 

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山門、仏殿、三重塔を一直線に建てる伽藍配置は、禅宗寺院の特徴をよく表していると言われている。

更に右手には鐘楼が建ち、その奥の建物が雪舟伝説の舞台となった方丈と庫裏で、その左手に禅堂が建っている。

庫裡の横に鐘楼、さらに経堂、開山堂などがあり、広い境内に七堂伽藍を整えた、ここは地方では珍しい近世禅宗寺院の巨刹と言われている。

 

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方丈や禅堂では定例の座禅体験も行われている。

境内にはサクラやモミジも多く、特に紅葉の頃はそれが目当ての参拝者も多い。

シーズンには夜間のライトアップも予定されているようだ。

また、門前には宝福寺の精進料理を受け継ぐ「金亀」や「般若院」などと言った店もあり、伝統と現代が見事にマッチングした味を楽しむことが出来る。

 

 

■交通案内

 

■井山・宝福寺

車    岡山自動車道 総社IC下車 国道180号線経由 およそ15分(8.5Km

 

電車   JR伯備線 総社駅下車 徒歩でおよそ40分(2.7Km

                    タクシー・車でおよそ10分(2.7Km

 

 

 



 

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