コンテンツ

ホーム

サイト紹介

はれのくに

の旅

遍路歩き旅

海外旅行

伝統こけし

マイブログ

いえんの 正月祝う 鶴の舞い

 

後楽園のお正月

 

5270101.JPG

5270103.JPG

 

5270104.JPG

5270105.JPG

5270106.JPG

 

 『後楽園仍在 烏城不可尋願 将丹頂鶴作 対立梅林 一九五五年』

 

 岡山後楽園の片隅に建っているこの漢詩は、岡山の旧制第六高等学校で三年間を学び、帰国後は後に中国科学院院長になった郭沫若(かく・まつじゃく)氏の直筆で書かれた石碑である。

「留学時代が懐かしい後楽園も、戦災で城を失った今の眺めは寂しい限り、せめて梅林に鶴を立たせて良き伴侶としたい」

こんな意味だそうだ。

 

5270107.JPG

5270108.JPG

5270109.JPG

 

後楽園では築園当初から丹頂鶴が飼育され、江戸時代には群れを成していたと言われるが、その後その数は次第に減り、大戦の後にはついに絶滅していなくなってしまった。

園内には鶴鳴館、近くには鶴見橋など鶴にちなんだ名前が有るように、昔から鶴は後楽園のシンボルであった。

 

 戦後、氏は中国学術文化視察団を率いて、37年ぶりに岡山の後楽園を訪れている。

その折、岡山城(烏城)が戦争で焼け落ち、園の丹頂鶴が絶滅したことを聞かされ、そんな状況を嘆き見兼ねて、後日鶴を贈ることを約束し帰国の途に就いた。

 

5270110.JPG

5270111.JPG

5270112.JPG

 

5270113.JPG

5270114.JPG

5270115.JPG

 

約束通り昭和31年中国からの引き上げ船に乗せられ2羽の丹頂鶴が舞鶴港に到着した。

その日の内に汽車で岡山に運ばれ、後楽園の新居に移された。

それを元にその後釧路市などの協力を得て交配・孵化・繁殖・飼育させたものが、現在では8羽ほどに育っている。

 

5270116.JPG

5270117.JPG

5270118.JPG

 

5270119.JPG

5270120.JPG

5270121.JPG

 

5270122.JPG

5270124.JPG

5270123.JPG

 

5270125.JPG

5270126.JPG

5270127.JPG

 

「タンチョウ」はその飛ぶ姿や立居が優雅で、そんなことから瑞鳥と言われ、国の特別天然記念物に指定されている鳥だ。

園では毎年正月になると初春を彩る「初春祭」が開かれ、その折この瑞鳥の放鳥がある。

この日は係員の声に追い立てられ、金烏城とも言われる岡山城を背景にして、冬枯れの芝生の上を、池の上を、そして人々の目の前を、優美に優雅に舞うタンチョウの姿を間近で見ることが出来る。

瑞鳥がゆっくりと、大きく飛翔する姿に人々は酔いしれ興奮し、感嘆の声を上げるのである。

 

 

金烏城(岡山城)

 

 岡山市街地の東部には旭川が流れ、その分流に取り囲まれるように天神山、石山、岡山と呼ばれる高さのない小高い丘があり、複雑な地勢を要塞とした城(砦)が戦国時代には築かれていた。

豊臣秀吉の天下取りが行われ、宇喜多氏による当地の支配が成ると直家は石山城に入りこれを改築、この子・秀家は秀吉の命により隣接する岡山に本丸を築き、この一帯に城郭を発展させ今日の岡山城の礎とした。

当時の岡山城の本丸は、大阪城を模したともいわれる金箔瓦を施した豪華絢爛な姿をしていたと言う。

 

5270201.JPG

5270202.JPG

5270203.JPG

 

5270204.JPG

5270205.JPG

5270206.JPG

 

5270207.JPG

5270208.JPG

5270209.JPG

 

明治の廃城令により全国の城が取り壊される中、後楽園の南に建つ岡山城は、堀の多くが埋め立てられ市街地として変貌を遂げたものの、本丸や月見櫓・西手櫓や石山門は残された。

戦前には天守が国宝に指定されていたと言う名城だが、残念ながら昭和20629日の岡山大空襲で市街地と共に焼け落ちてしまった。

 

5270210.JPG

5270211.JPG

5270212.JPG

5270213.JPG

 

郭沫若氏が「戦災で失った・・・」と寂しがった城は、昭和41年に鉄筋コンクリート造りで再建された。

天守屋根の鯱は、金色に輝いていたと伝わる史料に基づいて、築城400年を記念した平成8年に金箔が施された。

黒漆塗りの下見板が特徴的な岡山城はその色から「烏城(うじょう)」と呼ばれていたが、今では「金烏城」と呼ばれるようになった。


 

5270301.JPG

5270302.JPG

5270303.JPG

 

 近頃お城に向かう烏城道近くの、西の丸西手櫓の前に立ちふさがっていたビルが解体され更地になった。

そのため現存するその姿が、通りからもよく見通せるようになった。

すぐ隣には大正12年に建てられた国の登録文化財の「岡山禁酒会館」の建物があり、市街地の歴史的建造物が見せるツーショットが、珍しい景観として話題になっている。

 

 

■交通案内

 

■岡山城・後楽園

車  岡山自動車道 岡山IC下車、国道53号線等経由 約7Km 20

電車 山陽新幹線・JR山陽本線 岡山駅下車 

・路面電車 「岡山駅前」から東山本線に乗り、「城下」で下車(約5分)、徒歩10

・路線バス 「岡山駅前」から岡山電気軌道・藤原団地行に乗り、「後楽園前」で下車、すぐ

・タクシー  約1.8Km 約10

・徒歩    約1.8Km 約30

 

 

 



 

| ホーム | はれのくに | このページの先頭 |

 

(c)2010 Sudare-M, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system