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どう雛 歴史 触れ合い 陣屋町

 

陣屋町・足守

 

足守(あしもり)は、江戸時代の陣屋町の面影を色濃く残す町だ。

陣屋町とは、城郭を持たない中小大名の居館のある町のことで、ここには町の背後に迫る宮路山の麓に、足守藩・木下家二万五千石、「旧足守藩屋形」の遺構が残されている。

 

豊臣秀吉の正室となったねね(北の政所)の兄・杉原家定が、関ヶ原の戦いの折りには中立を取り、その合戦ののち播磨姫路城から移り住んだのが始まりだ。ここには本陣が置かれ陣屋町として町の整備が進み、杉原家が後に木下姓の名乗りを許され、明治維新まで13代に渡り藩主として治めてきた土地である。

 

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 豊臣秀吉とのゆかりも深く、高松城攻めの折り、軍師・黒田官兵衛の献策により、堰き止めて水攻めにしたとされる足守川がすぐ横を流れている。

秀吉はJR吉備線の足守駅の裏手辺り(旧門前村)から、丁度線路に沿うように備中高松駅の東、秀吉が本陣を置いた石井山の南麓まで、高さ8メートルもある堤を僅か12日間で築いたとされている。その距離は3キロメートルほどだ。

多くはその後の開発で削り取られてしまったが、一部がまだ残されていて国の史跡に指定されている。

 

 

町人町

 

国道を外れ、足守川に架かる葵橋を渡ると「足守歴史庭園」が有り、その近くに無料の観光駐車場が有る。

そこから始まるのが「足守歴史 ふれあい通り」で、その中ほどには観光センターの役割を果たす、「備中足守まちなか館」が有り、そこには観光パンフレットが置かれ、ボランティアの観光ガイド(無料)も常駐している。

 

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またその近くに位置するのが足守プラザである。

情報発信基地、文化交流、安らぎの場として親しまれている施設で、陶芸や木工などの体験教室出来る工房を備えている。

ここではレンタサイクルの貸し出しも行われている。

 

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ここ足守には明治以降、各地で急速に失われた城下町の、特に町人町の町屋などが100戸余りも残されている。

江戸時代の伝統的な建物は、重厚な瓦屋根、漆喰のなまこ壁で構え、間口の広い平入りの家屋の一階部分には、千本格子、切子格子などと言われる端正な格子が良く保存され残されている。

二階部分に目をやると、格子窓、虫籠窓などとその形は多彩だ。

そんな通りで代表的なのが「藤田千年冶邸」で、これは代々醤油製造を営む豪商の、江戸時代末期の建物である。

 

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武家屋敷

 

江戸時代の面影を残す町人町がここの顔なら、武家屋敷もまたここの顔である。

「足守歴史 ふれあい通り」の近くに建つ武家屋敷は、江戸時代中ごろに築かれた、足守藩家老職・杉原家の旧宅である。

白壁・なまこ模様の長屋門を潜ると、前庭の向こうに堂々とした母屋が建っている。

茅葺・寄棟総平屋造りは、伝統的な武家書院造り構造で、これは今日の和風建築の原型とも言われている。

唐破風の玄関は広く、式台の先には幾つかの広間が連なり、所謂表向きの書院と言われるところで、その前には遠州流の庭園も有り、藩主用の御成門を構えている。これら凛として佇む屋敷は堂々たるもので、家老職の威厳さえ感じられる。

 

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 武家屋敷近くの小学校には、「北木下家」屋敷の表門も残されている。

これは藩政時代の貴重な遺構で、一時は学校の正門としても使われていたが、今では校庭の片隅で倉庫として使われている。

 

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 そこを少し行ったところからは、小さな川に沿った「利玄みち」が始まる。

左手の宮路山南東山麓に広がるのが「旧足守藩屋形」の遺構である。

城郭を持たない小藩の藩主の居館や、藩庁や侍屋敷などが整備されたところだ。

一角には、白樺派の歌人として知られる木下利玄の生家も残されている。

 

 

「近水(おみず)園」

 

その隣接した地には、県指定名勝の「近水(おみず)園」がある。

この庭園は岡山県下では岡山市の後楽園・津山市の聚楽園と並び、三大大名庭園の一つとされている。

すぐ横を流れる足守川の水を引き入れ、東側の御殿山を借景とした小堀遠州流と言われる回遊式池泉庭園で、江戸時代初期に造られたと思われる大名庭園だ。それは陣屋や会所と共に藩の中枢をなす施設の一つである。

 

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この庭園は簡素な造りで派手さは感じられないが、名園の誉れも高く、岡山藩が後楽園(日本三名園の一つ)を造る折には参考にしたと言われている。

5500平方メートルの敷地の中には、樹齢数百年と言われるカエデの古木や、モミジなども多く紅葉の名所としても知られている。

池を望む高台には吟風閣が建てられ、池には鶴島・亀島が浮かび、岸辺には珍しいマリア燈籠などもあり、近くには木下家文庫など見所も多い。

 

 

雛めぐり

 

足守の町並みを貫く「足守歴史ふれあい通り」を中心に、「陣屋町・足守町並み 雛めぐり」は開かれる。

大正から昭和初期の貴重なお雛様から陶器、布や組木造りなど、様々な姿のお雛様が、通りに飾られるが、規模も小さく、派手さは無いが、なぜか心癒される、ほのぼのとした懐かしさを感じる町並みに彩りを添えるひな祭りである。

(イベント期間中は民家など23カ所に展示 9時〜16時 月曜休み)

 

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■交通案内

 

■陣屋町・足守

車   岡山自動車道 総社IC下車、国道180号から429号線経由 5.4Km 10

電車  JR吉備線 足守駅下車 北方へ 徒歩3.8Km 60

駅前から足守地区生活バスの便は本数僅か(時刻は要確認)

バス  岡山駅10番乗り場から中鉄バス大井線足守大井行き乗車 「足守プラザ前」下車すぐ

 

 



 

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