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のさまも 庶民も歩く 出雲みち

 

旧出雲街道

 

 旧出雲街道は播磨の国・姫路を始点に、出雲の国・松江に至る街道である。

出雲往来ともよばれ、古代には京の都から山陽道を通り、姫路や上月、津山を抜けて出雲に向かう官道であり、出雲大社への参詣の道であり、また山陰地方からは主要な上洛の道でもあった。

 

 江戸時代になると山陰からは岩見・伯耆・出雲などが、山陽側では勝山や津山などの諸大名が江戸への参勤交代に向かう主要な街道として本格的な整備が進んだ。

沿道の各地に宿や人馬を手配する宿場が開かれたのも、大方この時期だと言う。

 

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そんな旧出雲街道は、播磨から万ノ峠を越えると、現在の岡山県の北東部美作の地に入り、津山盆地を横切るように西に進み、途中勝山を過ぎると北に進路を変え、中国山地の四十曲峠を越え出雲に向かっていた。

この間美作路には、土居・勝間田・津山・坪井・久世・勝山・美甘・新庄に宿場が置かれ、これを「美作七宿」と呼んだ。

(津山は城下町でもあるので、宿場としては数えない)

 

 

土居宿〜坪井宿はこちら

 

 

久世宿

 

平成5年に5町4村が合併し、県下でも最大の面積を誇る真庭市が誕生した。

北部には蒜山高原や津黒高原のある中国山地を擁し、南部は吉備高原に属す南北に長い地勢で、主な産業は林業と言う山間の地である。

そんな同市の中心的な役割を果たしているのが旧久世町で、江戸時代には出雲街道の宿場町であり陣屋町として、また旭川を上り下りする高瀬舟の湊として栄え、また年に何回かは牛馬の市も立ち、町には博労問屋も多数あったとその繁栄ぶりが伝えられている。

 

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 旧出雲街道の久世宿は美作7宿の一つで、町屋の数はおよそ400軒、人口が1500人余りと言う記録が残っているらしいので、結構な宿場町であったようだ。現在ではアーケードのある商店街のあたりに開けていたと言う。

 

現在でも白漆喰の伝統的な造りの民家はいくらか残されている。

しかしお世辞にも賑やかとは言えない商店街にあり、そんな中に商店や飲食店、民家との混在で更に空き地やシャッターの閉まった店も少なからずあり、旧街道の面影が感じられるほどにはない。とはいえ、街道筋には、古い石柱や樹齢360年と推定される華蔵庵の松(市天然記念物)と言われる巨木などもあり、当時の賑わいを今に伝えている。

 

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 町を貫く国道181号線沿いに重願寺と言う寺がありその横に、「早川八郎左衛門正紀」の像が建っている。

説明によると、正紀はこの地に14年間余り在籍し、その間に赤子間引きの禁止、年貢徴収方法の変更、庶民教育所の設立など善政を施し管下の百姓たちから名大官として信任が厚かったと言う。

 

 

勝山(高田)宿

 

勝山は旧出雲街道と旧美作街道が交わる宿場町として、また旭川を往来する高瀬舟の最上流に位置する発着場として、さらに二万三千石の城下町として栄えたところだ。

川に並行する全長約1キロの旧出雲街道には、岡山県下で初めて指定された「町並み保存地区」があり、道縁には古い道標や灯籠なども残され、交通の要衝として栄えた往時の面影が忍ばれる。

 

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通りは落ち着いた石畳の道で、そこには細やかな疎水が静かに流れ、鯉などの川魚が泳ぎ、時にそれは民家の床下などを潜り抜けていて、この地では水が生活と結びついていることが窺える。

保存地区には虫籠窓や連子格子の古い商家、重厚な酒蔵を構える辻本店の建物、白壁黒瓦の土蔵などを活用した土産物屋、カフェ、ギャラリー、工房などが軒を連ねている。

 

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そんな店先には意匠を凝らした草木染めの暖簾が掛けられている。

今や町歩きの楽しみの一つと言われるこの暖簾を掲げる家は100軒以上もある。

この「暖簾のある風景」は町のシンボルとして、風情ある通り、趣ある家並みに個性的な彩りを添えている。

 

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通りを外れ三浦坂などの石段道を辿れば、そこには多くの神社やお寺が建ち並び、一角には上級武士の屋敷「渡辺邸」や、「勝山文化往来ひしお館」などが有る。

その展望スペースからは美しい町並みと旭川の流れ、町を取り巻く中国山地の山並みが一望できる。

この美しい景観は、映画「男はつらいよ」シリーズの第48作「寅次郎紅の花」(シリーズ最終作)でも紹介された。

また先の大戦の折り、作家の谷崎純一郎が当地に8か月余り疎開し、川沿いの道を好んで散歩をしていたと言い、この地で名作「細雪」を書いたことが知られている。

 

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美甘宿

 

 

新庄宿

 

新庄は岡山県の北西部に位置する、林業と稲作を中心とした人口も千人に満たない小さな「村」である。

幕末の頃には100戸ほどの集落であったらしいが、それは今とあまり変わりもなく、平成の大合併ではどことも合併をせず村制を貫き、今では岡山県内に残る二つの村の内の一つで、「日本で最も美しい村連合」の加盟自治体としても知られている。

 

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 およそ300mの旧出雲街道の町並みには松江・松平家が使った雲州候本陣や脇本陣・木代家が残されている。

脇本陣は江戸時代末期頃建てられた建物で、屋号を「向馬場屋」と言い、入り口には馬つなぎの環や、トイレには今でも刀掛が残されている。

 

旧街道の両側には、江戸時代に造られたと言う小さな水路があり、コイが泳ぎ、さらさらと涼やかな音色を響かせて流れている。

「日本の音風景百選」「日本のかおり百選」にも選ばれている山里の遅い春は、4月の中頃に訪れる。

この時期になると、日露戦争の戦勝を記念して街道沿いに植えられたと言う132本のソメイヨシノが咲き誇り、「がいせん桜祭り」が盛大に行われ、大勢の花見客で賑わうと言う。

 

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宿場を越えれば因幡の国境、標高780mの四十曲峠が控えている。

現在では国道181号線が、1968年に開通した1863mの四十曲トンネルで抜けているが、これの開通以前の旧道は車で越えても、特に積雪の冬は難所中の難所と言われるほどの道であった。

 

古くからの国境超えの難所、四十曲峠の「四十」とは「始終」の事で、初めから終わりまで曲がりっぱなしとも、沢山曲がるからとも、四十回も曲がるからとも言われているとおり、上り下りには大変な難儀を余儀なくされた峠であった。

ここは中世には後醍醐天皇や擬鳥羽上皇が隠岐に配流になるときに、江戸時代に入れば参勤交代に使われた道でもある。

 

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■交通案内

 ■久世宿

   電車  JR姫新線 久世駅下車

   車   米子自動車道 久世IC下車 国道181号線を西に 約4.2Km

 

 ■勝山宿

   電車  JR姫新線 中国勝山駅下車

   車   米子自動車道 久世IC下車 国道181号線を西に 約9.5Km

              湯原IC下車 国道313号線を南に 約15.7Km

       中国自動車道 落合IC下車 国道313号線から国道181号線を経由 約11.5Km

 

 ■美甘宿

   車   米子自動車道 湯原IC下車 県道55号線を西に 約13.0Km

 

 ■新庄宿

   車   米子自動車道 湯原IC下車 県道55号線から国道181号線を経由 約19.9Km

   バス  JR姫新線中国勝山駅から真庭コミュニティバス 新庄行きで新庄(40分)下車

 

 

 



 

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