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れるほど あでやかな花 寺巡り(山陽花の寺)

 

木山寺(10番札所)〜大聖寺(13番札所)はこちら

 

 

西法院(14番札所)

 

 大瀧山福生寺は盛時には33坊もあった大寺で、その創建は古く天平勝宝6年(754)まで遡る。

唐から来朝した鑑真和上が開いたと伝えられ、国分寺を除けば国史に名を留める県内では最古の寺院である。

しかし隆盛を誇った大寺も度重なる火災で衰退し、それでも明治の頃にはまだ13坊も残っていたが、今日では「西法院」「福寿院」「実相院」の3坊を残すのみとなった。

 

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 大瀧山福生寺「西法院」は、山陽花の寺14番札所でアジサイ寺・滝の寺として知られたところだ。

15品種およそ3万本ともいわれるアジサイが咲く6月中頃には、境内一円で「アジサイ祭り」が開かれる。

石灯籠の立ち並ぶ参道から、多彩に咲くアジサイの花越しに今来た道を振り返れば、山の緑の中に重厚な三重塔が遠望できる。

これは六代足利将軍が建立した塔で、国の重要文化財に指定されたものだ。

 

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東備地方の最高峰・熊山への上り道の途中に位置するお寺の参道は渓流沿いの道で、その山の斜面などにはサクラやミツバツツジ、ツバキ、ジンチョウゲ、カイドウ、スイセンなどが四季を通じて咲き、訪れる参拝者を楽しませてくれる。

境内には滝が流れていて、その周辺にはモミジなどの紅葉も多く、一層の彩を添えている。

周辺は「大瀧山郷土自然保護地域」に指定され、史跡や歴史的建造物、自然環境などの文化遺産の宝庫である。

 

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遍明院(15番札所)

 

 千手山弘法寺は千手(せんず)と呼ばれる自然豊かな山里の地に建つ真言宗のお寺であったが、昭和42年の火事で本堂や多宝塔、鐘楼など寺の主要な建物と連接する塔頭が全焼し、廃寺・廃院となってしまった。

 

 県道の脇、山間の緑の中になんだか場違いのように朱色の山門(仁王門)が聳え建っている。

これは享保年間に再建された入母屋造りの本瓦葺屋根を持つ堂々とした重層門である。

かつてはここから弘法寺への参道が山に向い延びていたのであろうか、今では県道により寺域は分断されている。

脇には「史跡 千手山弘法寺」の石柱が建ち、そこから坂道が延びていて、右手にもう一つの塔頭・東壽院がひっそりと佇んでいる。

その奥が遍明院、更に石段を上り詰めれば今は訪れる人もいない弘法寺の廃寺跡が草生した中に礎石だけを寂しく残している。

 

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この寺の歴史は古く天智天皇の勅願による創建と伝えられている。

記録によると江戸時代には153坊の塔頭が有ったが、それらは明治に入り4院に統廃合され、今日では2院を残すのみとなってしまった。その一つが「千手山弘法寺・遍明院」である。

 

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 山陽花の寺15番札所・遍明院は、見事な石垣の上に伽藍を構えている。

厄除けの石段を上れば正面に本堂、その右には歴代の岡山藩主を迎えて向唐門(御成門)が建っている。

境内にはシャクナゲやアジサイ、梅や桜の木が多く地元では花見の名所としても知られている。

また、駐車場の片隅に大きなクスノキが有り、5月頃には黄白色の小さな花をつけると言う。

 

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餘慶寺(16番札所)

 

 備前平野を悠然と流れる吉井川、その岸辺近くにポッンと盛り上がったような標高60mほどの小高い山の上に「上寺山・餘慶寺」は建っている。寺伝によれば開基は、天平勝宝元年と伝えられている事から、この寺は1200年余りの歴史を誇る古刹と知れる。

開創当時は備前四十八ケ寺の一つとして繁栄を極めていたが、一時源平戦乱の兵火を受け衰退した。

その後は次第に復興が進み、江戸時代には岡山池田藩の庇護により栄え、最盛時には713坊を数えたと言う。

 

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 ここは、「一山一寺多院制」の形が残された貴重の寺と言われている。

山全体を一つの寺として、境内には国指定の重要文化財である本堂をはじめ、薬師堂、三重塔(県指定文化財)、地蔵堂などが建ち並び、合わせて僧侶たちの住まいである「院」が6院も残されていて、それらで構成される県下でも屈指の大伽藍を構えている。

また境内に隣接した地には豊原北島神社をはじめ、愛宕社、日吉社などの社もあり、ここには神仏習合の姿が今に留められている。

 

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地元では「うえてら」と呼び親しまれていて、ここは県内でも有数な桜の名所としても知られている。

寺に向かう急な登り道や、広い境内に植えられたサクラが咲く3月下旬から4月上旬にはさくらまつりが行われる。

この頃になると、桜の木の下に植えられたヤマブキも黄色い花をつけ、薄桃色と黄色の競演を楽しむことが出来る。

また近年本堂周辺には、ハスやスイレンの鉢植えが並べられ、夏の頃にはそれらの花も楽しめるようになった。

 

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円通寺(17番札所)

 

玉島の町に「円通寺」と言う曹洞宗のお寺が有る。

地元では「良寛さんの寺」として親しまれている、山陽花の寺の17番札所だ。

沢山の植え込みや自然石、池などに囲まれた境内の一角に、茅葺の屋根を持つ本堂が建ち、一面を緑に覆われたようで、優しくやわらかな雰囲気が感じられる静かなお寺である。

 

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広大な園内にはサクラ、ツツジ、サツキやスイレン、アヤメなどが多く、四季を通じた花の名所としても知られている。

寺域一帯は海を望む高台にあり、寺や宿泊施設・国民宿舎良寛荘の周辺が「円通寺公園」となっていて、ここからの玉島の古い町並みや、水島港、瀬戸内海の眺望がすばらしい。

 

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良寛は越後の出雲崎の生まれで、江戸時代後期、歌人としても活躍した僧である。

出家して22歳の時(1779年)ここ円通寺で生涯の師とも言える第10世・大忍国仙和尚と出合い、以後11年余の厳しい修行に耐え和尚より印可を受け、師の入寂を機に諸国行脚の旅に出た。

 

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寺に入って間もなく、母の訃報に接したが修行中と言う事で帰郷は許されず・・・とされているが、新潟国境に近い群馬県の猿ヶ京の関所には、良寛が使用したものと思われる、円通寺発行の関所手形が残されていることから許されて帰ったのではないかとも言われている。

 

『此者 弐人の内僧壱人越後三島郡出雲崎迄罷り通り候 天明四(1784)年辰六月晦日 備中国玉島円通寺 猿ヶ京御関所後番衆中』

 

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(写真は群馬県猿ヶ京関所に残る良寛像と良寛の通行手形(写し))

 

 

■交通案内

 

 ■西法院

   車   山陽自動車道 和気IC下車 国道374号〜国道2号経由 約11.2Km(約25分)

   電車  JR赤穂線・香登駅下車 徒歩 約3.6Km

 

 ■遍明院

   車   岡山ブルーライン 西大寺IC下車 県道27号経由 約7.7Km(約15分)

   電車  JR赤穂線・西大寺駅下車 

           駅前より両備バス牛窓行(南回り) 千手弘法前下車

 

 ■餘慶寺

   車   山陽自動車道 山陽IC下車 県道37号等経由 約14.2Km(約30分)

   電車  JR赤穂線・西大寺駅下車 徒歩 約4.1Km

           又は駅前より両備バス牛窓行(北回り) 上寺入り口下車

 

 ■円通寺

   車   山陽自動車道 玉島IC下車 県道60号〜県道35号経由 約7.5Km(約20分)

   電車  JR山陽本線・新倉敷駅下車 徒歩 約4.6Km

            又は、駅前から両備バス玉島中央町行乗車 終点下車(約10分)徒歩 約2.8Km

 

 ■猿ヶ京関所

   車   関越自動車道 月夜野IC下車 国道17号線経由 約22Km(約45分)

 

 

 



 

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