誘われて

写真と文でつづる旅の思い出

 

 

 

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春、花の香りに思い立ち

 

 

■ ■ 紀勢本線・熊野灘に沿って ■ ■

 

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紀勢本線は三重県の亀山駅から和歌山県の和歌山市駅に至る、全長384.2Kmにも及ぶ長大な路線である。

途中の新宮駅がJR東海とJR西日本の会社境界に成る。

 

全線を通す特急の運行は無く、名古屋方面からは関西本線と伊勢鉄道をショートカットする

「特急・ワイドビュー南紀」が新宮を経由して紀伊勝浦まで行く。

一方関西圏は京都や大阪から、「特急・くろしお」が電化区間の新宮や、途中の白浜まで運行していて、

こちらの方が本数は格段に多く便利が良い。

当然のことながら、全線を通して運行する長距離の普通列車の便は一本も無く、

沿線の多くは海沿いを走る、長閑なローカル線の風情を醸している。

 

この路線は紀伊半島の海岸に沿って半島をほぼ半周するので、

車窓の所々で、雄大な太平洋の眺望が楽しめる。

熊野灘に面した典型的なリアス式海岸が続き、各地に良港も多く、漁業も盛んなだけに

沿線各地ではマグロなどが豊富に水揚げされ、魚介類の美味しさが売りの観光地も多い。

また世界遺産「熊野古道」にも近くウオーキングの最寄り駅や、

幾つかの温泉もあり、楽しみの尽きない路線でもある。

 

 

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 → 街道の道筋には、木造瓦屋根の平入民家が 軒先には格子戸が嵌められ、正月飾りや餅花などで彩られた玄関先に・・

 

 → 鳥居にも橋の欄干にも、床板にも式年遷宮を 大勢の人々が踏みしめるこの橋の床板は20年間にその厚みが半分に・・

 

 → 漁師町らしく、海に近づくと古い街並みが 樹木が鬱蒼とした公園があり、黒潮が近いせいか、木々は旺盛に茂り・・

 

 → 船に拵えられた屋形に、渡海の信者が入ると 僅か一か月分の食料と少量の燈油を乗せただけの舟は、この浜から・・

 

 → 折からの台風に煽られた一艘の軍艦が岩礁に 流れ着いた生存者は、必死に崖をよじ登り、灯台守に助けを求めた・・

 

 → 多くのカップルや家族連れなどが、楽しそうに 朝晩は大勢の利用が有るのかもしれないが、日中にここまで足を・・

 

 

 

 

 

■ ■ 川と渓谷美の山岳路線を行く ■ ■

 

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高山本線は濃尾平野の北端から始まり、飛騨山脈所謂北アルプスの西側を、飛騨川や神通川に沿って走る。

途中には水峡、中山七里など山と川と渓谷美に恵まれた見応えのある風景が車窓に展開する。

 

沿線には草津、有馬と並び「日本三名泉」の一つに数えられる下呂温泉や、

しっとりと落ち着いた雰囲気の町並が人気の「飛騨の小京都」と言われる高山、

勇壮な「古川祭り・起し太鼓」で知られる飛騨古川、日本の原風景「合掌造り」の白川郷、

更には哀調の音色を奏でる胡弓で有名な「おわら風の盆」の越中八尾など、観光処、見所も多い。

この山岳路線は225.8キロ、岐阜と富山を結んでいる。

 

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 → 飛騨金山駅の改札脇に、これより飛騨路 美濃路と飛騨路を分ける看板が掲げられていて、いよいよここから飛騨・・

 

 → 目前に開けた眺望、合掌造りを見下ろす 集落の中心を真直ぐに貫く道の両側に、あるいは何軒かが身をよせ合う・・

 

 → 高度が上がるほどに圧倒的なスケールで 目を左に転じると、真っ白な峰々の向こうに先を鋭角に尖らした特徴的・・

 

 → 赤い欄干の橋を渡ると、みたらしを売る 古い町並みの屋台、醤油の焦げる香ばしい匂いが食欲を誘う庶民的な味・・

 

 → 飛騨の匠が息づく、地元大工の心意気が 匠の伝統技を受継ぐ地元の大工さん達の心意気によって立てられた建物・・

 

 

 

 

 

■ ■ 煌めきの北・西九州を巡る ■ ■

 

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九州の玄関・門司港には、海峡を望む周辺地域に、貴重な建造物などが大切に残されていて、

それらの歴史遺産は「門司港レトロ」として、多くの観光客を集める人気のスポットだ。

湯量豊富な別府、女性の支持も高い湯布院、日本一の含鉄炭酸泉を誇る船小屋、

歴史ある武雄や嬉野、夕陽の名所小浜など温泉地にも事欠かない。

 

自然豊かな雲仙、異国情緒溢れる長崎や平戸、焼き物の故郷・有田、伊万里、唐津や大川内山、

ハウステンボスや吉野ヶ里遺跡、有明海や玄界灘の景観・・・などなど、数え上げれば切りがない。

「北・西九州」には、豊富な観光資源が魅力的に煌めいて観光客を待っている。

 

 

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 → 関門海峡を挟むエリア、下関と門司港レトロ こうした大正浪漫を彷彿させる建物や、観光施設等のモダンな街並・

 

 → 江戸時代幕府の天領であった九州の小京都 町に勢いが出て町人文化が発達し、町衆が巨万の富を築き上げ地元に・・

 

 → 山の狭間の切り通は寺院と教会が見える道 寺の塀の続く下り階段には石畳が敷かれ、その奥には瓦屋根の寺院の・・・

 

 → 御庭焼と言われた山間に佇む鍋島藩秘窯の 背後に奇怪な姿で立ち上がる青螺山が迫り、伊万里川の流れる僅かな・・・

 

 → 掘割が縦横に延びる町なかは白秋とお館と 赤い欄干橋の三柱神社の前に建つ、北原白秋ゆかりの場所から乗込む・・・

 

 

 

 

 

■ ■ 懐かしい原風景のローカル線 ■ ■

 

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静岡県内を走る「天竜浜名湖鉄道」では201012月、

沿線11の駅舎や各地に残る橋梁・隧道・施設など、36ケ所が国登録有形文化財に指定された。

『越すに越されぬ・・・』と唄われた大井川に沿っ延びる「大井川鐵道」には、

かつて全国で活躍した電車や機関車が、今なお現役で頑張っていて、さながら「動く鉄道博物館」のようだ。

 

「南アルプスあぷとライン」と呼ばれる千頭から井川に至る路線には、

可愛らしい赤い色のトロッコ列車が運行し、風光明媚な沿線風景と共に人気を呼んでいる。

昭和の面影を残した駅舎やホームには、忘れかけた遠い昔の匂いがあり、懐かしい香りがする。

 

 

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 → たった一両の小さな列車、沿線に残る懐かしさ 橋梁・隧道・駅舎・施設など懐かしくノスタルジックな香りの残る・・・

 

 → 露天風呂から眺めるSLは、力強いドラフトを 越すに越されぬと唄われた大井川の雄大な流れを跨ぐ鉄橋を渡る・・・

 

 → 南アルプスの懐深い秘境、車輪を軋ませながら 歯車かみ合わせを確かめるように、ゆっくりゆっくり急坂を登り・・・

 

 

 

 

 

■ ■ 花の寺から信玄公隠しの湯へ ■ ■

 

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身延線は日本列島を二分するフォッサマグナに沿って延びている。

そんな地を行く路線は、その厳しい地形ゆえに複雑で変化に富んだ美しい景観を車窓に提供してくれる。

 

旅の初めは日本一の富士山が、右に左に、そして後ろにと雄大な裾野を広げて展開する。

その後は日本三大急流の一つ、富士川の流れが心を洗い、慰めてくれる。

富士宮ではB−1グランプリ2連覇の、「富士宮やきそば」が観光客の人気を集めているらしい。

 

身延は日蓮宗総本山・身延山久遠寺の門前駅で、特にさくらの季節には多くの人で賑わうと言う。

「信玄公隠しの湯」として名高い下部温泉は、下部川に沿って2キロ程のところに開けている。

 

 

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 → 大地の割れ目フォッサマグナ断層に沿って 雄大に広がる裾野の先に、山頂に雪を戴いた優美な富士山を見ながら・・・

 

 → 桜吹雪の舞う境内、桜の古木は樹齢400年 薄いピンクの桜が、緑の木立を割るように広がり、軒を連ねる黒い甍・・・

 

 → 武田信玄隠しの湯、混浴大岩風呂は大冷泉 石の階段を何段か降り、恐る恐る片足を湯船に浸けてみるが驚くほど・・・

 

 

 

 

夏、ひと時の涼を求めて

 

 

■ ■ 川と山と温泉と関西本線 ■ ■

 

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関西本線は名古屋と大阪を結ぶ174.9キロの路線である。

亀山が境界駅で、名古屋までの59.9KmをJR東海が、難波までをJR西日本が管轄している。

 

JR東海の路線は、桑名や四日市等と中京圏を結ぶ輸送手段として、

ほぼ併走する近鉄名古屋線との競争が激しく、この間には快速が投入されている。

JR西日本の加茂や奈良からは、大阪環状線に向け大和路快速が本数も多く便利に運行されている。

しかし亀山と加茂の61キロの間は、凡そ1時間に一本のワンマン気動車が走るローカル線として取り残されている。

 

かつて関西本線は、東海道本線と互角に渡り合うほどの幹線として競い合った歴史が有る。

しかし現在では特急などの優等列車どころか、全区間を通しで運行する列車は皆無だ。

四日市、亀山、加茂、木津等での乗り換えを余儀なくされ、乗り継げばその接続時間を合わせれば4時間余りを要する

 

しかし車窓を流れる景色は変化に富んでいる。

大阪や名古屋圏では大都会の喧騒を見られるが、そこを離れれば長閑な山間の地となる。

鈴鹿山脈をはじめとする山並みを眺め、柘植川や木津川に沿った沿線には、

名所・旧跡・温泉など見どころ遊び処には事欠かない。

 

 

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→ 何度も自然の猛威に苦しめられる過酷な飯場は 人と自然が闘う壮絶な消耗戦となり、人柱まで立てようやく完成・・

 

→ 三滝川の渓流と緑に覆われた地に日本一大きい 御影石が鎮座していて、大石繋がりの石を眺め、日々悶々として・・

 

→ 明治以降各地で新しく鉄道や国道が整備されて この地では、幸いにもこの古い町筋を避けて建設されたことで・・

 

→ この車内にはいろいろな工夫が凝らされていて 手裏剣柄のカーテンや車内灯、石畳模様の床、中には網棚に忍ぶ・・

 

→ お湯は若干色が付いているように見受けられる 少しぬるっとしたとろみのあるお湯で、浸かると肌に纏わりつく・・

 

 

 

 

 

■ ■ 上州に名湯・秘湯あり、ここは温泉天国 ■ ■

 

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上州(群馬県)は、温泉天国だ。

全国的にその名を知られた草津や伊香保を始め、国民保養地に指定された四万や片品も有る。

されに鹿沢、宝川、老神、法師、猿ヶ京など名湯・秘湯と呼ばれる温泉には事欠かない。

 

上越国境に近い三国峠の下には、今から1200年も前に弘法大師が発見したと伝わる「法師の湯」が有る。

国境まで残り一里ほどの標高800m余りの山の中で、周りには山と川の他民家すらない一軒宿である。

この秘湯を有名にしたのは、今から30年以上も前に発表された旧国鉄のフルムーンポスターだ。

この宿には、今でもそのポスターが貼られているので、それを見に出かけてみるのも良いだろう。

 

大ヒットしたアニメ映画、「千と千尋の神隠し」のモデルとされる宿が有る。

江戸は元禄の時代に開業した湯治宿は、300年の歴史を誇る、現存する日本では最古の湯宿でもある。

当時はその一階で家族が生活し、二階を湯治客が使っていたと言う。

そのため、客が外から直接二階に上がれるような階段が今でもそのまま残されている。

風呂の原型、「蒸湯」の現存する浴室は、大正ロマンの感じられるモダンの造りだ。

 

上州にはまだまだ色々な温泉が有る。

名湯・秘湯の宝庫上州は、温泉天国でもある。

 

 

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→ 漆黒の中から怒涛のような歓声が湧きあがり 陽もすっかり落ち、天空に暗闇が広がり始めたその時、突然辺りを・・

 

→ 谷川岳の天神峠から広がる眺望は素晴らしく 高倉山の緑の斜面が広がり、遥か尾瀬方面には朝日岳などの稜線が・・

 

→ この温泉を有名にしたのは、あの有名女優が 総ヒノキで作られた大きな浴槽は、田の字型に四つに区分けされ・・

 

→ 赤い橋を渡った先で、古風な佇まいを見せる 現存する日本最古の湯宿、大正浪漫を感じさせるモダンで洋風な・・

 

→ わが国都市計画の第一号、温泉街を貫く石段 石畳の敷かれた狭い通りには、昔ながらの小さな旅館や土産物やが・・

 

→ 岸辺の柳並木にそぼ降る雨なら風情もあるが 折角楽しみに訪れた草津温泉なのに、傘の手放せないあいにくの・・

 

 

 

 

 

■ ■ 初夏の東北海道・鉄道乗り潰しの旅 ■ ■

 

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それにしてもすごい技術である。

全長53.85Km、海底部分23.3Kmは、海底トンネルとして世界一の長さを誇っている。

継ぎ目のないスーパーロングレールの長さは52.57Kmで、これも世界一だ。

使われた鋼材が東京タワーの57基分、セメントの量はその袋を積み重ねると富士山の850倍、

火薬に至っては2000発上がる花火大会なら数百年分に相当、

従事した作業員は1400万人にも達すると言うから驚かされる。

 

青函トンネルは構想から半世紀、着工から24年もの歳月を費やして、

昭和63313日に営業が開始された。

そんなトンネルを、今度は新幹線が駆け抜けようとしている。

 

北海道の玄関駅となる「木古内」は、歓迎ムード一色で、町を挙げて売り出しに躍起だ。

次の駅は、函館本線の渡島大野に出来る。当面の終着駅で、

その名は紆余曲折を得て、「新函館北斗」駅に決定した。

函館からは20キロも離れた地である。そのせいか、この地では何故か冷めた空気も感じられる。

 

札幌までの、早期の営業運転開始が望まれる一方、新幹線の開業は新たな廃線や廃駅、

第三セクターへの移管を余儀なくされる路線も生み出し、沿線各地では、悲喜こもごもの様子も見せている。

初夏と言うよりも遅い春のある日、そんな東北海道各地の鉄道を乗り潰す旅に出た。

 

 

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 → 江差の五月は江戸にもない、ニシン漁で繁栄を その積み出しで賑わった江差の駅に昔日の面影はなく閑散とし・・

 

 → 逆巻く波を乗り越えて、はるばる来たぜ函館へ 初めてこの地を訪ねたのは、まだ連絡船が健在であったころだ・・

 

 → 緩やかに湾曲する小樽の運河は、海岸を埋立て 水鳥が翼を休める運河には、優雅にゴンドラが行き交っている・・

 

 → 駅前広場から今来た道を振り返ると正面には 町並みの奥にどっかと座る芦別岳が、山頂付近を少し雲に隠して・・

 

 → アイヌ語でかもめの多いところは毛も増える 江戸の時代からサケやニシンの漁で栄えた増毛の駅は草深い荒地・・

 

 → 破綻と言う儚い夢の跡、町の歴史は石炭の歩み 石炭は「黒いダイヤ」と言われ、国の基幹産業として産業振興・・

 

 

 

 

 

■ ■ 下北から奥津軽を巡る旅 ■ ■

 

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青森は、本州北端の県である。

その北東部、北海道と対峙する津軽海峡に鉞のような形をして突き出ているのが下北半島である。

嘗て陸の孤島と揶揄されたこの地も国道や縦貫道、フエリーなど交通網の整備が進んでいる。

半島全体が国定公園に指定され、マグロで有名な大間崎、イタコで知られる恐山など景勝地や温泉も多い。

 

そんな半島の東、陸奥湾を隔てるのが津軽半島である。

この地を旅した太宰治は、厳しい難路の先の竜飛岬を「本州の袋小路」と言った。

今そんな地は、新幹線により北海道への玄関口に生まれ変わろうとしている。

 

 

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→ 旅人の楽しみは、のっけ丼とアウガの新鮮魚介類 昭和40年代から市民の台所として賑わう市場は、旅人にも・・・

 

→ 旧会津斗南藩、希望の上陸に待受ける悲劇は余り 活路を求め移住はしたが、見も知らぬ新天地は荒れた火山灰地・・

 

→ 北緯41度、太宰ゆかりの蟹田ってのは風の町だね 奥津軽の梅雨時は、灰色の雲にふさがれ寒い日も多いようだ・・・

 

→ 有ろうことか車の通れない国道は階段で冬季は閉鎖 道幅は狭く勾配はきつく手摺の設けられた道は幾つにも・・

 

→ 明かりも無い漆黒の大地を揺するように、風が唸り 吹き抜ける風は相変わらず強く、そして冷たくて浴衣の裾を・・

 

 

 

 

 

■ ■ 佐渡・弥彦国定公園を巡る旅 ■ ■

 

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佐渡・弥彦は、1950年に国内で最初に指定された国定公園である。

(その後81年には米山が含められた。)

 

佐渡は、日本海上に浮かぶ日本最大の島で、その大きさは東京23区の凡そ1.5倍の広さを誇っている。

外海府や、尖閣湾の荒々しい海岸線に代表される観光の島であり、

その昔金山で栄えた歴史のある島は、流人の島でもあった。

 

弥彦は、弥彦山を中心とする古くから知られた信仰の地で、

山上には越後の国の一宮・弥彦神社が鎮座している。

山麓は古くから参拝客を泊める温泉のある宿場として栄えたところだ。

 

 

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→ 川を下り日本海に乗り出すと波も穏やかで航海日和だ 港を出ると、疲れを知らぬ海鳥が何羽も追いかけてきて・・

 

→ ここは佐渡島の最北端、白い無人の灯台が建つ弾崎だ お互いが労わり合うように寄り添い、穏やかに語り合う・・

 

→ 忘却とは忘れ去ること成り、忘れ得ずして忘却を誓う この時間にもなると女風呂を空にするほどの大ヒットに・・・

 

→ 松明がともされ提灯や田楽灯篭に灯が入ると、祭りは 小雨の降りしきる公園では、それに呼応する花火が突然・・

 

 

 

 

 

■ ■ 憧れのローカル線・五能線から花輪線へ ■ ■

 

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五能線は紺碧に輝く日本海に限りなく近い海岸線をなぞるように走る。

沿線には世界遺産・白神山地が控えており、神秘に佇む青池や、手付かずの自然が残るブナ林、

日本キャニオンや十二湖の景観など、絶景・美観の数々が訪れる者を魅了する。

 

またかつて北前船で繁栄した港町の風情、海辺の秘湯・不老不死温泉などの温泉、

泊まって遊べるリゾート施設・ウェスパ椿山・・・などなど観光やレジャースポットにも事欠かない。

重ねて津軽の名峰・岩木山や名産のリンゴ畑も車窓に彩りを添える。

 

ここには、“クルージングトレイン”と銘打った観光列車「リゾートしらかみ」も投入され、

まさに憧れのローカル線と言っても過言ではない。

 

 

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→ 市内のねぶり流し館では、実演も体験チャレンジも その昔先祖の霊が迷わぬようにと、灯火を門前に高く掲げて・・

 

→ ローカル線を行く観光列車は日本海の海岸に沿って 忠実になぞる様に走るから、車窓には手の届きそうなところ・・

 

→ 豊かな白神山地の自然に抱かれ静かに佇む神秘の池 吸い込まれそうなぐらい透明で、息をのむような美しさに・・

 

→ 青みが深まり、雲も海岸も鳥達も茜色に染まる海岸 水平線に近付いた夕陽が、林立する岩に挟み込まれるように・・

 

→ 潮風に乗って何所からとも無く醤油の焦げる匂いが 近づいて見ると店先には、カーテンのように吊るされたイカ・・

 

→ いよいよ上り坂が始まり、県境の奥羽山脈を越えて 更にその先で33‰の峠を越えると少し平らな松尾八幡平・

 

 

 

 

 

■ ■ 奥日光・戦場ヶ原を歩く ■ ■

 

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「戦場ヶ原」の名前は、その昔中禅寺湖を巡る領地争いで、アカギの神(赤城山)は大ムカデに、

ニッコウの神(男体山)は大蛇に化けてここで戦ったとの言い伝えに由来する。

その勝負は弓の名手を味方につけた、ニッコウの神(男体山)が勝ったとされている。

そんな戦場ヶ原にある「赤沼」は、大ムカデの血がたまった沼だ。

 

「菖蒲が浜」は、和戦会議で勝負を決めた場所。

このように戦いの伝説に因む地名が付近には数多く残されていると言う。

古くから伝えられる血なまぐさい話とは裏腹に、ここは自然の宝庫だ。

標高1400m辺りに広がる平坦地は、「戦場ヶ原」と言われる別天地である。

 

 

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 → 巨岩に妨げられ二つに分かれた姿を正面から見ると 岩肌を流れ落ちた滝を、竜の頭に見立てたと言うこの・・・

 

 → 溶岩流の岸壁を、轟音を轟かせながら豪快に落ちる やがて滝音が聞こえだすと、木々の隙間から水しぶきを・・

 

 → この辺りに軒を連ねる土産屋さんの店先には一様に 不思議なことに犬が繋がれていて、その先を見るとなんと群をなす・・・

 

 

 

 

秋、心を茜に染めに行く

 

 

■ ■ 新幹線ブームに沸く南九州を行く ■ ■

 

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2011年3月12日、東日本大震災の翌日に

ひっそりと開業した九州新幹線・鹿児島ルートはその距離約600キロ、

博多と鹿児島中央を結ぶ九州縦断の大動脈である。

新八代と鹿児島中央が、2004年3月に先行開業して以来7年、これで全線が繋がった。

 

同時に山陽新幹線との直通運転で、最速3時間45分の“みずほ”の運行も始まった。

開業1周年を迎えた2012年春のダイヤ改正では、

新大阪との直通運転を15往復から23往復に増便し、更なる需要の掘り起こしを狙っている。

全線が開通し、山陽新幹線との直通運転も本格化し、関西・中国方面からの観光客の入込みも増えているようだ。

新たな幹線の運行は、南九州を中心にその恩恵をもたらしている。

 

 

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→ 車内で一際目を引くのは、各車両の多彩な 西陣織の市松模様、アイビー柄、皮張りなど多彩なシート地があり・・

 

→ BGMが鎮魂の思いを込め静かに流れる館 余りにも悲しい現実に、誰もが心を奪われ呆然と唯々パネルに書かれた・・

 

→ ホームに停まり扉が開くと突然上から白い あの浦島太郎がもらったお土産の玉手箱をイメージした煙で覆われ・・

 

→ 一旦転向線で停車し今度は前進で山を登る いよいよハイライトが始まり、一旦バックで発車した列車はそのまま・・

 

→ 人気の駅には懐かしい駅弁売りの声が響き 昨夜の静まり返っていたホームとは違い、駅の案内放送や人々の雑踏で・・

 

→ 水基巡りの門前町は、納得のグルメも多く 馬肉入りのコロッケ、湧水で入れたコーヒー、美味しいスイーツなどが・・

 

→ 圧巻は日本最大級の三段式スイッチバック そこからはバックで下り線に入り、ユックリと277mの駅を目指し・・

 

 

 

 

 

■ ■ 超スロー、三江線・木次線を行く ■ ■

 

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瀬戸内海に臨む山陽は、少雨で気候も温暖で過ごしやすい。

一方日本海に面した山陰は、雪や雨の日も多く、日照が少なく曇りがちで厳しい気候の地だ。

 

瀬戸内側には山陽新幹線・山陽本線が東西を貫いている。

一方日本海側は山陰本線が有るものの、名ばかり本線で、今ではローカル線に成り下がっている。

 

そんな山陽・山陰を連絡するJRの各線は、山陽近郊では都市間輸送を担うが、

厳しい中国山地を超える中間部から山陰に至る間は山岳路線となり様相は厳しく一変する。

複雑な地勢や川に沿って蛇行し、厳しい勾配に喘ぎ、幾つもトンネルを抜け、ゆっくりゆっくりと進む。

しかし、そんな地だからこそ車窓から見る眺めは素晴らしく、懐かしい日本の原風景を見るようだ。

 

 

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 → 廃線後も復活延伸を目指す広島の近郊路線 ホームからはその先に今も残された線路が見えるので改札の駅員に・・

 

 → 妖気溢れる霊番線から発車する妖怪列車は 運が良ければ、そんな電車に引きずり込まれ、妖怪達に魂を抜かれ・・・・

 

 → 4か所しか残っていないと言うおろちの里の 列車は昇り線に入り、大きくカーブしながら喘ぎ喘ぎ30‰の急坂を・・・

 

 

 

 

冬、厳寒に身を置いて

 

 

■ ■ 世界文化遺産の平泉から雪の蔵王温泉へ ■ ■

 

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平らな地に、豊かな泉が湧き出でるところ。

北上山脈と北上川を擁するこの地では、豊かな生活用水にも恵まれ、

盛時にはその数五万とも、十万ともいわれる人々が住みついていたと言う。

また当時は国内でもここだけと言う1,000カ所にも及ぶ金山があり、

近在の川では砂金や砂鉄を豊富に産したと言う。

 

黄金郷と例えられるほどの金の恵みを背景に、

この地を支配する奥州藤原氏の財力は莫大で、その庇護を受けた寺院群は大いに栄えた。

平安時代も末期、清衡・基衡・秀衡三代に渡り築き上げてきた、

中尊寺、毛越寺、観自在王院、無量光院の寺院群や、

仏教の浄土思想の考えに基づいて造られたという浄土庭園は、

中央政庁の権力の及ばない地に有って、政治・経済の中心であり、繁栄と潤沢な富の証でもあった。

 

しかしこんな栄耀栄華は長く続くこともなく、

世を知らぬ藤原四代・泰衡の時代に、儚く灰塵に消えてしまい、

急速にしかも劇的に没落・終息したことで、虚しさや儚さの象徴とも揶揄されることになる。

 

その後幾星霜数多の変遷を経て、平成23年この地が「世界文化遺産」に登録された。

残された寺院群や浄土庭園跡と、それらと深くかかわる金鶏山などだ。

 

それこそが奥州藤原氏三代・百年の夢の跡「平泉」である。

 

 

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→ 平安時代末期仏教の浄土思想の考えに 黄金文化を背景に奥州藤原氏が三代に渡り築き上げてきた寺院群や庭園は・・・

 

→ 黄金の小箱と形容された美しい小堂は 眩いばかりの黄金と煌びやかな螺鈿繊細を極める蒔絵がこの極楽浄土を・・・

 

→ その対岸には万宝を尽くしたと言われる は回廊が東西に延び中心伽藍である金堂円隆寺が燦然と煌いて建って・・・

 

→ 創業が大正時代と言う老舗割烹らしく 何と言ってもソースカツ丼が知られていて来たからには是非とも食べて帰・・・

 

→ こぶはやがて成長し巨大な雪の塊となり 木と触れ合い更に太りながら奇怪な姿に変貌しやがてはモンスターに・・・

 

 

 

 

 

2011311日午後246分頃、宮城県・牡鹿半島沖を震源とするマグニチュード9.0と言う未曽有の巨大地震が起き、

それに伴い発生した10メートルを超す巨大津波に襲われた太平洋沿岸の各地は、壊滅的な大被害を受けました。

巨大な津波は、あの景色も、あの笑顔も何もかも、一瞬の内に持ち去ってしまいました。

この旅行記はその前年と前々年、関東近郊から、仙台、石巻、釜石、宮古を経て八戸までの東北各地を、鉄道を乗り継いで

旅をした時のもので、元気だった当時の姿を今に伝え、復興への礎に成らん事を願う思いで発表をするものです。

微力ながらそんなお手伝いが出来ればと念じつつ、残念にも犠牲に成られた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げる次第です。

 

 

■ ■ 大利根に、江戸の面影を訪ねて ■ ■

 

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「坂東太郎」の異名を持つ利根川は、日本を代表する大河で、

古くから暴れ川として流域地帯に幾度となく洪水の被害をもたらして来た。

しかしその洪水は、下流域では広大な低湿地と湖沼群を形成し、肥沃な土壌をもたらした。

その一方では、湖沼群を結ぶ水運の整備や、新田開発の機運を高めることとなり、

その結果農地を増やし豊饒な実りが人々の生活の基盤を支えることとなった。

 

これにより江戸や東北などの物資が盛んに運ばれ、相互による交流が始まると、

川岸には船問屋や船宿が並び、商人や船人足が集まるように成る。

こうして水運を中心とした町の形態が整うと、今度は物資を陸路運ぶ人足も集まり、

それを目当てにした商店や小料理屋も増え、次第に機能の整った商業都市として栄えていった。

 

 

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 → 車窓からは山の姿も見えない武蔵野をひとめぐり 武蔵野と言うから、小高い台地と雑木林が続くのかと思って・・

 

 → 伊能忠敬のふるさとに、江戸の情緒を訪ねて 古い土蔵造りの商店の中に、“すずめ焼き”の看板を掲げた店が・・・

 

 → サッパ舟とアヤメ園、大利根の水郷地帯を 太平洋の鹿島灘と霞ヶ浦を構成する湖の一つ北浦に挟まれたこの地は・・・

 

 → 旅姿の黄門さまが、助さん各さんとお出迎 徳川三家の城下町、駅の北口を出るとそこには旅姿の黄門さまが・・・

 

 

 

 

 

■ ■ 太平洋に沿って、三陸海岸を目指す ■ ■

 

三陸鉄道沿線.JPG

 

南下する千島海流(親潮)と、

日本の南岸に沿って北上する日本海流(黒潮)がぶつかり合う「三陸沖」は、

世界三大漁場の一つに数えられている。

その為昔からサンマやカツオなどの主要な漁場となり、

この地域には有力な漁港が数多く分布し、多くの水揚げを誇っている。

叉養殖漁業も盛んでホヤ・ホタテ・カキ・ウニやワカメなどの海藻類が市場を賑わせている。

 

一方、陸中海岸や南三陸・金華山などに代表される海岸線には複雑な地勢の景勝地が多く、

豊富な海産物と合せ、主要な観光資源と成っている。

しかし近年では漁業の衰退により、

新たな発想による観光資源を模索する動きも出始め俄かに注目を集めている。

 

 

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 → 御殿場から水戸へ、そして太平洋沿岸を北上石巻へ 駅のあの看板の“猫啼温泉”これって何て読むの・・?

 

 → 三陸の萬画のくにはキャラが元気でお出迎え ニューヨークのマンハッタン島に似ているからと名付けられた・・・

 

 → 一日僅かに三往復、これぞチョーローカル線 益々深く成る谷線路に迫る山肌連続するトンネル、周りに人家は・・・

 

 

 

 

 

■ ■ 日本海に沿って、雪のうえつから角館へ ■ ■

 

角館.JPG

 

冬の日本海沿岸には、大陸から容赦も無く冬将軍が身を切るような冷たい風と、

時には途轍もない重く湿った大雪を伴ってやってくる。

何もかもが、重く白いベールに包まれる・・・、などとい言うそんな生易しいものではない。

時には人の生活、生命さえ脅かしかねない大自然の猛威は恐怖であり驚異でもある。

 

そんな厳しい環境の中でも人びとは、

それに負けることもなく、一日も休まず、忍耐強く、

また粘り強く克服し当たり前のように日々の営みを繰り返す。

こんな過酷な自然にさらされるこの地にはそれを乗り越える目には見えない力強いパワーがあるようだ。

 

 

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→ 越後の国最北の城下町、武家屋敷とといで湯の町 構内には鮭の町らしく冬の風物詩「塩引き鮭」が吊るされている・・・

 

→ 明治生まれの保管用倉庫は、米どころ庄内象徴 人気のないホームに雪煙を上げながら特急は定刻駆け込んできた・・・

 

→ 雪景色もまた格別な味わい、みちのくの小京都は 白と黒を基調に、壁にピンクの桜の花びらをあしらった平屋造りの駅・・・

 

 

 

 



 

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