ゆったり会津 東武フリーパス
「ゆったり会津東武フリーパス」は、鬼怒川温泉エリアから会津エリアの間がフリーになるお得な切符である。
出発は東武鉄道の主要な各駅で、自由区間の開始駅は、東武鬼怒川線の下今市駅(又は東武日光駅)である。
ここから先と、この間を結ぶ野岩鉄道、会津鉄道が乗り継げて、その間の各駅で乗り降り自由となる。
目的地により三種類の切符が設定されている。
発駅から下今市駅間の往復乗車に加え、会津鉄道線の会津田島までフリーなのが「会津田島フリー切符」。
さらにその先の芦ノ牧温泉まで有効なのが「芦ノ牧温泉フリー切符」である。
「喜多方フリー切符」は会津線の終点・西若松からJR只見線で会津若松を経て、磐越西線の喜多方までOKだ。
切符は東武線の主な駅で通年発売されていて、こちらで購入すれば取扱手数料は発生しない。
しかし全国の主な旅行会社の店先、東武線の各駅以外でも購入できるが、手数料が発生するので注意が必要だ。
通用期間は何れも4日間と、名前の通りゆっくり旅が楽しめる設定になっている。
因みに浅草発の「会津田島」なら5,840円、「芦ノ牧温泉」なら6,790円、「喜多方」なら7,260円である。
この切符では別途特急券を購入すれば特急への乗車も可能だ。
発駅の東武浅草からJR喜多方までは何と250キロ以上もある。
この間には、鉄道三社が誇る様々な列車も設定されており、それらに乗ることが出来るのでそんな楽しみもある。
またフリー切符の提示により、割引などの特典を受けることが出来る施設なども幾つか有る。
品川新駅
品川駅は日本で最初に開業した鉄道の駅である。
新橋(汐留駅)と横浜(桜木町駅)の間に、日本で最初の鉄道が開業したのは明治5(1872)年10月15日の事だ。
それに先立つ四か月ほど前に、当駅と横浜駅の間が仮開通したことで、この駅は開業した。
当時は、新橋駅との間がまだ竣工してなくて、仮営業として先行開業している。
当時の駅は今よりは南に寄った場所にあり、ホームのすぐ下には東京湾が迫っていた。
これは新線敷設にあたり、旧東海道筋の根強い反対論を避ける為、海際に築堤して線路を引いたからだそうだ。
新駅から終点の横浜までは、当初一日二往復が運行されていて、その所要時間は35分ほどであったと言う。
そんな歴史ある駅に、東海道新幹線の一番新しい「品川駅」が開業した。
平成15(2003)年10月1日の事で、飽和状態にあった東京駅の混雑緩和と輸送力増強の役目を担う駅らしい。
列車を降りてみると、何となく薄暗い地下駅のようで、ホームに華やかさが感じられない。
それは土産物売り場や立ち食いなどの店がなく、観光ポスターなどの掲示物も少ないせいかと思ってしまう。
駅舎東端の新幹線ホームから、結構な距離を歩いて改札を出ると、そこには東西に通じる自由通路が通っている。
さすがに巨大駅で、華やかに彩られた広大な通路の人の流れは、速くしかも多く思い思いに行き交っている。
浅草寺の賑わい
大型時刻表によると、西側の高輪口にある京急線との乗り換え時間は、12分必要と書かれていた。
都営浅草線に乗り入れる京急電鉄で、東武鉄道浅草駅に向かう為、新幹線を品川で降りた。
背中に冷たい視線を感じながら慣れぬ券売機にてこずり、やっとの思いで買った切符を握りしめホームに行く。
丁度快速特急牧之原行が滑り込んできたところで、新幹線を降りてからここまで11分が経過していた。
都営浅草線の浅草駅で列車を降り、人波に連れられて、浅草寺の門前までやって来た。
前の大通りは激しく車が行きかう喧噪で、そんな中、車道には客を乗せた人力車が何台も行き来している。
歩道には客を誘う車夫が入り交じり、大提灯をバックに写真を撮る人々と錯綜し、何本も自撮り棒が伸びている。
門前の混雑は、そのまま本堂へと通じる仲見世にも続いている。
参道は、お年寄りグループや修学旅行生などが群れて一塊で歩いているが、そんな中外国人の姿も実に多い。
出張ついでに立ち寄った様子の、スーツを着込んだサラリーマン風の男性を見かける事も有る。
カップルや親子連れらしい微笑ましい姿も見られ、更に若者も混じり、訪れる観光客は実に多彩だ。
矢張りここは、東京を代表する観光地のようだ。
名物の煎餅や人形焼きを店頭で製造販売などをしている店などには、黒山の人だかりや行列も出来ている。
和風の小物を販売する店先を覗くのは、やはり外国人観光客が多いようだ。
そんななか店が途切れる辻では、所々で右手にスカイツリーを見通すことが出来たりもする。
ここでは立ち止まって、カメラを向ける人も多く、流れが滞っている。
兎に角人の流れに乗り、流されるまま突き出されるように本堂前の広場に入り込んだ。
境内に入り石畳が広くなったせいか、仲見世の喧騒は多少落ち着きを取り戻している。
取りあえず今回の旅の安全をお願いし、この混雑に閉口しながら本堂を後にする。
帰路は人混みを避け、仲見世の裏口に当たる一本裏の通リに入ってみたが、どこも固く戸を閉ざしている。
建物は弁柄色に統一され、それが連なる様は近代離れしていて、全くの異次元、別世界のような風情だ。
東武浅草駅に向かう通りには、なぜか歌舞伎の白波五人男をモチーフにした人形などが飾られていた。
先ほどの裏通りと言い、この通りと良い、全てが観光を意識した仕様なのは流石の有名地である。
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