旅の思い出 |
白新線で村上へ
新潟から北に向かう列車は、そのほとんどが白新線を経由し、新発田で羽越本線に入る。 小雪の舞う冬の休日の早朝、新潟から普通列車に乗り込んだ。 冷え冷えとした空気を閉じ込めて、定刻に出発した車内に乗客は少ない。
冬の外はまだ暗く景色を見るこが出来ない。 暫くは新潟のベットタウン化した市街地を走行しているらしい。 まだ明け切らぬ町の灯だけが幾つも幾つも後ろに通り過ぎていく。
大形駅を過ぎて暫くすると長い鉄橋を渡る。 水を満々と湛え、悠久と流れる阿賀野川だ。 この頃になると車窓も白んできたかに見えるが、外はなんだかどんよりと鉛色に重く暗い。 それもその筈、ところどころ地吹雪のように雪が舞い、広大な穀倉地帯は、一面白い雪に覆われていた。
新発田で羽越本線に入ると、雪で若干ダイヤが狂っているのか、途中の金塚駅で暫く停車すると言う。 つい悪戯心が動いたのか、誰も歩いていない雪の上に靴跡を付けてやろうと思った。 手動で扉を開け、ホームに降りてみる。
寒い。 風が身を切るように冷たい。 行き成りの寒さが、身体を締め付けるように襲ってくる。 頬に当たる風が冷た過ぎて痛い。 それでも五つ六つ足跡を残してみたが、寒すぎて遭えなく早々と車内に退散。
鮭といで湯の城下町
米坂線の分岐、坂町駅辺りから、学生が大勢乗り込んで来た。 列車が停まるに連れその数も増え、学生たちの話し声で車内が一遍に賑やかになった。 そんな学生たちのお喋りを乗せた列車は、少し遅れて終点の村上駅に到着した。
村上は、日本海沿いの越後の国最北の城下町である。 町中には武家屋敷や商家の建物が残り、曲がりくねった小路が城下町の風情を今に伝えていると言う。 駅から2キロほどの地に瀬波温泉もあり、最近では「鮭といで湯の城下町」として人気の町でも有る。 瀬波温泉は明治のなか頃、石油を掘削中、偶然噴出した温泉らしい。
観光には朝が早すぎるのであろう。 土地の人と思しき何人かが、学生たちに混じりホームに降り立っただけで、ここで降りる観光客らしい姿を見かけることは無かった。 ホームで写真を撮っているうちに、学生たちはホームの先の階段を降りて行き、一人だけ取り残されてしまった。
駅には鮭の町らしく「塩引き鮭」が吊るされている。 本物かと思ったが近くでよく見ると布切れの作りものであった。
唱歌「汽車」
駅舎を出る。 広い駅前の広場には、一面に雪が積もっていた。
その一角に唱歌「汽車」の碑が有る。 「今は山中 今は浜 今は鉄橋 渡るぞと 思う間もなく トンネルの 闇を通って 広野原」
この曲の作曲者、大和田愛羅はこの地の安泰寺に眠っている。 祖父が村上藩士で、維新後は医師として当地に住み、生業としていた縁らしい。
一台いたタクシーがお客を乗せ出て行くと、駅前にもう人影は無い。 真っ白な雪の中に轍のあとだけが鮮やかに残っていた。
観音寺のミイラ
雪道に足を取られながら10分ほど歩くと、町中の家並の中に観音寺が有る。 古い山門を潜ると境内は一面の雪で、まだ誰も歩いた痕跡も無く静まり返っている。
ここは即身仏で知られた古刹だ。 「明治36年に76歳で入寂した仏海上人のご遺体を、遺言にもとづいて発掘し、即身仏として安置している」と案内板にあった。 上人は、この寺の住職として長く布教に尽力された村上が生んだ高僧らしい。 そのミイラは、日本最後のミイラと言われている。 新雪を踏んで玄関を尋ねてみたが、硬く閉ざされた板戸の向うに人の気配は無く、拝観は適わなかった。
三面川とイヨボヤ会館
そこから更に15分ほど歩くと、日本最初の鮭の博物館「イヨボヤ会館」が有る。
イヨボヤとは、村上地方での古くからの「鮭」の呼び名らしい。 三面川では、古くから「居繰網漁」と言う三艘一組になって行う漁法で鮭を取っていたと言う。 川船を川の流れに乗せ、一艘が水面を竿で叩き、二艘の間に張られた網に鮭を追い込む漁が居繰り網漁。 こう言った文化を今に伝える「鮭の博物館」が「イヨボヤ会館」である。 残念ながらここも開館にはまだ時間が有りすぎて中に入ることは出来ない。
少し先の土手を、足を滑らせながら登ってみる。 そこには、秋には鮭が銀鱗を躍らせると言う母なる川、三面川が日本海に向けて悠然と流れていた。 この川では平安時代から鮭が特産として知られていたらしい。
一面雪に覆われた川面を渡る風は冷たく、とても長居をする雰囲気では無い。
鮭の塩引き
武家屋敷も見てみたいが残念ながら時間が無い。 冷たい風に追い立てられるように駅に向かう。
途中鍛冶町で村上を代表する冬の風物詩、軒下に吊り下げられた「鮭の塩引き」を見かけた。 「止め腹」と言われる特殊な切り方で腹を割き、頭を下に吊るすのが伝統の加工法らしい。 これが見られただけでもここに来た価値が有る。
村上には鮭を素材にした料理が百種類以上有ると言う。 鮭は頭から尾まで何一つ捨てることなく料理で使い切る事が出来ると言われている。 そんな料理の一つに「鮭の酒びたし」が有る。 夏まで陰干しした塩引き鮭を薄くそぎ、酒と味醂をかけたものだ。 駅の売店で「ビールとの相性はピッタリ」と勧められ、こんな朝早くから買ってしまった。 お気に入りの缶ビールを手に、酒田に向う列車を待った。
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