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関門エリア

 

 本州最後の駅・下関駅の周りにも見所は多い。

駅を出て再開発されシンボル的に立つ海峡ゆめタワーを見ながら、国道9号線に沿って2キロ余り歩いて行くと唐戸と呼ばれるエリアが有る。

 

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この辺りのベイエリアには、平成13年にオープンした水族館や、カモンワーフ、下関の食材が揃う唐戸市場など、いろいろな施設やお店が軒を連ねていて人気のスポットとなっている。

特に市場は“フグの市場”として知られたところだけにフグを初め、旬の魚をリーズナブルに買い求めることが出来る。また周りには高級なフグなどを手軽に食べさせる食事処なども多い。

 

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 目の前には幅1キロにも満たない流れの速い関門海峡が横たわり、その先には手が届くような近さに門司の町並みが広がって見える。この一帯も人気スポットで、この地と合わせ「関門エリア」と呼ばれ、観光開発の進んだこの辺りは、多くの観光客を集めている。

 

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鉄道トンネルが開通する以前、連絡船はこの流れの速い海峡を十数分もかけて航行していた。

そんな当時の連絡船に変わって、現在の連絡船・関門汽船の観光船は、唐戸桟橋から対岸の門司港まで僅か5分で結んでいる。

 

 

九州の玄関

 

下関駅を出た列車は、3,614mの関門トンネルを僅か数分で駆け抜け、鹿児島本線に入り、緩くカーブしながら九州の玄関・門司に到着する。ここから鹿児島本線の起点駅・門司港までは10分足らずで到着する。

 

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 かつては大陸貿易の基地として大いに栄えた港町・門司の歴史は古く、開港は明治22年に遡る。

多くの出船入船で賑わい、町には洋風のモダンな商社が立ち並び、繁華街には人が溢れていた。

と同時に九州の入り口でもあるこの地は、本州とは関門連絡船で結ばれ、関門海峡を行き来する人々で大いに賑わっていたと言う。

 

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その象徴が大正3年に建てられた門司港駅(旧門司駅)である。

ネオ・ルネッサンス様式と呼ばれる外観で、正面から見ると中央に大時計を配し、左右が対象形で風格を感じる堂々とした建物であり、駅舎としては全国で初めて国の重要文化財に登録された。

駅構内には貴賓室、待合室、連絡船通路や上水道、洗面所を初め歴史的な資産も多く残されている。

 

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昭和17年関門海峡に鉄道トンネルが開通し、更に追い打ちを掛けるようにその2年後、国道トンネルが開通すると、繁栄を誇った門司駅・門司港も、次第に衰退の道を歩む事に成る。

本州と九州が鉄道で繋がった事により“九州の玄関駅・門司”は、関門トンネル出口に近い旧大里駅に引き継がれ、その名を譲り“門司港駅”と改称し、更に昭和39年連絡船が廃止され、やがては玄関駅としての役割は薄らいでいく。

 

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門司港レトロ

 

 しかし幸いなことに海峡を望む周辺には、貴重な遺産が、大切に残されていた。

それらの異国を思わす建物などは、その後修復され、複製・建築され、移築されたりしてこの地に甦った。

 

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旧九州鉄道本社が使用した“赤レンガ(通称)は、”“九州鉄道記念館”として生まれ変わった。

大正6年に建てられた“旧大阪商船ビル”や、明治45年に建てられた“旧門司税関”などは、ギャラリーや展示室として甦り市民に愛されている。

 

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 この地に移築・復元された国の重要文化財の“旧門司三井倶楽部”は、ここを宿舎としてこよなく愛したアインシュタイン博士の泊まった部屋がメモリアルルームとなり残されている。

また、一階はレストランとして人気を集めている。

 

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帝政ロシア時代の明治35年、大連市に建設された建物を模した“国際友好記念図書館”は、ドイツ人技師の設計によるものだと言う。

更に「ブルーウィングもじ」と名付けられた跳ね橋や、「出光美術館」なども立地し見所には事欠かない。

 

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こうした大正浪漫を彷彿させる施設や建物のモダンな街並みが、港の船だまりを取り巻くように建ち並び、それに沿って遊歩道や親水広場、「海峡プラザ」と呼ばれる商業施設などが整備された。

古き良き時代の建物と共に、港町の風情が残された街は、粋でモダンを売り物にして懐かしむ「門司港レトロ」を謳う観光地として今に甦っている。

 

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日田彦山線

 

日田彦山線は日豊本線の城野から、久大本線の夜明を結ぶ68.7キロの路線である。

小倉駅を発車し、日豊本線の西小倉を過ぎると進路を南に取り、南小倉、城野に停車し、ここで日豊本線の特急の通過待ちをする。ここら辺りまでは周辺に住宅地が多く、乗客の乗り降りも多い。

 

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のどかな山間の風景の中を行く車窓だが、呼野を過ぎると、白っぽい山が目に付くように成る。

次の採銅所は、かつて銅を採取していた頃の名残が駅名で残っている。

ここら辺りは、平尾台と呼ばれるカルスト台地で、石灰岩を産出する山が多いようだ。

その代表的な光景を香春駅付近の車窓からも見る事が出来る。

駅前には巨大なセメント工場の跡地が残り、背後の石灰岩でできた香春岳は、山頂部分が採掘で見事に切り取られている。

 

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 一本松辺りから学生の乗り降りが多く成ると、沿線では比較的大きな田川市に有る、田川伊田に到着する。

近代化が急速に進んだ明治以降石炭の需要が高まり、ここ田川の町にも大手の三井鉱山が進出した事で筑豊炭鉱を代表する炭都として発展し、年間石炭発送量が最多を誇った駅となる。

 

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次が田川後藤寺、小倉からの列車は殆どがここまでで、その先へは乗り換えることに成る。

ここから沿線は、次第に山が近くより深く成り、その先には英彦山の厳しい登りが待ち構えている。

修験者の道場として知られる霊山・英彦山と英彦山神宮の門前駅・彦山を過ぎて、長いトンネルを抜けると筑前岩屋、ここは平成の水百選に選出された「岩屋の湧水」が知られている。

 

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 路線はここから下りに転じ、宝珠山で福岡県境を越え、大分県に入り、更にその先暫くすると久大線に合流する夜明に到着する。ここは人気映画“寅次郎紙風船”でホームが撮影に使われたことや、ロマンチックな駅名として鉄道ファンには知られている。

その先で沿線には三隅川(筑後川)が寄り添い、周りを千メートル級の山々が取り囲む日田盆地へと入り込むように、列車はそのまま本線を走り、二駅先の日田が終着となる。

 



 

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