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有明海に沿って


 

 長崎本線は、鹿児島本線の鳥栖から長崎までの148.8キロの路線である。

西九州の主要な都市、佐賀や長崎、佐世保に向かう幹線らしく、博多から頻繁に特急列車が出ており、これらの列車は佐世保本線の分岐駅である肥前山口で分割・併合される。

 本線を通して運行される普通列車は少なく、鳥栖と肥前山口の間では凡そ1時間に1本程度、その先の諫早までは更に少なく成る。

 

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 鳥栖から15分ほど走ると有名な吉野ヶ里遺跡が右手に見える。

広い園内には、竪穴住居や物見櫓などが復元され、国営吉野ケ里公園として整備され公開されている。

 

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 肥前山口で佐世保本線と別れ、その先の肥前鹿島を過ぎた辺りから、列車は海岸線を忠実になぞるように小さなカーブを繰り返しながら進む。

ここら辺りがこの線の絶景区間で、左手に干満の差が最大6メートルにもなる有明海が広がり、その先に雲仙を突出した島原半島が見え隠れし、車窓を楽しませてくれる。

沿線の太良町は、有明海で獲れる竹崎カニ(ワタリカニ)で知られたところだ。

 

 

雲仙、島原、普賢岳

 

 島原半島を巡ると、至る所で雲仙普賢岳の特徴のある溶岩ドームを目にすることに成る。平成211月突然噴火した山は、平成85月までの凡そ6年間その活動を続け、付近に甚大な被害をもたらした。

 

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この噴火活動で形成されて異様な山塊は、普賢岳の山頂よりも高くなり、「平成新山」と名付けられ、火山活動の終息を宣言されると、今や島原を代表的する景観となり、雲仙や島原城・武家屋敷と並んで観光客の目を楽しませている。

 

雲仙が国立公園に指定されたのは昭和9年で日本では一番古い指定であると言う。

その雲仙には、JRの諫早駅前や島原市内からバスが頻繁に出ている。

 

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 キリシタン殉教の舞台となった雲仙地獄は、噴気孔から水蒸気が吹き上げり、あたりに硫黄の匂いを漂わせている。雨のせいか立ち込める蒸気が異常に多く、衣服がしっとりと濡れるほどだ。

 

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 その近くにある「レトロなおもちゃ博物館」が面白い。

懐かしい映画のポスター、ブリキのおもちゃ、ビー玉、おはじき、メンコなど並ぶ店先は、まるで昭和の昔にタイムスリップしたようで、思わず手にしたくなるようなものが並んでいる。

 

 雲仙からバスで20分ほど西に下れば、橘湾を望む海辺に小浜温泉が有る。

源泉の温度が100度を超える日本一熱量の多い温泉を誇っており、ここには日本一長い足湯も有る。

 

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お城と武家屋敷

 

 島原城は島原を代表する観光地だ。その天守閣は明治維新に解体され石垣を残すのみとなっていたが、昭和39年に安土桃山時代の様式を残す優美な姿で再建された。

黒瓦葺白壁総塗込の天守は高さが35メートルもあると言う堂々とした造りで、どっしりと均斉のとれた姿を構えている。

 

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 ここでは鎧武者や忍者が、パフォーマンスで観光客を出迎えてくれる。

また観光客には無料でこれらの衣装が借りられるのでサムライや忍者に変身し、記念撮影することも出来る。

近代的な五層五階の城内は、切支丹や郷土・民芸資料等の資料館となっている。

 

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 お城の西側に鉄砲町と言われる一帯があり、往時の武家屋敷が残されている。

この辺り一帯には、いわゆる徒士組み下級武士の屋敷が690戸あったとされ、今に残る3軒の屋敷を無料で公開している。

 

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 石を積み上げた塀で囲われた屋敷前の通りの中央に流れる水路は、近くの“熊野神社”を水源としたもので、当時は貴重な飲料水として厳重な管理が行われていたらしい。

 

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 武家屋敷の休憩所では、島原名物の“寒ざらし”を味わう事が出来る。

もち米で作った団子を冷水で冷やし、ザラメ、黒砂糖と島原の湧水で作った特製の“みつ”を掛けたもので、団子のもちもちを感じながら黒蜜の甘さをからめて食べる。

 

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懐かしい長崎

 

 長崎本線の鳥栖からは、普通列車なら3時間程、特急なら2時間足らずで長崎に到着する。

初めて長崎を訪れたのは、今から40年以上も前の事だ。

 

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その築地、この駅に降り立った折り目にしたものは、広大な構内の側線に留置され、夕方の出発を待つ何編成ものブルートレインであった。

それは、広く長いプラットホームや、三角屋根の駅舎と共に西の終着駅らしい感慨を抱かせてくれた。

 

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しかし今見るホームや構内からは何か違った雰囲気しか感じられない。

改札を出ると駅の脇に、アミュプラザ長崎と言うショッピングセンターが出来ていて、駅舎がそれに呑みこまれたように見える。駅舎も明るくて開放的な“かもめ広場”と名付けられた大きなドームを持つ、モダンな建物に建て替えられている。

 

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 僅かに駅前を走る市内電車に、懐かしい匂いを感じるのみである。

やはり懐かしい味にひかれ、そんな電車に乗って、久しぶりに中華街を訪ねてみる。

 

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シーサイドライン

 

 長崎本線の諫早から、佐世保本線の早岐を結ぶ47.6キロの路線が大村線であるが、そこを走る列車の多くが長崎、佐世保間で運行されている。ここには目の覚めるようなブルーに塗り込められた「快速・シーサイドライナー」がおよそ1時間に1本運行されている。

 

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 左に波静かな大村湾、その先の対岸には西彼杵半島の緑、のどかな風景の路線の途中には、長崎空港やハウステンボスの施設が遠望できる。

 

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 ハウステンボスから終点の早岐までは電化され、博多方面からの特急・ハウステンボス号が乗り入れている。

ここからJRでは日本最西端の終着駅・佐世保までは、10分余りである。

 

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 佐世保は北松浦半島を一回りするように走る松浦鉄道との接続駅だ。

この路線の途中には切支丹や西欧との交流関連の史跡の多い平戸が有り、更にその先の焼き物で名高い伊万里、有田を結んでいる。

 

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 駅の西口を出ると、自動車道の高架橋があり、それを抜けるとオレンジ色のタイル張りの港が開けている。

広々とした空間の先に佐世保港のターミナルが見え、左奥には自衛隊の佐世保基地も有る。

 

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寺院と教会が見える風景

 

 長崎県の北部、平戸島に位置する平戸は、旧平戸藩松浦氏6万3千石の城下町である。

観光の拠点“平戸港交流広場”からは、対岸の亀岡公園に建つ平戸のシンボルとも言われる再建された平戸城を望む事が出来る。

 

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ここからすぐのところに“平戸温泉あし湯うで湯”があり、普通のあし湯の他に、全国でも珍しい、腕をつけられる“うで湯”がある。

 

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近くには平戸で生まれた作詞家・藤浦洸の“平戸のうた”の記念碑も建っている。

その昔NHKテレビ“私の秘密”で活躍した人物だ。

 

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 15分ほど坂道を歩いた市街地の西に位置する丘の上に有るのが、“平戸ザビエル記念教会”、先端部に十字架を頂いた先鋭な造りの屋根が印象的な教会だ。

 

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 教会の脇を抜け裏に回ると、“寺院と教会の見える道”がある。

山の狭間の切り通しのような下り階段には石畳が敷かれ、両側に組まれた石垣には緑が絡まり、所々に置かれた行灯が風情を添える趣のある道だ。

 

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 左手が少し開けると石垣の上に光明寺の塀が現れ、更に降り進むと瑞運寺の塀越しの墓地が続く。

そして丁度この辺りから今降りて来た道を振り返ると・・・。

 緩やかに波打つ土塀に、木々に囲まれたお墓や瓦屋根の寺院の建物が重なり、さらにその奥には教会の尖塔が天を突いて聳えている。何とも不思議な光景が展開する。

 

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