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羽越本線

 

 “特急・いなほ”は、新潟の市街地を抜け、暫くすると阿賀野川を越え、そのまま海沿いの白新線を走り、途中の新発田から羽越本線に入り日本海に沿って北上、秋田に向かう。

 

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「鮭と酒と人の情けの町」村上までは、1時間足らずの距離だ。

ここを過ぎると左手に“笹川流れ”と言われる日本海の絶景が車窓に展開する。

海は何処までも碧く、白く打ちよせる波も穏やで、その遥か沖合に浮かぶ粟島が微かに霞んで見える。

 

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あつみ温泉を過ぎた辺りから列車は、海を離れ米どころ庄内平野の穀倉地帯を走る。

黄金色に染まりかけた稲田が何処までも続いている。

 

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鶴岡を過ぎ、陸羽西線の起点駅・余目を過ぎると最上川の河口に開けた港町・酒田に到着だ。

この辺りでは、車窓右手に東北第二の高山、長い裾野を引いた2236メートルの鳥海山を望む事が出来る。

その秀麗な容姿から「秋田富士」とも「出羽富士」とも呼ばれ親しまれている山だ。

 

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沿線の象潟は、かつては「東の松島、西の象潟」と言われ、風光明媚な多島美を誇ったところだ。

江戸時代に起きた象潟地震で付近の海底が隆起、陸地化して今の風景が現出した。

そんな陸地化した緑の島々の珍しい景観がこの駅の周辺に広がり、車窓からも見る事が出来る。

特に田一面に水を引いた田植えのシーズンの景観は、海に浮かぶ島々を見るようで、まさに本家の松島と見まがうばかりの美しさだと言う。

 

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 羽後本荘辺りでは、車窓から風力発電用の風車を多く見かけることに成る。

秋田県には日本海に面した海岸線で強い風の吹く地域が多く、これを利用した風力発電の設備の数は日本でも有数であるらしい。

 

秋田市民市場

 

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 秋田駅から歩いて5分ほどのところに、60年の歴史を誇る「秋田市民市場」が有る。

町中に有る市場は、市民の台所と言うだけの事は有って、野菜、魚、お菓子、お酒、生花、日用雑貨など多彩なお店が80店余り犇めき合い、多くの買い物客や観光客で賑わっている。

 

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市場では、この地方で「ボダッコ」と呼ばれる汐鮭や紅鮭が売れ筋だとか。

秋田の人たちは、昔からボダッコや筋子やタラコを好んで食べるらしく、市場の中にはそんな塩干物を売る店がたくさんある。

 

八百屋さんの店先には、本場のリンゴやメロンなどの果物や新鮮野菜、それに漬物などが並べられている。

中でも面白いのは、枝豆の量り売りで、自分の食べる分だけ幾らでも良いので購入すれば、その場で湯がいてくれるのが有りがたい。

 

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 構内には安くて美味しい、市場直営のお寿司屋やお食事処もある。

そのお食事処の一つ「市場 焼焼庵(ふうふうあん)」の一押しは、何と言っても刺身定食で、舟型のお皿に、数種類のお刺身が盛られていて、800円だ。

 

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その他にも塩サバ定食、ホッケ定食など人気の定食がどれも650円と言う価格設定が嬉しい。

中でも一日20食限定、500円の市場のまかない丼は、本当にお値打ちですぐに売り切れてしまうと言う。

 

ねぶり流し館

 

「秋田市民俗芸能伝承館」では、「秋田の竿燈」の実演を間近で見る事が出来る。

また、実際にこの手で小若用の竿燈体験にチャレンジすることもできる。

 

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 『その昔、この地方では先祖の霊が迷わぬようにと、家々では灯火を門前に高く掲げていた。

そして先祖の霊を弔い、豊作を願い、身に着いた穢れや悪霊を川に流すために、夜には提灯をかざして村々を練り歩いた。また、眠っているうちに悪霊が取りつかぬようにと、眠気を払うため七回水浴びをする風習が有った。これは、秋田地方に古くから伝わる七夕行事で、「ねぶり流し」と呼んでいた。』

 

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 『江戸時代に成って、灯籠を沢山つけた長い竹竿を掲げ、若者たちが力自慢を競った。

そこから発展して、掲げ持ちあげる事に色々と工夫を凝らし、その技を競うようになり、その後明治に成って「ねぶり流し」は「竿燈」と呼ばれるようになった。』

 

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8メートル程の本体に継竹を何本も足すと、その長さは何と10メートルを越える。

その竿に46個の米俵を模した提燈が付けられると、その重量は数十キロにもなると言う。

 

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それを微妙なバランスを保ちながら肩や手のひらで掲げたりする。竹のしなり具合や、風向きを考えながらの技だそうだ。高度な技となると、少し前かがみに成って腰で掲げたり、額に乗せて掲げる差し手もいる。

中には、一本歯の下駄を履きながら技を披露する事もあるとか。

250年の伝統を誇る「竿燈」は秋田を代表する夏の風物詩として、毎年8月の初めに行われている。

 

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ここには、秋田漫才や梵天祭りなど秋田の民俗芸能を紹介するコーナーや、江戸時代後期に質屋・古着商で財をなした旧金子家の住宅も併設されている。

 

「なまはげ」の思い出

 

 大晦日、男鹿半島周辺で行われる伝統行事「なまはげ」を見に夜行列車に揺られて来たのは、もうかれこれ40年ほども前、“DISCOVER JAPAN”のキャンペーンが行われていた頃だ。

 

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新幹線で名古屋を発ち、米原で北陸線の夜行列車に乗り換え新潟までが凡そ10時間、そこから秋田までが急行で5時間、ここで更に普通列車に乗り換え、男鹿線の終点男鹿までが約1時間と、それは長い旅路で有った。

ここから先は更に門前と言うところまでがバスで40分程、この近くにあるユースホステルに泊まっている。

 

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大広間に大勢が集まり夕食を済ませた後、どこかへ出かけて行ったのか、宿で見たのかは定かに覚えてはいないが、それは雪の降りしきる寒い夜だった。

 

 「ウォーウォー、泣ぐ子はいねェーが−、怠けものはいねェーが−」

鬼の面を付け、藁でできたミノを体に纏い、大きな出刃包丁を持った「なまはげ」が突然やってきて、座敷に上がり込み、畳を踏み鳴らしながら一頻暴れ回った後、その家の主人となにか儀式っぽい事をしたのち、「来年も、叉来っから」と捨て台詞を残して去って行った。

 

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 秋田から東能代に向かうと四つ目の駅が追分である。

ここは終点の男鹿まで26.6キロを、9駅で結んでいる男鹿線の分岐駅だ。

そんな駅を、車窓からぼんやりと目で追っていると、遠い日の出来事が懐かしく思い出されてくる。

 



 

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