文学碑と龍飛館
海沿いの道を、また旧道を、そして洞門を幾つも潜り抜け、バスは岬に近づいた。
三厩駅前から乗ったバスが、およそ30分かけて竜飛岬にやって来た。
バスは今晩の宿の近くまで行くそうだが、観光をするならここで降りて歩いた方が良いと言う。
ドライバーに勧められるまま、竜飛漁港の前でバスを降りたが、ここがバス停なのかは定かではない。
漁港の見える道路の脇に、太宰治の小説「津軽」の一説を刻んだ「文学碑」が建っている。
碑に一番近いところで、降ろしてくれたようだ。
竜飛は一年を通じ強い風が吹き、雪も降り、そんな雪や波浪から守るため、家屋には板囲いがされている。
木製の囲いでこの地では、「カッチョ」と言われるもので有る。
ここを「本州の袋小路」と呼び、外ヶ浜街道に立ち並ぶそんな家屋を見て「鶏小屋」と称した一文が書かれている。
徒歩でこの地を訪ねた太宰は、小説「津軽」の中でその印象を、またこんな風にも書いている。
『あたりの風景はなんだか異様に凄くなってきた。凄愴とでもいう感じである。それは、もはや風景ではなかった』
『この部落を過ぎて路は無い。あとは海にころげ落ちるばかりだ。路が全く途絶えているのである』
『小さい家々が、ひしと一塊になって互いに庇護し合って立っているのである。ここは本州の極地・・・』
文学碑とは道路を隔てた反対側に、「龍飛館」と言う観光施設がある。
元々は、明治35年頃に創業し、平成11年まで「奥谷旅館」として営業を続けていた建物だ。
一見すると学校の校舎にも見える木造二階建ての建物で、津軽半島最北端の宿として多くの文人墨客に愛された。
閉館後は、竜飛崎の観光案内所も兼ねた施設となり、内部は無料で公開されている。
宿に着くなりどてらに着替え、いきなり6本もの銚子を開けてしまい、追加の銚子をためらった、宿である。
お酒が貴重品で配給だった頃、お酒が入り、本州の北端の宿に来て二人は、気宇が壮大になったようだ。
牧水や啄木を、蛮声を張り上げ歌うと、宿の婆さんは「そろそろ、お休みになりせえ」とお膳を下げ寝床をしいた。
館には当時の宿帳や、太宰が友人N君と泊まったその部屋も残されている。
その他にも版画家・棟方志功を紹介するコーナーもある。
古今の岬周辺の写真、竜飛で撮影された映画やテレビドラマの情報など、多彩な展示物が楽しませてくれる。
車の通れない階段国道
「龍飛館」を出て、岬に向けてしばらく歩く。
すると道路際に「国道339号 階段国道案内図」と書かれた案内板が建っている。
ここが今や竜飛の観光名所、全国でも珍しい車の通れない、冬季は豪雪で閉鎖される「階段国道」である。
看板の足元には、幅が1m半ほどの赤いレンガブロックを敷き詰めた道が、民家を目がけて延びている。
そこを右に曲がると緩やかに上る道が民家の間に延びている。丁度密集した民家の路地裏のような道だ。
更に左に折れると登りの勾配はきつくなり、やがて民家は尽き、坂は階段に変わり、山の斜面を登っていく。
ここらあたりまで来ると、目の下に広がる竜飛の集落と港を見下ろすようになる。
晴れていればすぐ目の前に北海道の島影が見えるらしい。
生憎と今日は、どんよりと雲った空が、水平線の辺りで海と雑じり合い、灰色に霞んでいて何も見えない。
道幅は狭く、勾配はきつく、手すりの設けられた道は、幾つも折れながら登っていく。
坂の途中には廃校になった中学校と小学校の跡地が有り、元々はこれらの通学路としての階段であったらしい。
全長388.2m、階段の数362段、高低差凡そ70mを10分程かけて登り切った。
風の岬の歌碑
登りきると辺りは広く開放的に広がった草原のようなところで、強風が吹いていた。
右手遥か山の上に白亜の竜飛崎灯台が見え、ここからその灯台に向けて、「階段村道」が続いている。
有名な観光地だから観光客も多かろうと思っていたが、意外にも人影がない。
広い駐車場にも、車がたった一台だけ停まっていて、静なもので、聞こえるのは風の吹く音のみである。
その駐車場脇の建物の横に、行商をする軽トラが停まっている。
今ではテレビなどですっかりお馴染みになった、名物おばさん「タッピヤのかあさん」が営む店だ。
訪れる観光客もいないので、制服を着た郵便局の男性と、暇そうに話しこんでいる。
行商の店を後に、海に向かって少し歩いて行くと、「風の岬 龍飛」と書かれた展望台がある。
そこには良く知られた歌謡曲の石碑が建っている。
昭和52年に発売され、レコード大賞歌唱賞を受賞する大ヒット曲となった、石川さゆりの「津軽海峡冬景色」の碑だ。
波をイメージしているのか、丸く削られ重なった赤い石の中に建つ三枚の石に、二番の歌詞が刻まれている。
その前にある赤い大きなボタンを押すと、少し調子の外れた、割れたような音で、その歌が響き渡る。
「ごらん あれが 竜飛岬 北のはずれと 見知らぬ 人が 指をさす〜♪♪」
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