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はるばる来たぜ 函館

 

 「はるばる来たぜ 函館〜♪」

海の上にはどす黒い雲が低く垂れ込めているが、遥か前方に見え始めた函館の上空は晴れているようで、帯状に広がる町並みが白く輝いて見える。

木古内から函館までは特急でおよそ45分、津軽海峡を見ながら、函館湾に沿ってやってきた。

 

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初めてこの地を訪ねたのは、まだ連絡船が健在であった半世紀近くも前のことである。

名古屋から「急行・宮島」に乗り、東京で乗り継いで、上野から「夜行急行・岩手」に乗った。

そして青森から連絡船に乗ること4時間半、ようやく函館に到着した。名古屋を出て、26時間後のことである。

 

函館駅はガラス張りの近代的な駅舎に大きく変貌していた。

昭和63年に連絡船が廃止され、駅構内は大きく変わり、平成15年には現在の5代目駅舎ができている。

 

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駅舎を出て港の方に歩いて行くと、その一角にかつて青函連絡船で活躍した摩周丸が係留されている。

船は「函館市青函連絡船記念館摩周丸」として、旧駅構内の第二岸壁に錨をおろし保存されている。

当時、青森から乗船したのは「津軽丸」、残念ながら帰路乗った船の記録は残ってはいない。

然し保存されている「摩周丸」を眺めていると、この船で帰ってきたような気がしてくるから、何とも不思議である。

 

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 「逆巻く波を乗り越えて〜♪」

海上113Kmの青函航路は、本州と北海道を結ぶ幹線の座を青函トンネルに譲った。

華やかな活躍を見せた船が、引退を余儀なくされ、この地で寂しくそして静かにその余生を過ごしている。

 

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函館の朝市

 

 駅前に宿を取った翌日、少し早起きをして、300店ほどの店がひしめき合っている朝市を訪ねてみる。

乗り潰しの旅では、折角の函館でも思うように観光する時間が取れない、せめて朝市でもと言う事だ。

 

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朝市は函館駅の直ぐ前にある。

早朝にも関わらず、沢山の観光客でごった返し、客を呼び込む商店主の声に、品定めをする観光客の声が入り雑じり、辺りは活気に溢れていた。

 

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 その声は、どうやら中国や韓国語が多いようだ。

そんな中に欧米人も混じり、日本人観光客も含め、国際色も豊かである。

聞くところによると、最近では台湾からの観光客が特に多いらしい。

 

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 市場の中には、イカやホタテなどの海産物だけではなく、メロンやトウモロコシなどを食べさせる店も有る。

新鮮な海鮮を食べさせるどんぶり横丁も併設されていて、美味しそうなディスプレーが食欲を誘って来る。

修学旅行で訪れる学生も多いのか、優遇する掲示を掲げる店も多い。

ホテルで朝食を済ませてきたことを悔やませた。

 

 

北海道の動脈

 

函館本線は、北海道を貫く大動脈である。

函館から小樽や札幌を経由して旭川に至り、北海道を代表する都市間を結ぶ路線で、その長さは458.4Kmにもなる。

ここ函館駅にはそのゼロキロポストが有る。

 

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 朝の通勤・通学の乗客を乗せ到着し、折り返し運転される列車は、ここで1両に切り離される。

日中に走る普通列車は、キハ40系の1両ワンマン運転の列車と言う事に成るらしい。

他のホームから発着する華やかな特急に比べ、同じ本線を行くにしては余りにも寂しすぎる感がする。

それでも観光客や、通勤・通学らしい乗客で半分ほど座席は埋まっている。

 

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途中の渡島大野では、北海道新幹線の新駅・「新函館北斗」駅の工事中だ。

付近の緑を削って、新しい駅舎が立ち始め、駅前の町並み造りが始められている。

新駅は、現函館駅からは、20キロ近くも離れた場所に作られている。


 

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 渡島大野を出ると、前方を塞ぐ山への登りが待っている。

その途中にある仁山は、かつてスイッチバックが有った駅である。

今では、山の中に静かに佇む駅舎が良い味を出している。

 

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この先で線路は下り、やがて左手の木立の中に小さの沼が見え隠れする。

小沼と呼ばれるもので、これは駒ケ岳の噴火により大沼やジュンサイ沼などと共に形成されたものだ。

周囲は目の前に聳える駒ケ岳とともに、国定公園に指定されている。

 

ここら辺りまで来れば、その秀峰・駒ケ岳が見えて来る筈だ。

しかし、今日は残念ながら雲が重く低く垂れ込め、山頂部を見通すことが出来ない。

 

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大沼から 砂原回り

 

大沼は半世紀以上も前、初めて北海道を訪れた折、その公園で最初にキャンプを張った懐かしい場所だ。

あの日は大沼越しに、馬がいなないている姿に形容される優美な駒ケ岳が、その全貌を表していた。

そんな明媚な風光をバックに、力強く走るSLの撮影ポイントとして、昭和の初め頃より良く知られた人気の地でもある。

 

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 そしてここには明治のころから愛され続けている名物の「大沼団子」が有る。

大沼の駅からその店は遠く(大沼公園駅前にある)、僅かな待ち時間で訪ねることは出来ないが、今では函館本線を走る一部の特急の中で取り扱いが有り、購入することも出来る。

 

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 大沼で一旦列車を降り、未乗車区間である東麓の砂原回りの森行普通列車に乗り換える。

この路線は、嘗て砂原線と呼ばれた事も有ったが、今では日に5往復の普通列車が行き交うだけの、超ローカル線である。

勿論運行する列車は、キハ40系の1両ワンマン運転で、乗り込んだ乗客は僅かに数名で有った。

 

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 内浦湾に沿ってはいるが、車窓から海は時々しか見えなくて、多くは緑濃い山の中をのんびりと走っていく。

この辺りの内浦湾の沿岸一帯は有名な昆布の産地で、生産された昆布は殆どが大阪方面に出荷されていたと言う。

そんな当時の姿は小説「暖簾」でも描かれている。

 

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途中の尾白内の駅舎は、古い貨車を再利用したものであり、道内にはこんな駅舎がたくさんある。

砂原を過ぎると駅の向こうに海が見え、その海がさらに近くなると終点の森である。

森駅には、先ほど大沼で降りた普通列車が先着して待っている。

 

 

全国区の駅弁

 

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森駅に来たからには外せない名物駅弁「いかめし」を買わないわけにはいかない。


「いかめし」は先の大戦中、米不足の代用食として考案された歴史が有り、ここ森駅の名物駅弁として知られている。

 しかし今では、駅弁として売られるよりも、全国のデパートなどの駅弁大会での販売の方が遥かに多いらしい。

今やその人気は全国区で、駅弁と言うよりは、北海道の名物グルメと言った方が相応しいのかも知れない。

 

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 森からは、大沼で降りた普通列車に再び乗り込んで、終点の長万部を目指す。

ここからは内浦湾に沿って、海を右手に見ながら進む。

途中の無人駅の山越は、その駅舎が関所を模した作りになっている。

ここは江戸幕府が造った「日本最北端の関所」として知られた場所で、駅舎はそれに因んだものらしい。

 

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「かにめし」と「アメセン」と

 

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 長万部にも「かにめし」と言う名物駅弁が有る。

ここは、全国に先駆けて作られた「かにめし」の元祖と言われている。

町内には10店近いお店が、駅弁やレストランでの食事に味を競っていると言う。

 

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 特に駅弁は元々ちらし寿司をベースに改良されたものらしく、味付けなどは各社で微妙な違いが有ると言う。

特徴的なのが蟹の爪の形を表しているシイタケで、その配置は、各社で全く違っていて、独自色を出していると言うから面白い。

 

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 ついでに駅の売店で、これもこの町の名物である「アメセン」とお茶を買い込んだ。

「アメセン」は、手焼きしたせんべいに、少し硬くした水飴を挟み込んだもので、せんべいには4つに割れるような切れ目が入れられている。

小さく割って口に含むと、せんべいの香ばしさに、水飴の心地よい甘さが絡み、なんだか昔馴染んだ駄菓子に出会ったような、そんな懐かしい味がする。

 


 

「山線」と言う名のローカル線

 

 長万部からキハ1501両のワンマン運転の車両に乗り込んだのは20名ほど。

一見観光風の乗客が多いのは、沿線にニセコや小樽と言った名うての観光地を要しているからか。

北海道を貫く函館本線にあって、特急はここ長万部からは、海辺に沿った起伏の少ない室蘭本線や千歳線に乗り入れる。

従ってここから先の本線は、花形特急の走らないローカル線に様変わりする。

 

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沿線は「山線」と言われるだけあって、北海道の雄大さを彷彿させる車窓風景が折々楽しませてくれる。

熱郛(ねっぷ)を過ぎたあたりから登りの勾配はきつくなり、トンネルでサミットを超えると目名に到着する。

町民サロンを併設した駅舎は、雪が深いところなのか、勾配のきつい屋根を被っている。

 

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 蘭越を過ぎたあたりから車窓には昆布川が近付いてくる。

昆布、ニセコの観光駅を行く辺りからこの線の絶景区間を迎える・・・、筈であるが、生憎この日は曇り空、雨雲が低く垂れ込めて、今にも泣きだしそうな様子だ。

そのため右手の羊蹄山、左手のニセコアンヌプリは、その姿を現してくれそうにない。

 

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 比羅夫は駅そのものが民宿に成っていて、全国でも珍しい駅だ。

ホームに面したところには、燃料となる薪が山積みされ、傍らに浴室も作られている。

気候が良ければ、このホーム上で夕食を摂ることも有るそうだ。

 

 

日本一の名水の町

 

 長万部からはおよそ1時間半、倶知安は羊蹄山やニセコ連峰に抱かれた静かな山間の町である。

かつて先人たちが、厳しい風雪を克服した開拓の歴史を持つ町である。

平均降雪日数137.4日、平均積雪量は1.93mと言う多雪の風土を生かし、今「スキーの町」として売り出している。

 

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 また、倶知安には、日本一の誉れも高い名水がある。

四季を通して、水温が変わらないと言われている羊蹄山の伏流水で、そのまろやかさは名水の名に恥じない。

駅を出るとすぐ左手の「駅前公園」に飲水場が有る。

ここでは目の前の蝦夷富士(羊蹄山)を眺めながら名水を味わうことが出来る。

 

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