コンテンツ

ホーム

サイト紹介

はれのくに

の旅

遍路歩き旅

海外旅行

伝統こけし

マイブログ

運河の町・小樽

 

 列車を南小樽の駅で降りた。

駅前の通りを7分ほど歩くとメルヘン交差点に出る。ここから観光しながら小樽駅に向け戻る方が効率が良いからだ。

 

ここは煉瓦造り、石造り、屋根にドームを乗せた建物など、多彩な建物が立ち並んでいる観光の中心地だ。

洒落た店構えのお土産屋や飲食店などが多数あり、そんなお店が目当ての観光客で賑わっている。

 

4030111.JPG

4030112.JPG

4030113.JPG

 

4030121.JPG

4030122.JPG

4030123.JPG

 

 その中心にあるオルゴール堂では、十数年以上も前の家族旅行の折、カラフルで煌びやかなオルゴールに魅せられた子供たちに、お土産を強請られた記憶が甦ってきた。

交差点に建つ蒸気時計も当時のままのようだが、周辺は随分とお店も増え、モダンな感じで、賑わいも増しているように見える。

 

4030141.JPG

4030132.JPG

4030133.JPG

 

4030131.JPG

4030142.JPG

4030143.JPG

 

 チョコレートやチーズケーキで有名なルタオの店先で試食に誘われて店内を覗き、有名なガラス店などを冷やかして歩いていると、時間がいくらあっても足りそうもないほどに、多くの魅力的なお店が軒を連ねている。

寿司屋通りや花園歓楽街、北運河辺りまで足を延ばしたいところだが、時間がなくなってきた。

 

4030151.JPG

4030152.JPG

4030153.JPG

 

 途中「全国コロッケコンクール金賞受賞」の看板を見つけた。

コロッケには目がなく、その金賞コロッケを齧りながら足早にこの地区のハイライト、運河越しの倉庫群を見る。

 

 小樽の運河は、内陸を掘り上げたものではなく、海岸を埋め立てて造成したために、緩やかに湾曲しているのが特徴とされる。

その運河を優雅にゴンドラが行き交っている。

 

4030161.JPG

4030162.JPG

4030163.JPG

 

駅近くにある運河プラザに立ち寄ってみる。

ここは、北海道初の営業倉庫を活用した施設で、重厚な石造りの建物は、市の歴史的建造物に指定されている。

内部には観光案内所や、お土産、喫茶コーナーなどが有る。


 

4030171.JPG

4030172.JPG

4030173.JPG

 

駅に戻る途中に、旧手宮線の線路跡が残されている。

北海道で最初の官営幌内鉄道として開通した旧手宮線は、南小樽と手宮を結ぶ2.8Kmの路線だ。

一時私鉄の炭鉱鉄道となり、海産物や石炭の輸送を担った路線で、その後国有化され1985年に廃止されている。

 営業線ではないので、交差する道路を行きかう車に一旦停止の義務が無いらしく、みな素通りしていくのが見ていて面白い。

 

4030181.JPG

4030182.JPG

4030183.JPG

 

このように町中に延びる廃線と言う事も有り、最近ではLRT(次世代路面電車)として復活を望む声も出始めているらしい。

小樽の町に路面電車が走り、観光地巡りが出来れば、またその魅力は増すことは、間違いない。

そんなことを思いながら、ここを過ぎると小樽の駅がすぐ目の前に近づいていた。

 

 

北の大都会・札幌

 

4030211.JPG

4030212.JPG

4030213.JPG

 

小樽から札幌の間は、快速なら30分余り、普通列車でも1時間とかからない。

さすが人気の観光地・小樽と、北海道第一の都市・札幌を結ぶ幹線らしく、特急が走り、普通列車や快速が頻発し、どの列車も多くの乗客で賑わっている。

 

4030221.JPG

4030222.JPG

4030223.JPG

 

4030231.JPG

4030232.JPG

4030233.JPG

 

 札幌は、江戸時代、松前藩により開かれ、明治に入り碁盤目状の町並み造りで整備された歴史を持っている。

広大な面積に全国第四位の人口を擁し、今では北海道経済の中心地で、官公庁や企業の出先も多く、又観光都市として世界的にも知られた北の大都会である。

 

4030241.JPG

4030242.JPG

4030243.JPG

 

 

札幌近郊の玉ねぎの里

 

 札沼線は76.5Kmの路線で、「学園都市線」の愛称が付けられている。

元々は札幌の次の駅、桑園から新十津川を経て更にその先、留萌本線の石狩沼田とを結んでいたことが線名の由来で有る。

しかし利用者も少なく、新十津川と石狩沼田の間が廃止されてしまったが、その後も線名から「沼」の字だけが残され現在に至っている。

 

4030611.JPG

4030612.JPG

4030613.JPG

 

 札幌からは、北に延びる石狩平野を西に向かい、途中大きくカーブを切りその西端を、右手に石狩川上流域を見ながら進む。

その石狩平野の東側には函館本線が、この札沼線と並走するように走っており、終点の新十津川と函館本線の滝川の間で一番狭くなり、距離にして4キロほどになる。

終点の新十津川駅近くの町役場前から、函館本線の滝川駅前まではバスの便があり、15分ほどと近い。

 

4030621.JPG

4030622.JPG

4030623.JPG

 

列車の始発は桑園ではなく、札幌である。

札幌から新十津川までの直通運転は無く、途中の石狩当別か、北海道医療大学が終点だ。

丁度ここら辺りまでが、札幌の近郊路線と言う雰囲気で、沿線にはマンションや住宅地が多くみられる。

しかしそこから先はローカル線らしくなり、特に浦臼から終点の新十津川まで行く列車は、日に3本しかない。


 

4030631.JPG

4030632.JPG

4030633.JPG

 

石狩当別で乗り込んだ1両のワンマン列車の乗客は僅かに4人と言う寂しさだ。

途中の本中小屋駅のホームに立つ名所案内には「林道からの展望」と書かれていた。

どんな眺望が待ち構えているものか・・・機会があれば見てみたいものである。

 

4030641.JPG

4030642.JPG

4030643.JPG

 

車窓の左手に見え隠れしていた暑寒別道立公園の山々が近づいてくると昭和6年開業の終点・新十津川だ。

地名の由来は、明治22年奈良県吉野郡十津川村を襲った未曾有の水害で、6002690人がこの地に大量移住したことにある。

辺りは農村地帯で、お米と空知玉ねぎの産地として知られている。

 

 

荒涼とした風景も

 

 小樽から札幌を経由して新千歳空港へは、凡そ1時間に2本程度の快速エアポートが疾走している。

札幌からも始発の快速が同程度加わるので、千歳線を行く快速は、1時間に4本もある。

これに特急が加わるので列車の運転密度は高い。

 

千歳線は、函館本線の白石から室蘭本線の沼ノ端を結ぶ56.6Kmの路線である。

開業が1926年と言うから、比較的新しいのは、当時の主力路線・室蘭本線の札幌と苫小牧を結ぶ、都市間短絡路線として敷設された経緯があるからである。

 

4030251.JPG

4030252.JPG

4030253.JPG

 

 「幾駅ものあいだ、駅とその官舎らしい建物のほかに、村らしいものもなく、農家も見えない。

何とした荒涼とした風景であろう。人間はこの土地に住まないのだ。」

終戦直後、この線に乗った作家の伊藤整が見た沿線風景で有る。

 

4030261.JPG

4030262.JPG

4030263.JPG

 

しかし今日では、札幌近郊は高層ビルやマンションが建ち並ぶ大都会に変貌し、沿線にはベットタウンが出来、北広島や千歳にも賑やかな町並みが広がっている。

今や北海道では一番の繁盛路線、道内を代表する花形路線としての地位を確立している。

 


 

苫小牧の朝

 

苫小牧の朝は、冷たくて肌寒い霧雨が、煙るように降っていた。

ここはスケートの町らしく、ホテルの近くにも大きなアリーナが有った。

聞けば市内には公営が4か所、民間1か所のスケート施設が有ると言う。

たいして大きな町では無いのに、スケート人口は多いらしい。

 

4030311.JPG

4030312.JPG

4030313.JPG

 

 駅のホームで、掃除中の男性と目があった。

「寒いですね」と言うと、「今年はあったかい方だ」「冬は、雪は少ないが、風の強さと寒さは半端じゃない」と言っていた。

 

4030321.JPG

4030322.JPG

4030323.JPG

 

霧雨に霞む製紙工場の大きな煙突を見ながら、8時半過ぎの室蘭本線で岩見沢に向かう。

キハ40系1両、ワンマン運転の列車は遅れていたカシオペアの通過を待って、十数名の乗客を乗せ3分遅れで出発した。

 

 

室蘭本線の凋落

 

室蘭本線は、長万部から東室蘭、苫小牧を経て岩見沢に至る218Kmの路線で、函館と札幌を結ぶ幹線である。

しかし、苫小牧から岩見沢の間は、幹線の座を千歳線に譲り、凡そ2時間に1本程度のローカル線に凋落している。

かつては夕張や角田など沿線の産炭地から、室蘭や苫小牧の港に石炭を運ぶ花形路線であったらしいが、その面影は今どこにも感じることは出来ない。

 

4030411.JPG

4030412.JPG

4030413.JPG

 

 沿線に際立った特別な景観が有るわけでもない。

広大な原野や、整備された農地、カラフルなサイロを持った農家、そんな中、時折白樺の木が点在する雑木林など、それでも北海道らしい風景が淡々と車窓を流れていく。

 

4030421.JPG

4030422.JPG

4030423.JPG

 

 途中、栗山、栗丘、栗沢と栗の字の付く駅が三つも続く。

車窓から見る限り栗の木が多いようには見えないが、その昔この辺り一面は、栗の大木に覆われていて、室蘭本線の建設工事では、その栗の木は、枕木として大量に切り出されたと言う。

 

そんなことからこの辺りには栗の字の付く地名が多いのだとか。

余談だが、プロ野球・日本ハムの栗山監督は、同名のよしみで栗山に住居を構えていると聞いた。


 

4030431.JPG

4030432.JPG

4030433.JPG

 

 由仁の周辺には、結構賑やかな町並みが広がり、栗山の駅前には大きな工場も有った。

ここでは、若い女性やサッカー少年が大勢乗り込んできて、車内がたちまち満員になり、一変に賑やかになった。

その混雑は、終点の岩見沢まで続いていた。

 

4030441.JPG

4030442.JPG

4030443.JPG

 

 1時間半ほどで到着した岩見沢は、かつて町中の競馬場で「ばんえい競馬」が開催された地だ。

ホームには力強く橇を引く馬の像が建っている。

その競馬は、60年の歴史の幕を、惜しまれつつ閉じたと言う。2006年のことだ。

 

 

常盤公園のこと

 

 岩見沢から特急で旭川に向かう。1時間ほどの距離だ。

途中、神威トンネルを抜けると右に石狩川が見え始め、暫くすると近文の駅を通過する。

半世紀近くも前、初めてこの地のアイヌ部落を訪ね、文化の違いに少なからずショックを受けたことを俄かに思い出した。

 

4030511.JPG

4030512.JPG

4030513.JPG

 

 市街地が広がり、石狩川の橋梁を渡ると列車は旭川に到着する。

駅周辺には大きなビルが立ち並んでいて、北海道第二の都市と言うだけのことが有る。

ホームからは、石狩川の支流・忠別川の流れと広々とした緑も豊かな緑地公園を見下ろすことが出来る。

 

4030521.JPG

4030522.JPG

4030523.JPG

 

ホームに降りると、珍しく駅弁売りがいた。

「写真、撮らせてください」とカメラを向けると、「この方が絵になるだろう」と言って、持っていた赤いジャンバーをわざわざ羽織り、肩から弁当の入った箱を下げ、ポーズをとってくれた。

 

4030531.JPG

4030532.JPG

4030533.JPG

 

 高架駅の旭川には近代的な駅舎が建っていた。

ここは半世紀近くも前こと、この駅に降り立って、寝場所を探しながら市内を歩き回り、偶然見つけた常盤公園で野宿をした懐かしい記憶の残る地だ。

当時の駅のことも、町並みのことも、常盤公園がどこにあって、どんなところだったのかなど、何も覚えてはいないのに、不思議と「常盤公園」の名だけは今でも鮮明に覚えている。

 



 

| ホーム | 国内路旅行 | このページの先頭 |

 

(c)2010 Sudare-M, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system