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長岡の花火

 

 毎年81日〜3日にかけて開催される「長岡まつり」は、先の大戦で犠牲になった人々の鎮魂と同時に、戦災で痛手を受けた町の復興を願い、平和を祈念するお祭りである。

その最大のイベントが、2日と3日の2日間に渡り信濃川河川敷で繰り広げられる「長岡花火大会」だ。

それは日本三大花火大会の一つに数えられている。

 

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直江津から乗った快速「くびきの5号」は、停まる駅々で乗り込んでくるお客の数が増え続け、長岡が近付くにつれ、いつしか車内はまるで通勤列車並みの混雑であった。

駅に到着し、ドアが開くと解放された人々の波がドッとホームに溢れ、そのままコンコースから駅前に膨れ上がり、それが会場に向かう歩道に絞られ、一本の帯のように信濃川に向けて延びて行く。

 

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 2日間で100万人を超える観客を集めると言う花火大会だ。

JRは臨時列車を運行し対応する。バス会社や各旅行会社はツワー客を募って動員する。

こんなわけだから、市内や近隣の宿は早くから予約が一杯で、この二か月ほど前にやっと、十数軒目の電話で確保できた。

 

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 61日の朝から始まった有料指定席のネット予約では、なかなかサイトに繋がらず、開始から30分余り経過してやっと開けた時には既に主要な席は売り切れ、どうにか左岸の椅子席(3,000円)を入手した。

そんなチケットを握りしめての花火見物である。

 

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人混みに押されるようにして長生橋を渡る。

川面を渡る風が、涼しくて気持ちが良い。

陽もすっかり落ち、天空に暗闇が広がり始めたその時、「ドン〜」と最初の花火が打ちあがる。

と同時に、漆黒の中から怒涛のような歓声が響き渡った。

 

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花火大会の始まりである。

人が多くてなかなか前に進めない。この時まだ、お弁当を下げ、長生橋の中ほどを歩いている。

 

 

信濃川と千曲川

 

信濃川河川敷で開催された「長岡花火大会」を堪能した翌日、群馬県内で温泉を楽しもうと、上越線の普通列車に乗り込み、一路水上を目指す。

 

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 豊かな米所、越後平野に位置する長岡を出て、次の宮内で上越線に入ると列車は、暫く日本一長い信濃川と並走する。

この信濃川、長いだけではなく、水系全体の流域面積はほぼ新潟県の面積と同じで、それは利根川・石狩川に次いで全国でも3番目に広い、日本を代表する大河でもある。

 

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 信濃川と言う呼び方は新潟県内でのもので、長野県内では千曲川と呼ばれている。

秩父山地に源を発し、全長が367キロメートルの一級河川で、実際の長さでは信濃川が153キロメートルなのに対し、千曲川の部分は214キロメートルとこちらの方がはるかに長い。

従って千曲川と呼んでも良さそうに思うのだが、河川法での呼び名は「一級河川・信濃川」となっている。 

 

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 鉄道が開通する前は、豊富な水量に恵まれて、船運が発達したところだ。

上流の山の幸を下流に運び、下流の海の幸を上流に運ぶ、当然年貢米もこれで運ばれた。

この船賃は当時の藩の貴重な財源となっていたのであろう。

そんな船運も昭和30年代の半ばには無くなってしまったと言う。

 

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 沿線は長閑である。

牛の角突きや錦鯉の養殖で知られた小千谷、飯山線の分岐駅・越後川口を過ぎるとその信濃川は車窓から離れ、代わりに支流の魚野川が左手に着かず離れず見えてくる。

 

上越新幹線がトンネルに隠れるあたりが魚沼盆地、あの有名なコシヒカリの米どころ、車窓からは豊かに実る田圃が広がって見える。

 


 

小出の駅と只見線

 

その先の小出は、只見線の分岐駅だ。

ここと福島県の会津若松を結ぶ路線が只見線で、山間の過疎地を行く路線ではあるが、只見川に沿って秘境を行く趣ある線として、特に秋のモミジのころや雪深い厳冬のころの人気も高い、知る人ぞ知る観光路線でもある。

 

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 何年か前、会津若松駅前のビジネスホテルに宿を取り、6時前の始発列車に乗ったことが有った。

当時は、会津若松と小出を結ぶ便は一日三本しかなく、この始発を逃すと次は13時過ぎ、その次は17時過ぎとなる。終着駅までは4時間以上を要していた。

 

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その日は休日で、通勤通学客の姿は無く、18きっぷを持ったと思える観光客風の乗客数人のみを乗せて発車した。乗客は列車が駅々で停車を重ねても、増えも減りもせず、ただ淡々と終着駅を目指し、川の蛇行に合わせカーブを幾つも数えていた。

そんな車内はさながら写真の撮影会の様相で、右に左に展開する車窓風景に乗客は歓声をあげながらカメラを抱え右往左往していた。

 

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 只見線は現在、会津川口と大白川間が、平成23年の豪雨災害で甚大な被害を受け、未だに不通になったままであり、バスで代行輸送されている。

部分的には急ぎ復旧がされたところもあるようだが、全線復旧となると見込みは立っていないようだ。

線路が流され、何か所もの橋梁を失ったローカル線は、今廃線の危機に直面している。

 

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小出駅の只見線のホームには、停留する列車も、人気もなくひっそりと静まり返っている。

線路にも心なしか、雑草が多く生い茂っているように見受けられ、一抹の寂しさを感じずにはいられない。

 


 

ガーラ湯沢

 

 小出を出ると車窓には上越国境の山々が近づいてくる。

六日町から石打、越後湯沢にかけては、その山々をまだら模様にする、スキー場のゲレンデを車窓から目にすることが出来る。

駅のホームに立つ近隣の名所案内でも、多くのスキー場が紹介されている。

 

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 越後湯沢は上越新幹線との接続駅だ。

ここから枝分かれした新幹線の、その終着に「ガーラ湯沢」と言う臨時駅がある。

正式には新幹線の支線では無く、上越線の支線になっているらしいが、その営業キロ数は1.8キロメートルと短い路線が延びている。

 

 元々新幹線が車両基地に出入りするための施設であったが、基地の周辺にスキー場が開設されたことに合わせ開業した経緯があり、したがってこの駅は、主に冬季のみの営業を行っている。

 

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 上越線の支線ではあるが、その実態は新幹線であり、上越新幹線と一体的な運行が行われているので、残念ながら「青春18きっぷ」での乗車は出来ず、所定の運賃が必要となる。

時刻表を見ると、乗車にはさらに特急料金100円が必要と書かれている。

これは山陽新幹線の終着駅、博多から延びる博多南線と同じ扱いである。

 

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この路線にはまだ乗ったことがない。

いつの日にか、冬のころもう一度ここを訪ねることに成りそうだ。

 



 

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