三国山脈超え
群馬と新潟の県境に連なる山脈が三国山脈である。
信濃川の支流である魚野川や、広大な関東平野を潤す利根川の源流域を有し、中央分水嶺をなしている。
そこは谷川岳、三国山、白砂山などの2000m前後の山々が連なる急峻な山岳地帯である。
加えて大河の上流域で、その山塊と川の流れ下るさまは、上越線や上越道を行く車窓を十分に楽しませてくれる。
JR上越線の上り・下り線、上越新幹線の鉄路は、三本の長大なトンネルで国境の三国山脈を抜けて行く。
さらに関越自動車道には関越トンネルが、上越国境を越える国道17号線には、三国峠に三国トンネルが貫いている。
嘗ての難所の国境は、今では鉄道も自動車も、難なく長大なトンネルで越えている。
上越線の開通する以前は、太平洋側と日本海側を結ぶ鉄道は、大きく迂回する路線しかなかった。
一つは、高崎から軽井沢を通る信越本線、もう一つが郡山から新潟方面に向かう磐越西線が主なルートで有った。
昔から、東京から新潟方面に向かうには、現在の上越線のルートが最短で有ることは既に知られていた。
しかし、ここは名うての厳しい山岳地帯で、トンネルを掘るにしても大きな難題が横たわっていた。
当時の列車が上れる能力から、勾配を緩くする必要があるのだが、それだと長さは20キロ以上にもなってしまう。
その事からこの山脈を貫くトンネルの工事は無理で、結果的にこの国境は超えられないものとされていた。
ところが我が国の叡知と技術は、その困難を見事に克服してしまったのだ。
ループ線
ヒントは急峻な山岳地帯を、長大なトンネルを掘って抜けると言う発想の転換にあった。
それは、トンネルと「ループ線」と言う組み合わせで、この三国山脈を越えようとするものである。
下り列車は、湯檜曽駅を出るとループ線で上りの勾配を稼ぎ、土合の駅を経て清水トンネルで国境を超える。
更に土樽駅から再びループ線で坂を下り、越後中里駅に至るのだ。
湯檜曽辺りの国道からは、先ほど乗ってきた、上越線のループ線を目の当たりにすることが出来る。
道路と並走する線路は、正面の山肌に掘られたトンネルに入り込んでいる。
その入口の上を見ると、丁度直角に交わるようにトンネルを出た線路が、新潟県境に向け登って行くのが見える。
列車ではほとんどがトンネルの中でループするので、実感に乏しいが、こうして目の当たりにしてみると良く解る。
ここから利根川の支流湯檜曽川に沿って、さらに上流を目指すと谷川岳登山の拠点駅・土合がある。
登山客の多くが利用する駅で、上り線と下り線のホームが、離れたところにある珍しい駅として知られている。
上り線は従来の地上駅であるが、下り線は新しくできたトンネルの中にホームがある。
時刻表にも「改札から下りホームまで約10分かかります」と書かれているほどだ。
500段ほどの階段があり、登山客にはそれが、ウオーミングアップとしては丁度良いらしい。
国境のトンネル
『国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止った』
川端康成の有名な小説、「雪国」の書き出しである。
水上から越後湯沢に至る三十数キロの間は、上越線のハイライトと言っても良い山岳区間である。
両側に高く荒々しい山々が迫り、深い谷が切り込まれた厳しい地勢の中を鉄道が通り抜けている。
この国境の長いトンネルとは、上越線の上越国境にある清水トンネル(9.7Km)の事である。
(この項、写真:大井川鉄道)
この区間の緩和と複線化に当り、13.5qの新清水トンネルが完成した。
途中にそのトンネルの中に、モグラ駅と呼ばれる土合駅が作られた。
これにより、新線は下り用、従来の路線は上り用となり、上り線と下り線は完全に分離された。
従って川端康成が執筆した当時のトンネルは、下り線であるが、現在では上り専用線に成っている。
今日では、トンネルを抜けた汽車が、土樽信号所に停車し、主人公の様に雪国を見ることはもう叶わない。
又この区間は、小説発表の4年前、昭和6年に直流電化が完成し、当時既に電気機関車が牽引していたらしい。
それでは情景として余りにも味気なく、小説の中ではあえて汽車と書かれた・・・、のかどうかは良く知らない。
しかし、雪の鄙びた信号所には、電気機関車より、蒸気機関車の方が相応しいようには思う。
谷川岳ロープウエー
三国山脈を構成する山の一つが、日本百名山のひとつに数えられている谷川岳である。
日本三大岩場を有し、山麓一帯はスキー場として、それぞれが“メッカ”と呼ばれるほどの人気の山だ。
しかしその一方、この山は「魔の山」とも呼ばれ、遭難が後を絶たず、恐れられている。
そこには、ギネスに登録されるほどの遭難者が、命を失っていると言う現実がある。
頂部を成す二つの峰の標高は2000メートルにはやや足りなく、それほどの高山ではない。
しかし、急峻な岸壁と複雑な地勢、何よりも日本海と太平洋の気流の衝突地帯と言う天候がこの地は特徴的らしい。
日照時間が短く、夏は降水量が多く、冬は厳しい寒さと多雪で、気象条件が厳しく、天候が変わり易い。
それだけに確実な装備と、より慎重さと、高度な技量が求められる山だとも言われている。
谷川岳登山の起点となるロープウエーの山麓駅までは、JRの土合駅から徒歩なら20分ほどだ。
水上駅前から出るバスなら途中湯檜曽、土合を経て20分ほどで到着する。
麓からロープウエーで天神平駅へ、更にペアリフトを乗継げば、1502mの天神峠まで気軽に行くことが出来る。
谷川岳登山の起点になるロープウエー乗り場のあるベースプラザは、7階建ての巨大な建物だ。
1階から5階までが立体駐車場になっていて、ここにはレストランや売店、休憩施設なども備わっている。
ロープウエー6階のカウンターで乗車券を購入し、7階の乗り場に向かう。
廊下(スロープ)は、冬場の登山客やスキー客の混雑を吸収するためらしく、曲りくねりとてつもなく長い。
並ぶ客への配慮なのか、飽きさせない工夫なのか、壁には四季折々の谷川岳を映した写真が沢山掲げられている。
平成17年にリニューアルされたと言う「フニテル」は、1台の定員が22名だ。
麓の土合口駅(標高746m)と、標高1319mの天神平駅の間2300mを、僅か10分で登ってしまう。
登る程に高度が上がり、周りに美しい山々の展望が開け、眼下の深い谷には時々糸を引いたような登山道が見える。
途中点検用のゴンドラとも遭遇、これは新幹線のドクターイエローに出会ったようなもので珍しい事かもしれない。
天神平駅を出ると左手に高倉山(1449m)が見え、この二つのピークの間に広がるのが天神平である。
そこは広々とした緑の絨毯を敷き詰めたようなところで、広大なスキー場のゲレンデに成っている。
右手には観光リフトが延び、その先が1502mの天神峠で、そこまではペアリフトに乗れば7分ほどだ。
谷川岳・天神峠の眺望
天神峠から広がる眺望は素晴らしい。
目の前に高倉山の緑の斜面が広がり、遥か尾瀬方面には朝日岳、白毛門、至仏山の稜線を望む。
目を転じると、武尊山や赤城山の山並みが連なっている。
峠から延びる天神尾根道は雲の中に消え、双耳峰と言われる二つの頂部は、ベールに姿を隠している。
空には多少薄らと霞が掛かり、やや視界が妨げられているとは言え、360度の眺望は見事だ。
麓からロープウエーを使えば、僅か20分足らずで、1500m付近の天神峠までは誰もが簡単に登れる。
峠から谷川岳の山頂までの道のりは約3キロ、上れば2時間半ほどらしい。
このことが、気軽な登山者を増やし、多発する遭難に繋がっているのかもしれない。
この日下界は30度を超える猛暑なのに、ここには気温21.5度の天然のクーラーが効いた別世界が広がっている。
冬になると一面の銀世界に、カラフルなウエアを纏った人々の歓声が草原には溢れると言う。
この時期は高山植物の天国で、クルマユリ、シモツケソウ、オオバキボウシやニッコウキスゲが咲いていた。
谷川岳双耳峰や、周囲を取巻く山々の眺望、平原の緑、高山植物等が楽しめるのは、何と言っても魅力的である。
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