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四国三郎の流れる町

 

歩き遍路の2回目は、午後四時過ぎ降り立ったJ R徳島線鴨島駅から始まりだ。

ここから第11番札・所藤井寺までは、3キロほどの道のりだ。納経所の閉まる5時までには微妙な時間では有るが、少し急げば歩いても何とか行けそうだ。

 

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実は藤井寺前の宿を予約するとき「納経所は5時で閉まるから、乗ったほうが良い」と女将が勧めてくれていた。

そんなタクシーが数台、整然と並んで客待ちをしている鴨島駅前は、思ったより賑わっていた。1番札所の時とは随分と駅前の雰囲気が違う。人通りこそ少ないが、立派な商店街が駅前から真直ぐに山の方に伸びている。しかし地方都市にありがちなシャツターの閉まった店も結構目に付く。

 

 

フジの花咲く藤井寺

 

歩き始める前、駅前で道を尋ねると「あの山に突き当たるまで真直ぐ。そこを右に回り少し登ったら寺が有る」と言う。

しかしあれから随分と歩いている筈なのになかなか山裾に行き着かない。途中、信号待ちをしていると自転車で通りかかったおじさんが「後30分くらいかな」と聞きもしないのに親切に教えてくれた。時計はすでに4時半を廻っている。

「えっ、まだ半分も来ていないのか?」少し急がねば。

商店がまばらになりやがて途絶えると民家が増え、その民家の間に畑が目立つようになると、道はやっと突き当たる。

教えられたとおり右折し、団地の横を通り抜けると道は緩やかな上りとなり、山懐に入り込む。

 

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暮れはじめた周りに、山の冷気を感じながら進むとその先に山門がやっと見えてきた。

年代を感じる門をくぐると右手に藤棚が有り、寺名に由来するふじの花が満開で迎えてくれ、疲れを癒してくれる。

どうやら間に合った。境内にはまだ多くの人々が思い思いに休み、本堂やお大師堂の前では遍路の読経の声が響いていた。

藤井寺の本堂は、山門より一段と高いところに有る。石段を上がると本堂が有り、そのすぐ背後には鬱蒼とした山が迫っている。

 

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お参りを済ませ早々と山門のすぐ前の宿「御宿 ふじや」に入った。

夕食が5時半過ぎから始まるからと、追い立てられるように風呂を勧められ、風呂を上がると休む間もなく夕食の準備が出来たと女将が呼びに来る。時計を見るとまだ6時には大分間が有るのに遍路の夕暮れは足早に過ぎて行く。

こんなに早く・・・と思いながら広間に行けば先客は既に食事中だ。明日の“へんろころがし”を話題に食事を終え、部屋に戻るともう何もする事が無いのでまだ7時になったばかりだが、ここは寝るしかない。

 

 

へんろころがし

 

何時もより4時間余りも速く床に付いたものだから、中々寝付かれなかった。

結局眠りに落ちたのは何時もと変わらぬ時間だったようだ。

 

朝も早くから人の動きが有り、5時前には眼が覚めてしまった。

今日に備え少しでも多く寝て、体力を蓄えようとの思いは無残にも崩れた。何時もよりかえって早く目覚めてしまい、むしろ睡眠時間は少なくなってしまったのだ。朝食は6時からと前夜の食事時、女将が告げていた。

 

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7時前に宿を発つ。

本堂の左手の生い茂る木立の下にぽっかりと口を開けたように登山道は有る。

山裾にへばりつく様に、上がる階段が、そして急な坂道が見える。遍路道では最難関と言われる焼山寺の遍路転がしの道である。

 

弘法大師は、四国八十八箇所の遍路道の中に、六箇所の苦行の場を作られたと言う。その中でも最も厳しい“へんろころがし”と呼ばれる遍路道がここ焼山寺への道だ。登り始めるとやがて“へんろころがし 1/6”と書かれた道標に出会う。

それまでも随分ときつかったのに、これからが本当の“へんろころがし”が始まるのか・・と思う。息を弾ませて登っていくと間も無く、行き成りの急勾配がやってくる。長戸庵まで3.2キロ、高低差が420m、標高510mへの山登りの始まりだ。

 

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キツイ。本当にキツイ。足が思うように上がらない。ハアハア、ゼイゼイと息が上がる。何とか呼吸を整えようとするが、急な登りばかりで整わず、ますます息苦しくなる。全身からすごい勢いで汗が噴出す。足に力が入らない。息遣いは益々荒くなる。まだ幾らも歩いてはいないのに、もう何キロも歩いた後のような疲労感が全身を襲う。

 

 

アクシデント

 

もう休むより仕方が無い。どうやら行き成りの運動量の急変に、心肺機能が追いつかず、軽い酸欠状態に陥ったようだ。

腰を下ろししっかり水分を補給し、飴玉をしゃぶり、ことさら大きな深呼吸を何回も繰り返し、呼吸を整える。

休んでいると、後から登ってきた遍路が口々に「きっいですね」と言いながら、それでもまだまだ確かな足取りで前を通り過ぎていく。

まだ始まったばかりの所で、幾組もの遍路に追い越され、気持ちに焦りも見え始める。

 

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30分も休んだであろうか。回復が自分でも意識できるようになり、再び歩き始める。一歩一歩ゆっくりと、苦しくなったら無理をせず、休みながら行けば良い。心の中でそう良い聞かせ、殊更呼吸を意識しながら歩を進める。

厳しい登りも一段落、やがて道がやや平坦になるとそこが長戸庵だ。小さな無人の庵が建っている。

ここは、藤井寺から3.2キロの地点である。

 

先ほど追い抜いて行った遍路の何人かも腰を下ろして休んでいる。随分と遅れたような気がしていたが他の皆もやっぱりきついンだ。

そんなに遠くには行っていなかった。そう思うと多少気持ちも楽になる。

 

 

山は逃げない

 

長戸庵を抜けると道はここから緩やかに登る。身体も大分慣れてきたようだ。少し進むと木立の間に行き成り眺望が開け、眼下に吉野川が一望できる。今までは、苦しさで写真を写す余裕も無かったが、ここでは思わずカメラを構える。汗の額に吹く風が気持ち良い。

街の喧騒も僅かに届くだけで、多くは鳥のさえずりと風のざわめきのみが耳をなぜていく。

 

しかしこんなオアシスもつかの間、この先には2つ目の“へんろころがし”が待っていた。標高626mの石堂権現への登り道だ。

ここまでは、藤井寺の境内で出会った赤い納め札を持つと言う遍路と、後先に成りながら登ってきた。

「そんなに急がなくてもこんなゆっくりとしたスピードでも焼山寺に4時には着く」「山は逃げないからゆっくりゆっくり登れば良い」

もう10回以上も廻っていると言う遍路の言葉だけに妙に説得力が有り、納得だ。この頃には体力も回復し、多くの遍路に追い越された焦りもこの言葉で若干安堵に変っていた。

 

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石動権現を過ぎると“へんろころがし 3/6”の道標の先で、道は激しく下って行く。まるで足元から転げ落ちそうな下り坂で、先の道がすぐ足元のはるか下の方に見える凄まじい下り道だ。金剛杖を頼りに滑らないように足元に細心の注意を払いながら降り切ると、満開の石楠花が迎えてくれる。長戸庵からは、3.2キロのところ、1時間15分ほどで到着した。

この遍路道のほぼ中間地点に有る番外霊場柳水庵だ。

 

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ここ柳水庵には空海が柳の杖で突いたら水が出たと言われる水場も有る。

ペットボトルのお茶を飲み干してしまったところだったのでありがたい。ペットボトルを一杯に満たす。

 

 

お大師さんの雰囲気

 

柳水庵を少し降りた広いアスファルト路の脇に畳敷きの小さな休憩所が有る。松尾の休憩所だ。靴を脱いで上がり込む。

足を投げ出し、お昼には少し早いが宿でつくってもらったおにぎりをほおばり、しばしの休息を取る。

 

4つ目の“へんろころがし”は、標高750m、一本杉へのさらに激しい登り道だ。「これを登り切ると大きなお大師さんが迎えてくれはります」例の赤い納め札の遍路が励ましてくれる。休んでは登り登っては休みの繰り返しで、登っているより休む時間の方が長くなる。

だから時間ばかりが悪戯に過ぎていくのに中々前に進めない。

 

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そんな苦しみながら登っていると、やがて山中にしては・・と思うような立派な石柱の門と石段が現れる。

見上げるとその正面に見事な大杉が聳え立つ。その前では巨大なお大師さんが、喘いで石段を登る遍路を迎えてくれる。

「ようここまで頑張った」とそんな声が聞こえてきそうな雰囲気を感じさせる場所である。

お大師さんにお陰を頂いたと言う夫婦が、孫を連れて大杉の周りを掃き清めていた。聞けば月に一度ぐらい、こうして掃き清め、お大師さんに新しいお花をお供えしていると言うお礼参りを続けているのだ。

 

ここは標高750メートル。

昔から残る焼山寺道の中でも、ここら辺りが一番お大師さんの雰囲気と出会える場所らしい。

藤井寺を発って既に5時間が経過していた。ここからは一本杉越えの下りが待ち構えている。

 

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山のお寺の鐘の音

 

 “へんろころがし 5/6”の標識から道はいきなり下りに入る。一歩又一歩とやっと登りつめたのに、今度は山頂から一気に350mの標高差を下るのだ。

 

風のざわめきと鳥のさえずりしか聞こえない山道では、人は苦しさの中で、無心になれるようだ。ふと気が付けば、何も思わない、何も考えていない自分がそこにいる。もう、ただただ、歩く事だけに全霊、全神経を集中している自分に気付く。

これが“無の世界”か、と悟ったような、そんなことを思いながらひたすら道を下る。

 

その時静寂の世界に、風に乗って微かな鐘の音が聞えた。向かいの山から聞こえてきた鐘の音は、おそらく焼山寺の鐘であろう。

焼山寺は近い、と思いたいところだが正面にどっかと座る山塊のどこにも寺は見えていない。

しかも今は、何処まで降りるのかわからないような下りが延々と続いている。それが終わると今度は最後の登りが待っていると言う。

この登りがこれまで以上に厳しいらしい。

 

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膝をガクガクにしながら降りて行くと、久し振りに見る畑が広がり、ようやく民家の屋根が見えてくる。

標高400メートルの地点、左右内の集落だ。日陰を見つけで休んでいると、土地の年老いたご婦人が通りかかった。

 

「昔は2時間もかけて焼山寺さんへ、毎日掃除しに登ったものだ」「あの山の上の、大きな木の辺りが焼山寺さん・・」と正面の山を指差した。「今は人が居なくなって・・・」「そこの婆さんも爺さんも死んで今は空き家になっている」と先の民家の方を見て言った。「お茶をあげるといいのだけど・・・。家がそこの山の上で・・・」ご婦人としばし世間話を楽しむ。お茶を出せない事にしきりに恐縮し、頭を下げるご婦人と別れ、最後の登りに向う。

 

左右内川の手前に無人の販売所があり、1100円の八朔が幾つか置かれている。

さっき休んだばかりだが、好物を目の前にしてはここを無視してやり過ごすことは出来ない。

 

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橋を渡ると最後の“へんろころがし 6/6”、焼山寺山への登りに掛かる。

足を引きずるように登ると、やがて石切り場のある林道に合流する。何となく山頂に近い雰囲気が漂う場所だ。

この先には広い林道が緩やかに登っているのが見える。今度こそ寺はもう近い。

 

 

12番札所 焼山寺

 

ホッとしながら進むとようやく焼山寺の参道が現れる。後500mほどだと書いてある。歩き難い玉砂利の道も、あの山道に比べればなんて事は無い。大杉で奉仕していた孫連れの夫婦が参拝を終えて下って来るところであった。

すれ違いざま、「随分早く着いたね」こんな風に労ってくれた。彼らは車で先回りしていたのだ。

 

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焼山寺道で我々を追い越して言った数人連れのグループが、石段を下りて来た。

これから奥の院をお参りするのだと言う。それにしてもずいぶんと元気の良いグループだ。

 

最後の石段を登るとそこが山門だ。その先の境内には杉の巨木が林立し、その先に本堂が見える。

やっと着いた、焼山寺にやっと着いたのだ。藤井寺を発って約8時間経過していた。

 

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12番札所焼山寺。

標高720m四国霊場の中では三番目に高いところにあるお寺である。境内には杉の巨木が林立し、いかにも深山を思わす趣が有る。

ここからは四国山地の雄大な山々が眺められる。そんな景色を眺めていると、長くて苦しい道のりを忘れてしまう。

今は苦しさも、足の痛さも感じない、さわやかな山の風が汗の額に心地いい。

この日は、寺の境内の一角にある宿坊「虚空蔵院」で泊まる。

 

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