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JR立江駅から

 

徳島を発つ2両編成の列車は、結構混んでいた。五連休の初日とあって家族連れやお年寄りのグループが目に付く。

遍路と思しきグループもちらほら見受けられる。車内で同年輩らしい、顔が真っ黒に日焼けしている遍路に会った。

荷物の量から察すると、野宿覚悟の歩き遍路とお見受けできる。何よりもあめ色に照り輝く菅笠がベテランらしい雰囲気を醸し出している。すれ違いざまに、「どちらまで?」と聞くと「鯖瀬まで」と返して来た。

鯖大師をお参りして、その後室戸を目指すので有ろうか?

 

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立江には、徳島から30分足らずで到着する。思った通りの無人駅であった。

降りる時かの遍路に会釈をすると、彼は顔の前で両手を合わせ軽く頭を下げた。

小さな駅舎が線路脇に建っていて、無人の改札口を風が吹きぬけている。降りるお客は少なく、運転士がキップを回収、電車が出て行くとホームにも駅舎にも人はいなくなった。

誰もいない駅舎で白衣を着、靴紐を締め直し歩く準備をしていると、男が一人入ってきて缶コーヒーを飲みながらベンチに座った。

 

出掛けに「立江寺へはあの道でいいですか」と聞くと、男は慌てたように飲みかけの缶コーヒーをベンチに置いて駅舎を出た。

余り広くも無い駅前広場を数歩進んでその先を指差しながら、「ほら、あそこ、屋根が見えるだろ。あれがお寺」「この道を行って、突き当りを右に曲がったら直ぐだ」と親切に教えてくれた。

 

 

立江寺での再会

 

住宅地の間の細い道を直進すると、やがて少し広い通りに突き当たる。教えられた通り、右に曲がる。

少し行くとその先に仁王門が姿を現す。それを背景に記念写真を撮る人達が、狭い車道にもはみ出しているのが見える。

そんな人達に混じり、我々も混みあう門前で写真を撮っていると「すみません、シャッター押してくれませんか」「自分の写真がまだ一枚も無いので・・・」真っ黒に日焼けした青年がカメラを差し出してきた。

 

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相棒が写真を撮っている間に先に進み、参拝を終えた人々と行違いに仁王門を潜る。そのとき数人のグループとすれ違った。

「アレッ!」と思い後ろを振り返ると、少し遅れて門を潜った相棒も気付いたのか、足を止めている。

「確か・・・焼山寺で・・・」前回の春に、焼山寺道で出会ったグループだった。

 

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我々がやっとの思いで焼山寺の山門に着いた時、「これから奥の院をお参りする」のだと言って元気に石段を降りてくるところで又会っていた。

男女数人のグループで、その内の何人かは、何回も歩き遍路を経験しているらしい。その中の小柄な中年女性が取り分け元気が良く印象的であったので良く覚えていた。そのグループとこんなところで偶然にも再会した。聞けば、「今日から廻り始めた」と言う。

一期一会とは言うが、こんな不思議な偶然のめぐり合わせも有るものかと思わずにはいられなかった。

 

 

優しい町

 

納経を終え、門を出て右に取ると、角にお菓子屋さんが有る。「一つでも良い」と店主が言うので一つずつ求め、齧りながら20番札所を目指す。駅からここまで食べ物屋さんらしい店が見当たらなかったので、「徳島で食事を済ませてこなかったらこれが昼食だった」などと話しながら、左手に豊かに実る稲田を見て県道を歩く。

少し盛を過ぎた彼岸花が、赤い帯となってアクセントを添えている。

 

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途中庭先の男性が「真直ぐ行くと角にコンビニが有る。そこを左に曲がれ」と聞きもしないのに声をかけ、教えてくれた。

何時もの事ながら、四国は遍路には本当に優しい町だ。案内の標識が整備されている事もあるが、こうした町の人々の何気ない心遣いが有るからこそ、遍路は知らない町を安心して歩く事が出来るのかも知れない。素晴らしい文化だと思う。

 

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気温26度。9月とは言え、日差しは結構キツイ。ずーっとアスファルト道を歩いているが照り返しも多少有り、汗が出る。

加えて、時折吹き付ける北よりの風に行く手を阻まれる。強風は、遥か南の海上を台風が通過している影響らしい。

それにしてもあれから随分歩いているのになかなかコンビニが見えてこない。

 

 

若いって事は・・・

 

県道22号を2キロ半ほど歩くと勝浦川と並行する16号に突き当たる。その角に件のコンビニが有った。

結局立江寺を出てから約6.5キロ、1時間半ほど経過していた。広い駐車場を斜めにショートカットで左折すると、ここから暫くは勝浦川に沿って歩く事になる。

 

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「間に合いますかねぇ〜」突然の声に振り返ると、立江寺の門前で写真を撮りあったあの青年が、息を切らせてそこに居た。

ここまで走ってきたらしい。「間に合いますかねぇ〜」と繰り返した。

札所の納経所は5時には閉まる。20番札所・鶴林寺に間に合うかと聞いているのだが時計を見ると1545分を過ぎている。

「無理だろう」ここからだと恐らくまだ6キロ近くは有る。それに鶴林寺への道は、焼山寺道と並び称される厳しい登り道の難所として知られている。とても1時間余りで登る事は無理だ。

 

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今晩の宿を決めていないのでどうしても鶴林寺まで行きたい。寺には泊るところが有るらしいと聞いたから行って見るのだと言う。「我々はこの先の金子やで泊る。そこはどうだ」と勧めてみるが「とにかく行ってみます」と言う。

「無理だよ」との言葉も聴かぬ内に青年は再び走り出した。「気をつけて〜」青年の背中に声をかける。

青年はザックを大きく揺らしながら、軽く手を挙げてそのまま走り去っていった。「元気が良いなぁ!」

 

県道を離れ、旧道を20分ほど歩くと生名の集落だ。今晩の宿「旅館金子や」が有る。

立江寺からは11キロ弱、2時間半で陽の有るうちに到着することが出来た。

 

 

「旅館金子や」にて

 

食事までの時間を利用して、汗に濡れた白衣やシャツを洗濯する。そして、洗濯物をハンガーに吊るし、長押に掛けた。

幸いと言うか、遥か南の海上を行く台風の影響で、この地にも強風が吹いていた。

部屋の窓と言う窓全部を開け放つと、ハンガーが真横になるほどのすごい勢いで風が吹き抜けていく。これなら充分に乾くだろうと、日が暮れるまでそのままにしておいた。近くに牛舎でも有るのか、畑にまいた肥料なのか多少匂いの混じった風では有るが、洗濯物の事を考えれば我慢するより仕様がない。その後、ゆっくり時間をかけて風呂に浸かった。

 

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6時から夕食が始まった。余り広くは無い食堂だが、20名分ほどの食事が準備されている。どうやら今日は満室らしい。

既に多くの人が食事を摂っていたが、そこに件の青年の姿は無かった。青年はどうしたのだろうか?あのまま山を駆け上がったのだろうか? そんな心配をしながらもビールが進む。何時しか食堂には我々だけが取り残されていた。

 

遍路の朝は早い。5時を過ぎる頃、廊下を行き来する足音で目が覚める。

今日の予定は山登りが有るとは言え、時間的にはそんなにキツイ行程では無い。8時頃に出ても、17時頃までには宿に入れるだろうと目論んでいたから、それまでに発てば良いだろうと考え、目が覚めてからも布団の中で愚図愚図とまどろんでいた。

6時半頃、宿のおかみから「朝食の準備が出来ていますよ」と電話が有る。

二人分だけが取り残された食堂で、急いで卵かけご飯をかき込み早々に部屋に戻る。

 

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鶴林寺道

 

道中に食事処は無いと言うので昨夜おにぎりを頼んでおいた。

食堂に戻り、ポットに残ったお湯でお茶をいれ、予備の飲料水とすべくペットボトルに詰め、予定より30分以上も早く宿を発った。

 

今日は、「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」と言われる阿波三大難所の内、第二・第三の難所への挑戦だ。

宿の前を暫く行くと、右に進む車道とは分かれ、鶴林寺への登り口が有る。「歩き遍路、3.1Km」の看板を見ながら左に入る。

道はみかん畑を縫うように進むが、殆どがアスファルト舗装され、緩やかな登りなので今のところは歩きやすい。

 

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少しずつ登りも急になると、路傍に「お遍路さんへ、ご自由にお使い下さい」と書かれた看板とともに、善意の金剛杖が何本か立てかけられている。「杖は無いほうが歩きやすい」と言って、今回の歩きでは金剛杖を持ってこなかった相棒も、さすがにこの先の山登りを意識してか、手に馴染む杖を物色している。

みかん畑の作業道から遍路道に分け入るとやがて舗装も途絶え、階段状の厳しい登り道に変貌する。

 

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40分ほど登ると、ほぼ中間点の水呑大師に着く。少し休んで先に進む。階段状の坂道は益々厳しくなりここからが正念場らしい。

道は整備されているが傾斜は結構きつく、所謂「胸突き八丁」と呼ばれる急斜面が続く、とは言っても焼山寺道と比べるとたいしたことは無い。そこから1時間半ほどして参道に到着した。コンクリート舗装された急坂の参道の先に山門が見える。

どうやらへばる事も無く20番札所・鶴林寺に着けそうだ。

 

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高い石段を登った先の本堂にお参りをして次の札所に向う。

21番札所・太龍寺にはここ鶴山を一旦下り、那賀川を渡ってから標高600メートルの太龍寺山を登る。

これも鶴林寺道に負けず劣らぬ厳しい山道で、6.5キロほどの行程だ。

 

 

仲間意識

 

宿坊脇にぽっかりと口を開けたように、下り道が見える。コンクリートの階段は、やがて石畳となり更に地道の丸太階段に変わり、時にはごろごろとした石ころ道になり、長く、長く、何処までも下って行く。

 

途中、後ろからの人の気配に、「お先にどうぞ」道を空け譲る。

「後ろから女房が来ます」と言い残し、精悍なスポーツマンタイプの男性が、足元も軽やかに下って行った。

昨夜同宿だった夫婦連れのご主人の方だ。

 

これを機に少し休もうと道端に避けて座っていると、暫くして「主人、待ってくれなくって」とこぼしながら、笑顔の素敵な奥さんが降りてきた。「ご主人、この先で休まれていますよ」少し先の下りカーブの道端に、黒いザックが見える。

この厳しい道を、なんだか“鬼ごっこ”でもしながら、楽しんで下っている風にも見える。

 

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今回のコース、立江寺から鶴林寺、太龍寺、平等寺を経て薬王寺に至る遍路道は宿泊場所が限られている。

従って、立江寺を出て生名で泊った遍路の多くは、鶴林寺・太龍寺を経て、次は黒河で泊る事になる。

この地の宿の数が限られているので、同宿に成ることも珍しく無い。

 

そんな遍路が何組も同じような日程で、同じような時間に、同じ道を抜きつ抜かれながら、絡み合うように下っているから、いつの間にか、なんだか大勢の仲間と共に歩いているような錯覚に陥ってくる。不思議なことに仲間意識のようなものが芽生えて来る。

だからこそ見ず知らずの初対面の遍路であるにも関わらず、気軽に声が掛け合えるのかも知れない。こんな事も、歩き遍路の大きな魅力の一つだと思う。

 

 

太龍寺道

 

途中県道を横切ると、今までの遍路道からは考えられないような夏草の生い茂った道に入る。

これまではどんな山道でも、厳しい登り道でも、急な下り坂でも、何処も良く手入れされ、整備された遍路道が多かった。

しかし、この道だけはどうやら様子が違う。

「ボランテアで、道を整備する人も居なくなってしまったのだろうか」などと、話しながら暫く歩く。

 

1時間半ほど下ると人家が現れ大井の集落に近づいてきた。ここの墓地で法事でもあったのか墓参りの一団と出会う。そんなお墓の先から良い匂いが漂ってきた。てっきり墓参りの後、焼肉パーテーでもするのかと、中の一人に「この後は焼肉ですか?」聞いてみた。

「いやあれは他のグループだ」「我々はこれからお弁当を食べる」こんな一団に混じり、そんな話をしながら狭い道を一列になって下るとやがて広い県道に合流する。

 

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県道の先に“水井橋”の標識が見えた。歩いていると橋の手前で土地の年老いたご婦人が声を掛けてくれた。

土地訛りの強い言葉で「今日は天気が良いから、歩くのには丁度良いだろう」と言ったようだが文章には上手く書き表せない。

確かに天気は良いし、風も強くないが歩いているとこの天気はかなり暑い。幸いなことに湿度が低そうな事と、時折吹く風の爽やかさにだけは救われる。

 

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橋の無い昔は、渡しが遍路を運んでいたと言う清流を見ながら橋を渡る。

その先は初めのうちはのんびりとした、緩やかな農道或は林道と言う感じの道で厳しくもなく気持ちよく歩くことが出来る。

舗装された道を1時間ほど歩くと、やがて右に取る石段の遍路道が現れると、ここからがいよいよ最後の登りの始まりである。

山道はその傾斜も次第にきつくなり、足元も悪くなる。

 

 


 

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