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再び日和佐から

 

列車がJR日和佐駅に到着した。

ホームに降り立った車掌が数人の乗客からキップを回収すると、僅かな客を下した特急は、気動車のエンジン音を響かせて薄い色の煙を噴出しながら早々と走り去って行った。

 

 駅を出て、左に道を取る。

土日高速千円に割引の影響か、相変わらず駅に隣接する「道の駅」には車が多い。

特設のテントに屋台も出て、折からの強風が辺りに食欲を誘う良い匂いを振りまいている。

そんな匂いに刺激され、売店で購入したお昼ご飯を少し早いがここで食べ先ずは腹ごしらえだ。

 

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鯖大師の「へんろ会館」を予約する折、「景色は海沿いの道が良いが、距離は随分と長くなるから国道を歩くと良い」とのアドバイスを受けていた。その国道55号は、ほぼJR牟岐線と並行し、海岸線に沿って室戸岬に向っている。

今日の予定は鯖瀬に有る鯖大師で、ここからは距離にして20キロ弱の行程だ。

 

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日和佐から3キロほど歩くと海側の道「南阿波サンライン」への分岐があるがここは迷わず国道を選ぶ。

2時間ほど歩くと美波町から牟岐町に入る。

 

天気はこれから崩れ、大荒れになるとの予報が出されているが、今のところは風が強い程度だ。多少雲が多いが、これがかえって日差しを遮り、暑からず寒からず歩くには丁度良い気候で気持ちが良い。歩き始めて3時間、薬王寺からは13.5キロ、牟岐橋を渡ったところで一休み。一人歩きの遍路が、一人、また一人と牟岐川の対岸の国道を通り抜けていく。さすがに、シーズンに入って、歩く遍路も多くなった様子だ。

 

 

鯖大師本坊

 

JR牟岐駅を右手に見て、ただ黙々とアスファルト道を歩く。少し進むと左に遍路道への分岐がある。

地図で調べると国道より距離が長くなるようなので、ここも迷う事は無い。

八坂トンネルの手前で初めて鯖大師の看板と出会う。ここまで歩き始めて4時間が過ぎ、ようやく本坊までは後3キロと知る。

この分ならあと1時間もすれば今晩の宿「鯖大師」に到着出来そうだ。

 

 

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牟岐を過ぎると、ここら辺りは入り組んだ海岸線が続く。

坂が八箇所、浜が八箇所連続している事から八坂八浜と呼ばれる難所ではあるが、風光明媚なところだ。

歩き遍路にとっては昔から歩きにくい浜辺と、上り下りを繰り返す道が難所として知られたところでもある。

 

折からの強風で立つ波が絶好なのか、無数のサーファーが豆粒のように沖に群れている。

内妻海岸では少し休むだけのはずが、サーファーの妙技に見とれ、すっかり時間を取ってしまった。

 

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16時少し前、小さな無人駅、JR鯖瀬駅に一両のジーゼルカーが止まった。

その下を潜る狭い道が奥に延びていて、見通すとその先に四国霊場番外札所・八坂山鯖大師本坊が見える。

そんなに広くは無い境内に、札所ではないからか参拝者の数は少なかった。

 

 

勤行と食事の作法

 

八坂山鯖大師の境内奥に近代的な建物の遍路会館があり、そこが今晩の宿だ。

お参りを済ませ、早々と宿に入り、大浴場もあるのでゆっくりと湯船に浸かり疲れを癒す。

 

洗濯を済ませ、乾燥させていると食事の時間を告げる放送が流れる。まだ乾燥が済んでいないので、済ませてからと思っていたら、「皆さんがお待ちなので・・・」とお坊さんが呼びに来た。どうやら、食前に作法の説明とお祈りがあるらしい。急いで食堂に向うと、10人ほどの泊り客は全員神妙な面持ちでテーブルに付いている。

 

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お坊さんから今晩と明朝のお勤めの説明があり読経がある。

その後全員で“一粒の米にも 万人の労苦を思い 一滴の水にも 天地の恩徳を感謝し 有難く頂きます”

と食前の言葉を述べ食事となり、なんだか今までの食事風景とは違う。

皆寡黙になって、ただ食事を進めるだけ、そんな厳粛な雰囲気が支配しているのか話が出にくい。

ビールが欲しかったが、とても飲める雰囲気ではない。

 

そして、食事が終わると今度は食後のことばを各々が述べる。

“今すでに有難き食を受け 力身に満つ 願はくば身を養い 心を修め報恩の道にいそしみます ご馳走様でした 南無大師遍照金剛”

これでご馳走様となる。

 

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護摩業と鯖大師縁起

 

7時からお勤めが始まった。

四国霊場のご本尊の並ぶ全長88メートルにも及ぶ不動洞窟を、お砂ふみしながら護摩堂の内陣に向う。

 

その薄暗い神秘さが、雰囲気を醸しだしている。お香で手を清め、中央の祭壇を囲むように設けられた席に着くと、僧侶による護摩供養が始まった。蝋燭のほのかな明かりに浮かび上がる憤怒の形相をした不動明王の前に、重いが良く通る僧侶の読経が響き、鐘・太鼓の鳴り物が彩りを添える。

護摩木が焚かれ、大きく炎が立ち上がると祈願文が読み上げられクライマックスを迎える。

 

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6時から本堂で朝のお勤めが有ると言うので行ってみる。暖房が入っているとは言え、やはり本堂の空気はひんやりと冷たく気が引き締まる。般若心経とその和訳を全員で読経、そのあとご住職の鯖大師縁起の行の説教を聴く。

 

『この地で修行中の大師が、通りかかった馬子に「積荷の干塩鯖」を所望した。

馬子は「大事な商売ものだ、坊主にやる鯖は無い」と断った。馬子が次の峠に向うと馬が俄かに倒れ動かなくなった。

先ほどの坊さんに、鯖をやらなかった事が気にかかった馬子は、引き返し、鯖を差し出し謝った。

大師は「塩鯖が欲しかったのではなく、大切なのは布施の心なのだ」と教え、峠に向って暫く合掌し「馬はもう元気になっている」と言った。そして貰った干鯖を海に放つと鯖は生き返って勢い良く沖に向って泳ぎ去ったと言う。

それを見た馬子は、この霊験に発心してこの地に草庵を結んで出家した。以来この地を鯖大師と呼ぶようになった』と言う。

 

しかし最近では「さすがに干した鯖が生き返る筈は無い・・」と言う事で、「泳いで行くかの如く見えた」と言い改め、ご住職もこう話しをしてくれた。

 

食事の作法も護摩供養も朝の説法も初めての体験であったが、いくら信仰心の薄い身でも、宗派が違っていても、さすがにこの厳粛な勤行を目の当たりにすると、それはそれで不思議な感動を覚えるのである。

 

 

大荒れの天気

 

強い風が吹いている。その風が窓辺の何かを激しく揺らしているらしい音がする。

雨が激しく降っている。強い風に吹付られているのか、時折ガラス窓を激しく叩く。

雷鳴が轟いている。外が一瞬明るく光ったかと思うと、頭上でゴロゴロ、ドカドカと鳴り回りビリビリとガラスを細かく揺する。

天気予報通りの大荒れの天気になってしまった。

 

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朝、目が覚めると雨は上がっていた。しかし昨夜の風はそのまま残り、木々を強く揺らし吹荒れている。

雨は相当降ったのか道路にはかなりの水が溜まり、小枝があちこちに散乱し、ちぎれ落ちた葉が道に幾枚も張り付いている。

朝日は既に昇っている筈なのに、垂れ込めた薄い雲のベールなのか、春特有の霞なのか隠れて見えない。

これで阿波の国から、いよいよ“修行の道場”土佐路に入る始まりだが、とんだ荒れた日になってしまった。

 

 


 

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