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西の高野・太龍寺

 

アスファルト舗装されたその急坂は、山登りでダメージを受けている足腰には決して優しくは無い。

途中、野仏に花を供える寺僧が「もう少しです」と教えてくれたが、その「もう少し」がなんとも遠い。

 

アスファルトがやがて緩やかな石段に変わるとその先に寺の建造物の中では最も古いものだと言う仁王門が見える。

21番・太龍寺の表玄関だ。この中の巨大な仁王像は鎌倉時代の作で、徳島県下では最大で最古のものらしい。

そのためか、重厚な山門の周りにはやたらと防火用水が目に付いた。

 

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門を潜っても鬱蒼とした林の中にまだ坂道が先へと延びている。木立の隙間から護摩堂が見えるとやっと境内に到着する。

龍天井を覗き、納経所で納経を済ませ、境内のベンチに腰を下ろすと金木犀のふくよかな香りが疲れを癒してくれる。

生名で同宿の、見覚えのある遍路の顔も大勢休んでいる。

 

左手の本堂へと続く階段の途中に立派な鐘楼門がある。

それを潜って登りきると右手に中興堂、大師堂、その奥に御廟があり、左手正面の弁才天に続いて本堂がその大屋根を見せ、その奥に多宝塔が有る。更には背後に弘法大師修行の場とされる舎心ケ嶽が控えている。齢を経た杉・檜の鬱蒼と茂る山塊に、なんとも広大で立派な伽藍配置で有る。それもそのはずここは「西の高野」と呼ばれ、古くから信仰を集めてきたらしい。

 

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山歩きのコツ

 

22番札所へは今来た境内を少し戻り、山を下る12キロ弱の道のりを歩く事になる。

ついさっき登って来た分岐まで戻ると、そこから右にアスファルト道が見える。暫くは、車で参拝する信者のための、この車道を下る。

平等寺までは11.3キロほどだが、今日はかなり手前の黒河で宿を取る。この先日和佐近辺まで宿が無いので、少し近いがこの地に泊まらざるを得ないのだ。4キロ余りだから、1時間半も見ておけば大丈夫であろう。

 

細い流れの渓流沿いに続く下りの車道を、時折参拝を終えた車が凄いスピードで駆け下りていく。

途中で休んでいると、夫婦連れと思われる遍路が通りかかった。

作務衣を着て脚絆で足元を固めた風体で、足取りも軽く山を下っているように見える。

「疲れますね」「足が痛くて」などと話すと、「少し前のめりで膝を曲げ、弾むように歩くと膝の負担が少ない」、所謂「猿の歩き」だと教えてくれる。

 

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歩き始めてから試して見るが、なかなか上手くはいかない。

多少膝への負担が小さくなったようにも感じるが、気のせいかも知れない。後から降りてきた、これも生名で同宿だった甲府から来たと言う一人歩きのご婦人が随分足が痛そうに歩いているので、さっき聞いた話を伝授する。

 

 

思いがけない話

 

歩き始めて1時間半、前方の山の斜面に白い建物が見えてきた。今晩の宿、黒河の民宿「龍山荘」だ。

旧館の奥に鉄筋造りの新館を構えた立派な遍路宿である。「金子や」で泊まった歩きの遍路は、よほどの健脚でない限り、先へは進まずここに宿を取るから、利用も沢山あり繁盛しているのであろう。宿の前の庭からもそうと知れる雰囲気がある。

夕食時、例の“鬼ごっこ”のご夫婦と同席になった。ここでご夫婦から思いがけない話を聞く事になる。

 

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人は見かけだけでは本当に解らないものだ。山歩きを“鬼ごっこ”しながら、楽しんでいる風に見えた夫婦に、人知れぬ悲しみが秘められていようとは、あの山道の様子から想像は出来なかった。

食事をしながら、辛いで有ろう心情を吐露された。最愛のお子さんを病で亡くされたとのことだ。

お子さんの死に立ち会って、今その霊を慰め、自らの心の安寧を求めるそんな遍路旅であったのだ。

 

 

四国八十八ケ所ヘンロ小屋プロジェクト

 

翌朝、7時半前に宿を発ち、22番・平等寺から阿波最後の札所・薬王寺を目指す。平等寺までは7.5キロほどだ。

そこから薬王寺までが21キロほど有る。会わせて30キロ近くになるが、今日無理をして全部歩く必要は無い。

少し手前の田井ノ浜に宿を予約しておいた。

 

ここからは加茂谷川に沿った県道を歩くことになる。広い県道は殆ど平坦で、車も少なく歩き易い。

途中畑に植えられた鶏頭の花や畦の彼岸花が目を楽しませてくれる。

 

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40分ほど歩くと阿瀬比の集落で国道195号を横切る。暫く行くと「ヘンロ小屋 第二号 阿瀬比」の看板が目に入る。

建築家の歌一洋さんが提唱する「四国八十八ケ所ヘンロ小屋プロジェクト」が地元の方々の土地提供、資金集め、労力奉仕などの協力のもと建設した施設だとパンフレットに書かれている。土地の形・大きさ・歴史・名物・名産品など地域の特性を生かした設計に基づき、それぞれの小屋には「ストーリー」が込められているとか。現在34棟が完成していると言う。

お接待の精神に基づいてこう言ったものが造られていることを初めて知った。遍路は本当に大勢の善意に支えられ、守られているのだ。

 

 

22番札所・平等寺

 

ヘンロ小屋を過ぎ、農道を歩き「平等寺まで4.5Km」の標識あたりで道は上り坂になる。少しずつ登り道は厳しくなるが、山道にもすっかり慣れたのか、そんなに辛くは無い。宿を発って1時間半。切り通し道の僅かばかりの薄暗い平坦地に到着した。標高288メートルの大根峠だ。

ガイドブックには2時間の行程と書かれていたから、我々にしては珍しく早く到着した。ここを越えれば、平等寺へは後3キロほど、下るばかりで登りはもう無い筈だ。

 

暫くは竹林の道を下る。枯れ笹の敷き詰まった道は、適度のクッションとなり、膝への負担も少ない。陽も遮られているので、暑くも無く、寒くも無く、歩きやすい快適な下りが続く。竹を揺らす風の音が、軽やかなリズムとなって足取りの歩調に合わせてくれる。

 

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やがて山道が切れ平地に出ると、牧場を右に見ながら農道に突き当たる。

ここからは左に曲がり桑野川に沿って進む道は、今までとは打って変わって明るく暑い日差しを浴びて歩く事になる。

1キロほどで平等寺に到着する。

 

門前の駐車場に停められた移動販売車の赤いのぼりに心を奪われて立ち寄ってみる。のぼりにはアイスクリームと書かれている。

1キロ余りの農道歩きで喉も渇いていたので、先ずはアイスクリームで一休み。冷たさが、乾いた喉をヒリヒリと刺激する。

この甘さが疲れた身体にはたまらない。生き返った心地がする。

 

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仁王門を潜り、小高い山の中腹に有る本堂への階段を上りお参りを済ませる。昨夜、宿の女将が、道中食事処は無いので、門前の店で買うと良いと教えてくれた。門前の橋を渡り、右に曲がり町中を暫く行くと小さなマーケットが有る。

北九州から来たと言う一人歩きの青年(かな?)も飲料水やらパンをしっかりと買い込んで、「お先に」と言って発って行った。

彼とは今晩も同宿だ。後を追うように店を出て、再び遍路道に戻り30分ほど歩いて生谷の集落に差し掛かったとき、前から自転車に乗ったご婦人がやって来た。

 

 

いきなりのお接待

 

自転車を降りたご婦人は、「お接待です」と言って前籠から清涼飲料の缶を取り出し目の前に差出してきた。

突然のことで良く事情が飲み込めずにいると「お接待です、どうぞ」と勧めてくれる。

「アッ、これはどうも・・・・」良く冷えた清涼飲料の缶を受け取り、お礼を言って歩き始める。

 

暫く歩くと民家の軒下に自動販売機があり、その前が僅かばかりの日陰になっている。

恐らく、我々が歩いてくるのを見届けてから、この販売機で購入したものであろう。

折角だから冷えたうちに頂こうと、日陰に腰を下ろし、缶タブを開ける。

振り返ると、直ぐ後を歩いていた甲府から来たと言う一人歩きのご婦人にもお接待をしている。

 

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暫くして通りかかったご婦人に「折角だから冷たいうちに頂きましょう」と声をかけると「そうね、喉も渇いたし・・・」と傍らに腰を下ろした。「いや〜、びっくりした」「話には色々聞いていたけど・・・」「こんなの初めて」「どれぐらいの人達にお接待しているのだろう」「毎日しているのだろうか?」などと、小さな興奮冷め遣らずと言った感じで話が弾む。

 

見返りを求めない、全くの無償奉仕がお接待とは言え、並みの事では出来ぬ行為で、単に親切心からと簡単には片付けられない何かを感じる。今思うと、お礼の「納め札」を渡すのを忘れていて、申し訳ないことをしてしまった。

 

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そこから30分ほど歩くと月夜御水庵がある。大師がこの地に宿をとったとき、加持によって湧いた清水が境内に有る。

その脇に有る杉は、別名逆さ杉と呼ばれている。高さ31メートル、幹周り6メートル余り、樹齢1000年の大杉は、その枝が一度下を向いてから上に伸びるという珍しいものらしい。

 

月夜御水庵を出て、良く手入れされた竹林を見ながら、車も少ない県道を40分ほど歩くとやがて県道284号に行き当たる。

右に取ると室戸、左に取ると徳島で、道端にJR阿波福井駅へ1.2Kmの標識が有る。

 

 

みんな足が痛くって・・

 

平等寺を出てからは、甲府から来たと言う一人歩きのご婦人とは後先になりながらほぼ連れのように歩いてきた。が今晩の宿は薬王寺に一番近いところに取っていると言うが、足が痛くてとても日和佐までは歩けそうに無いから、どこかJRの駅が近くにあれば、そこから電車に乗ると弱音の弁をはいていた。

 

「折角ここまで来たのだから、もう少し頑張りましょう」「そうね、あなたたち、ゆっくり歩いているものね。これなら付いて行かれるかも」どうやら、我々は傍目から見ると相当のんびりと歩いているように見えるらしい。

確かにそうかも知れない。宿を発つのは何時も一番後だし、そのくせ宿に入るのは結構早い。道中でも写真を撮ったり、休憩をしたりで、道草も多い。行程もほぼガイドブックの所要時間通りで、ゆっくりとしたペースで歩いている。これなら大丈夫そうだ、ほぼ同行する形と成り、1時間近く共に歩いてきた。

 

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“JR阿波福井駅の表示を見て「私はここから電車に乗るわ」と左に取って行った。「縁が有ったら薬王寺で会いましょう」と右に曲がり県道を進む。暫く行き、地道に入ると行き成り蛇の出迎えに、こんな道を行くのかと鳥肌が立つが案ずる事はなかった。直ぐ上の広い道に出る巻き道で、坂を登り切ると車が激しく行き交う道路に出会った。国道55号だ。ここからは暫く国道を道なりに歩く事になる。

 

鉦打トンネルを抜けると福井のダム湖が見えてくる。前から北九州から来たと言う一人歩きの青年が向ってきた。

「どうしたの?」と聞くと、「弥谷観音に寄る・・」と、足の痛そうな歩き方でダム湖の橋を渡っていった。

みんな足が痛いのだ、あの足で大丈夫かと後ろ姿を見送る。

 

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目の前にヘンロ小屋が見えた。少し足も疲れ気味なので休む事にする。例の東京から来たと言う夫婦が食事中だ。

暫く一緒に休憩し、同じく弥谷観音に行くという夫婦と別れ再び国道を歩く。阿南小野で国道と別れ県道25号に入り田井ノ浜を目指す。

ここら辺りまで来ると由岐・田井ノ浜近辺の旅館や民宿の、大きなイセエビの踊る看板が目立つ。

「晩飯にイセエビが出るかも・・・?」と、“にんじん”ならぬ“イセエビ”を目の前にぶら下げて歩くから元気は良いが、やはり足が痛いことには変わりない。

 

由岐坂トンネルを抜けると、田井ノ浜までは3キロ余り、いよいよ海が近くなる。

道路脇には、「アカテガニの横断に注意」の道路標識が目に付く。アカテガニは、この地の山林に住むカニで、夏の月夜に産卵のため海や河口に移動する。そのカニの横断に注意を促す標識だ。

 

 

阿波最後の夜は特別料理で・・

 

由岐町に入り、県道の急坂を下ると左手にJRの由岐駅が見える。

駅に併設された由岐町の特産品の展示即売コーナーを覗いて、再び県道に戻る途中で東京からの夫婦に会う。

この先に宿を取っていると言う。「イセエビ出ますよ」と別れ、駅を過ぎ最後の坂を越えると田井ノ浜の海岸が目に飛び込んで来た。

B&G海洋センターの向こうに見える赤い屋根の建物が今晩の宿だ。「おお、ヤット着いた」「もう少しだ」

 

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ホッとしたその時、道端に佇んでいた年老いたご婦人が寄ってきた。「お接待です」と手に持ったものを差し出してきた。

何だろうと見ると、それは布の端切れで作った巾着だ。「好きなのをどうぞ」と勧めてくれる。

気に入った柄を手に取ると、ポケットから飴玉を二粒取り出し、巾着にいれ渡してくれた。

お礼を言って宿に向う。「いろんな接待が有るなあ」「今日は色々貰ったなあ」などと話をしているうちに宿に着く。

 

明日薬王寺を終えれば、取り敢えずの区切り「発心の阿波23ケ寺」が終わる。

今日はその前夜祭と言う訳で、夕食時特別料理をお願いしていた。6時からの夕食にはテーブルに刺身の盛合わせが用意されていた。

「おお〜っ」「イセエビは・・・・」残念ながらイセエビは無い。

しかしあわびの刺身が有り、あわび好きな相棒はこれだけで充分と満足な様子だ。

 

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これまで泊まった宿での夕食時、好みの銘柄のビールが無く、些か欲求不満気味であった。

今日も半ば諦めながら「Kビールはありますか?」と聞くと「有ります」との返事だ。

「これでなくっちゃ」、ヤット本物のビールにありつけた。美味しい刺身に好みのビール。

北九州から来たと言う一人歩きの青年とも話が弾み、遅くまで飲みながら話し込んだ。

終わって見ると何時もの倍の空瓶がテーブルに並んでいた。

 

 

23番札所・薬王寺

 

夜中に雨が降っていたらしい。朝、カーテンを開けると目の前の木々がしっとり濡れ、道路には水溜りが出来ていた。

幸い今は降ってはいない。どうかこのまま小康状態で持ってくれと、予定より少し早めに宿を発つ。

ナビソフトで調べると、旅館から薬王寺までは、県道25号を15キロほど歩く事になる。

 

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シーズンだけオープンするJRの田井ノ浜臨時駅を見て、木岐の低い町並みを抜け、木岐漁港を経て、その先のヘンロ小屋で休む。

案内板を見ると、薬王寺まで7.7キロと有る。「アレッ?もうそんなに歩いたかな?」「そんなには歩いていないはずだが・・」

疑問は直ぐに解けた。海岸伝いにうねうねと曲がりくねって進む県道とは別に、遍路道の多くはショートカットしている。

その分距離が随分と短くなっているが、当然のことながら高低差のある道が多くなる。

 

これからその短絡ルート、山座峠越えに入る。

北九州から来たと言う一人歩きの青年とはここまで前後して歩いて来て、何となく同行するような形になっている。

 

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峠道で雨が降ってきた。幸い木立に遮られ濡れる心配は無い。

峠を降りると雨も止み、やがて恵比寿浜に出ると薬王寺までは残り4キロほどだ。

緩やかに登る峠道を登り切ると、カーブの先に恵比寿洞が見える。

目を前方に転じると遥か先の小高い山の上に日和佐城が、その視界の右端に薬王寺の赤い瑜祇塔が見える。

 

件の一人歩きの青年とはここで別れ、途中恋人岬を見て、海がめの産卵で名高い大浜海岸に降りてみる。

目的地はすぐ目の前に見えているだけにここは余裕で、暫く海岸で波と戯れた後再び県道25号に戻る。

日和佐の町に入り、厄除け橋を渡ると薬王寺の伽藍が間近にはっきりと見て取れる。

 

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門前通りの突き当たりに国道が通り、その先がお寺で、その道路脇に仁王門が建ている。

背後の山の斜面を巧に利用して、四段に伽藍が配置されている立派なお寺だ。

さすがに観光地・日和佐の厄除け寺だけあって参拝者も多く、門前は賑わっていた。

三十三段の女厄坂、四十二段の男厄坂を登り、本堂にお参り納経を済ませると「発心の道場・阿波23ケ寺」を無事打ち終えた事になる。

 

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