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衛門三郎ゆかりの地

 

遍路道はここから標高差520mを一気に駆け下りる。

目指すは徳島市街地の西端に位置する第13番札所大日寺で、22.7キロ程の行程だ。

 

“昔からの歩き遍路地図”を見ると、ここに至る道は二通り有る。町営バスの終点から鍋岩までは同じルートを通る。

一つは、ここから玉ケ峠を越え、鮎喰川に沿って下る22キロ。もう一つは、そのまま県道を下り寄井の集落から国道438号を経て、鬼籠野(おろの)から県道21号を行く25キロのルートで有る。

前者は鮎喰川の清流が疲れを癒してくれる昔ながらの遍路道で、後者は30分ほど所要時間が長くなるが、殆どがアスファルト道でアップダウンも少ないと言う。しかも道中には神山温泉があるのでここは選択を迷う事も無い。

 

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焼山寺からは杉の木立を切り裂き、落ち葉の覆う長い長い急な坂道をひたすら転がるように下る。

少し進むと前方の石垣の上に大杉が聳え立つ、衛門三郎ゆかりの杖杉庵が見えてくる。

衛門三郎は、伊予の国荏原荘の住人で貪欲で知られる長者であった。

 

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ある日、門前に立った乞食僧を煩がり、その鉄鉢を奪って投げ捨てた。

鉄鉢は八つに割れて、八方に飛び散った。乞食僧が去ったその翌日、三郎の子供が一人死んだ。不幸はこれで収まらず、残る七人の子供も次々に死んでいった。三郎は深く反省し、乞食僧こそ弘法大師に違いないと信じ、お目にかかって懺悔したいと後を追った。しかし八十八か所を二十回回っても会うことは叶わなかった。三郎は精根も尽き果てた。老いと病に倒れたところこそこの地で有ったと言う。

そうして偶然現れた大師にめぐり合い、罪を許されると、安堵したかのように安らかに息絶えたと言う。

今その墓所を静かに守るように大杉が枝を広げている。

 

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温泉目指して山下り

 

ここから再び遍路道に分け入る。急峻な下り道は、有る所は岩がごろごろ、有る所は草が茂り歩き辛い。

砕けた岩で足がズルッと滑るので足先には最新の注意が必要だ。

再び車道に合流するとやがて集落の中を行き、町営バスの終点から鍋岩に至る。

 

ここで左にとると旧遍路道だが、我々はそのまま県道43号を下る。途中温泉に立ち寄るためだ。

アスファルト道は緩やかに下り、一見すると歩きやすそうだ。しかし、これだけ下りを歩き続けているとつま先が痛くなる。

幸い曇り空と有って、アスファルトからの照り返しが無いことだけが救われる。

 

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焼山寺から8キロ余り、寄井の集落で国道438号に合流する。神山温泉まであと3.4キロの地点である。

藤井寺で知り合った夫婦連れの遍路は、「主人の足のマメが酷いので、予定を変更して今日は神山温泉で泊まる」と言っていた。

そんな夫婦がすぐ後ろを歩いていたが、今はその姿が見えない。

 

鮎喰川を左に見て歩く平坦な国道の道は単調だ。7時過ぎに宿を経って歩き続けること3時間余り。

時計は10時を過ぎている。やがて前方に道の駅 「温泉の里神山」の賑わいが見えてきた。

神山温泉はその裏手から歩いて5分ほどのところに有る。

 

 

至福のひと時

 

温泉は賑わっていた。入口の券売機に600円を入れて入浴券を買い、フロントにザックと金剛杖を預け、脱衣所に向う。

青石の湯船にドップリと首までつかる。ナトリウム塩化物・炭酸水素泉が身体にまとわりついて肌がツルツルする。

気持ちいい、疲れが抜けていくようだ。このままいつまでも浸かっていたい気分だ。目をつむれば、すぐにでもうとうと出来そうなくらい心地いい。縁石に腰をかけ、足湯のように膝から下を湯船につけ入念に、充分に時間をかけて疲れた足を揉み解す。

 

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温泉に浸かりすっかり長湯をしてしまった。併設のレストランで昼食を済ませ、12時少し前再び歩き始めた。

この時は温泉で、すっかり元気を取り戻したような気がしていたし、足の疲れも幾分取れたような気がしていた。

しかしそれが間違っていた事に気付かされるのにさほど時間は要らなかった。

 

 

温泉の功罪

 

しだれ桜で、町おこしでもしているのであろうか、国道438号沿いのいたるところにしだれ桜が植えられている。

そんな風景を見遣りながら歩くと、温泉から3.3キロで鬼籠野(おろの)に到着する。

ここで国道を離れ、県道21号に入ると道は緩やかに登り始める。立見峠への登りだ。

 

たいした登りではないのに足の裏がひりひりと痛み出した。

実は温泉を出て歩き始め、10分もしないうちに足の裏に違和感を覚え始めていた。

初めは左足の中指の付け根辺りに何となく違和感があり、靴の中で足をずらしたり指を軽く曲げたりしていたら、今度は親指の付け根辺りも新たに痛み出した。

温泉に充分浸けられた足は、すっかりその皮が柔らかくなってしまいマメが出来やすくなってしまったのかもしれない。

どうやら足のマメは、靴の中で左右を問わず急速に増殖を始めたらしい。

 

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峠を降り、2キロほど進むと道は工事中で、迂回路の表示が有る。地図で見る限り迂回路が指す方向は目的地とは逆方向だ。

どっちを行くべきか迷いながら、たまたま近くにいたご婦人に聞くと、「どっちに行っても大丈夫だが、右に行ったほうが2キロほど短いはず」と言う。

足の裏に肉刺を作った歩き遍路にとって、2キロの差は大きいのでここは迷わず右に進路を取った。

ところがこの道が以外にも曲者で有った。民家が途絶えると、道は次第に山に入り込む雰囲気でゆっくりと登り始める。

大日寺を指し示す道標もすつかり見なくなり、遍路と行き交う事も全く無くなってしまった。

 

 

13番札所大日寺

 

足の裏はズキズキと痛んでいる。一定のリズムで歩き続けている方が痛みは少ない。一旦休憩で止まると、次の歩き出す最初の一歩が何とも痛い。それでももう前に進むより他は無い。

やがて道は「大桜トンネル」で峠を迎え、トンネルの先で道は下りへと転じている。ここまでは、先の迂回路の分岐から4キロの道のりだ。しかし歩けど、歩けど、人家は出てこない。さすがに不安になり、休憩を兼ね橋の欄干に腰を下ろしていると通りがかりの黒い車が声を掛けてくれた。

 

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地図を見せ、「自分の居場所が良く解らない」と訴えると「この地図には出てないね」と絶望的な答えが返ってきた。

「この道は207号だから間違ってはいない。このまま進めば、一の宮の小学校に出る。その手前を左に曲がれ」と教えてくれた。

ようやく灯りが見えたような気がした。しかしここからが更に遠かった。時折車が猛スピードで走り抜ける以外、遍路はおろか、全くと言って良いほど人と出会わない。当然人家も無い。随分と歩いている筈なのに鬼籠野(おろの)の地から抜け出せない。

 

やがて道が緩やかになると一の宮町の道路標識が現れる。

峠のトンネルから約5キロあたりでようやく人家も増え、畑仕事の人と出会うようになる。

ここまで来ればもう残りは1キロほどだ。

 

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やがて狭いが交通量の多い道路に出ると大日寺はもう目の前だ。

眼前に大きな一の宮神社の森が広がると、その前が第13番札所大日寺だ。

そのまま進むとやがて山門が見えてくる。それを潜る10段にも満たない石段が何とも高く感じられる。

 

本来は龍王山の北を鮎喰川に沿って進むが、我々は工事中の迂回路から県道207号に入り、龍王山の南を巻き込んで歩いてきた。

この道が遍路道からは大きくずれていたので、途中誰とも出会わない不安で寂しい一日となっていたのだ。

結局焼山寺を出て山を下り、ここまで27キロ余りを歩いた事になった。

 

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 この日はお寺と隣り合わせに建つ昔からの遍路宿だと言う、旅館「かどや」を予約している。

焼山寺を後に、山を下り温泉に浸かりそのせいか足の裏に肉刺を造り、おまけにう回路から道を間違え、色々あった一日ではあるが、多少予定を遅れた程度で宿に入ることが出来てやれやれである。

 

足の裏を眺め、良くこれで歩いて来たものだと感心する。左足に5箇所、右足に3箇所マメが出来ている。

小さなものでも小指の先、大きなマメは親指の先ほどになっている。

マメが潰れないようにしっかりと絆創膏で固め、早目に床に付いた。

 

 

流水岩の庭・常楽寺

 

最終日の今日は宿を7時過ぎに発った。

何時ものことながら遍路の朝は早く、他の遍路は既に旅立っていて、何時ものように殿である。

長閑な田園の道を2.3キロ進むと第14番札所常楽寺だ。

 

岩肌がごつごつとむき出た石段を登ると不思議な境内が広がっていた。

大きな自然の大岩盤がむき出しになって広がる「流水岩の庭」と名づけられた庭だ。

その向こう側に本堂が見える。大きな団体が付いたところらしく、読経が境内に流れていた。

 

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阿波の国分寺

 

14番からは800mほどで、第15番札所国分寺だ。

途中で大きな荷物を引いている逆うちの遍路と行違った。聞けば野宿の通し打ちだと言う。

アスファルト道なら良いが山道では背負うのであろうが、他人事ながら心配になってしまうほどの大層な荷物だ。

 

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 第15番札所・国分寺は、阿波の国の国分寺として行基により開創された。

兵火により焼失するまでは、二キロ四方と言う広大な寺域に金堂や七重の塔などの伽藍を構えていたと言うが、今目にする境内からは古の面影を窺い知ることは出来ない。

多くの札所が真言宗であるのに、この寺は珍しく曹洞宗のお寺である。

 

 

天皇の勅願道場、観音寺

 

更に1.7キロほど行くと第16番札所観音寺が有る。聖武天皇の勅願道場として創建されたお寺である。

ここら辺りは平坦な道沿いに、さ程遠くもないところに札所が固まっているから有難い。

国府町の商店や民家が建ち並ぶ賑やかな通りに面し、二層の堂々たる楼門が遍路を向かい入れてくれる。

 

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 門をくぐると境内は余り広くはない。

突き当りの正面に本堂が、その右手に大師堂が、左に庫裏と納経所が押し込められたように並び立っている。

香川県にある69番札所・観音寺と同名の寺である。

 

 

17番札所・井戸寺

 

ここから第17番札所井戸寺までは3キロほどだ。その途中で国道192号とJR徳島線の踏切を越えて進む。

そんな道中の民家の庭に、白猫が10匹余りたむろしている面白い光景に出会い思わずカメラを向ける。

そんな猫たちに癒され、しばらく行くと井戸寺がある。

 

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中華風の装飾をあしらった朱塗りの長屋門造り山門は、蜂須賀公が別邸の門を寄進したものだ。

どう言う謂れがあるのか知らないが、正面右側に草鞋がたくさん吊り下げられていた。

広場の先の本堂は、火災で焼失し、近年再建されたコンクリート造りらしい。その向こうに大師堂が建っている。

 

 

18番札所恩山寺

 

18番恩山寺までは、昨日まで下ってきた鮎喰川を渡り、蔵元で再び国道192号に出て徳島市街地に入り、眉山の裾を巻くように、18キロの道のりが有り、今まで楽をしてきた分、余計に遠く感じることになる。

市街地に入ると、定まった遍路道が無いせいか、どこを行っても歩き遍路に出会う事が無い。

何となく心配しながら阿波踊り会館を目指しているがそこまでは7.5キロ程だ。

 

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徳島の市街地を抜け、国道55号線を南下して、南小松島を過ぎたあたりで右に折れ、山側に向うと「義経ドリームロード」の看板が目に付いた。山裾に「源義経上陸之地」と書かれた立派な石碑が立っている。その昔屋島を攻める義経一行は、暴風雨をついて摂津の国渡辺の浦より船を出しここに上陸したらしい。その頃はここまで海が入り込んでいたのだ。

 

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この先に大きなわらじの掛かった古い山門がある。

今はすぐ脇にアスファルトの道が出来ているが、昔はここをくぐって山道を行ったのであろう、山門を潜る古い道が残っている。

ここから約500m上がった山の中腹に第18番札所恩山寺が有る。

 

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境内には大師堂があり、近くに大きな修行中の弘法大師の像が見下ろしていて、そこから40段ほどの石段を上がると本堂が有る。

かつては女人禁制の寺であったが、大師のご母堂のために開禁の秘修を行ったとの言い伝えが、寺の名前の由来らしい。

寺は小松島市郊外の緑豊かの自然に囲まれたところに在り、近隣では桜の名所としても知られているそうだ。

 

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後はJRの南小松島駅までの約3キロを歩くのみだ。暫く国道を歩き、適当に見当を付け国道を逸れ、街中の道を行くと踏切があり、それを渡ると右手に小さな駅があった。無人駅かと思ったが有人で、若い女の駅員さんが詰めていた。

20分ほど待つと徳島行きの2両編制の列車が入って来た。その時突然、曇り空から一粒、二粒と雨が落ちてきた。

「あぁ・・良かったぁ」お互い顔を見合わせながら、心地良いとてつもなく大きな満足感を胸に、急いで車中の人となった。

 

 


 

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