山岳札所・焼山寺
第12番札所・焼山寺は、標高720mの焼山寺山(標高938m)の中腹に有り、四国霊場の中では二番目に高い山のお寺で、藤井寺を発って約8時間かけ、やっと着いた。
境内には樹齢数百年の杉の巨木(兼天然記念物)が林立し、いかにも深山を思わす趣が有る。
参道から石段を登るとそこが山門(仁王門)で、潜ると正面に本堂が見え、その右手が大師堂だ。
ここからは剣山や白髭山など、四国山地の雄大な山々が眺められ、さわやかな山の風を汗の額に感じていると、これまでの長く厳しい山道を辿ったことも忘れてしまいそうだ。
丁度石段のところで、焼山寺道で我々を追い越して行った、元気の良い数人連れのグループと出会った。
早々と荷物を預け、これから更に1キロ余り上った山の山頂にある奥の院をお参りすると言う。
宿坊「虚空蔵院」
この日は、寺の境内の一角にある宿坊「虚空蔵院」で泊まる。
「へんろころがし」を後先になりながらここまで上って来た、見慣れた顔の遍路も何組かが同宿だ。
しかし中には、このまま直ぐに山を下り、10キロ以上も先の神山温泉辺りで泊まる健脚の遍路もいるらしい。
彼らは一様にこのへんろころがしの難路を、6時間程で踏破すると言う。
部屋は「修行の間」と書かれた十畳ほどの和室で、隣室との境には襖が建てられている。
一泊二食付きで6,000円(税込み)と言うから随分と安い分、当然食事に多くの期待は出来ない。
宿坊らしく野菜を中心とした一汁三菜が食膳に並び、頼めばビールを飲むことも可能だ。
衛門三郎ゆかりの地
遍路道はここから標高差520mを一気に駆け下りる。
目指すは徳島市街地の西端に位置する第13番札所・大日寺で、22.7キロ程の行程だ。
昔からの歩き遍路地図を見ると、そこに至る道は二通り有る。
一つはここから玉ケ峠を越え、鮎喰川に沿って下る22キロで、鮎喰川の清流が疲れを癒してくれる昔ながらの道だ。
もう一つは、県道を下り寄井から国道438号を経て、鬼籠野(おろの)からは県道21号を行く25キロのルートで有る。
後者は、30分ほど所要時間が長くなるが、殆どがアスファルト道でアップダウンも少ないと言う。
しかも道中には神山温泉があるのでここは選択に迷う事も無い。
焼山寺からは杉の木立の中に延びる、落ち葉の覆う長い長い急な坂道をひたすら転がるように下ってきた。
少し進むと前方の石垣の上に大杉が聳え立つ、衛門三郎ゆかりの「杖杉庵」が見えてくる。
衛門三郎は、伊予の国・荏原荘の住人で貪欲で知られる長者であった。
ある日三郎は、門前に立った乞食僧を煩がり、その鉄鉢を奪って投げ捨ててしまう。
鉄鉢は八つに割れて、八方に飛び散った。乞食僧が去ったその翌日、三郎の子供が一人死んだ。
不幸はこれで収まらず、残る七人の子供も次々に死んでいった。
三郎は深く反省し、乞食僧こそ弘法大師に違いないと信じ、お目にかかって懺悔したいと後を追った。
しかし八十八か所を二十回回っても会うことは叶わなかった。
三郎は精も根も尽き果て、老いと病に倒れたところがこの地で有ったと言う。
やがてこの地に偶然現れた大師にめぐり合い、罪を許されると、安堵したかのように安らかに息絶えていった。
今その墓所を静かに守るように大杉が枝を広げている。
神山温泉
更に山を下り鍋岩の集落に出る。
本来の遍路道はそこを左に取るが、そのまま左右内内川の流れに沿って県道43号を下り、鮎食川を目指す。
遠回りになるが途中にある神山温泉に立ち寄るためだ。
焼山寺から8キロ余り、寄井の集落で国道438号に合流する。神山温泉まであと3.4キロの地点である。
藤井寺で知り合った夫婦連れの遍路は、「主人の足のマメが酷いので、予定を変更して今日は神山温泉で泊まる」と言っていた。
そんな夫婦がすぐ後ろを歩いていたが、今はその姿が見えない。
鮎喰川を左に見て歩く平坦な国道の道は単調で、7時過ぎに宿を経って歩き続けること3時間余りが経過している。
やがて前方に道の駅 「温泉の里神山」の賑わいが見えてきた。神山温泉はその裏手、歩いて5分程のところに有る。
温泉は賑わっていた。
入口の券売機に600円を入れて入浴券を買い、フロントにザックと金剛杖を預け、脱衣所に向う。
青石の湯船にドップリと首までつかる。ナトリウム塩化物・炭酸水素泉が身体にまとわりついて肌がツルツルする。
気持ちいい、疲れが抜けていくようだ。このままいつまでも浸かっていたい気分だ。
目をつむればすぐにでも、うとうとと出来そうなくらい心地いい。
縁石に腰をかけ、足湯のように膝から下を湯船につけ、入念に充分に時間をかけて疲れた足を揉み解す。
温泉に浸かりすっかり長湯をしてしまった。併設のレストランで昼食を済ませ、12時少し前再び歩き始めた。
この時は温泉で、すっかり元気を取り戻したような気がしていたし、足の疲れも幾分取れたような気がしていた。
しかしそれが間違っていた事に気付かされるのにさほど時間は要らなかった。
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