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室戸へ向けて

 

7時過、鯖大師の宿坊を辞し、室戸へ向けて長い道のりを歩きだす。今日の泊まりは尾崎にある旅館で、そこまでの行程は42キロ余り先となる。途中、立ち寄る札所も無く、唯ひたすらに歩き続けるだけだ。

かつて一日に、これだけの距離を歩いたことは無く、一抹の不安が無いでもない。

足は多少痛みはあるものの、今のところ問題も無く昨日の疲れも表向きは残っていない。

 

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淺川の手前で左手に取る遍路道の分岐が有るが、ここでも当然距離の短い国道を選択する。町中の道を1時間半ほど歩くと「遍路小屋第一号 香峰」があり、ここで暫く休憩をする。綺麗に掃き清められた小屋の中央にテーブルが有り、その上に小さなクーラーボックスが置かれていた。中には、氷で冷たく冷やされたトマトが一杯納められていた。自由にお召し上がり下さい、と有るからありがたく一つ頂いてかぶりつく。美味しい。ひんやりと冷たくて感触の良い、甘い果汁が喉を落ちていくと、ひと時疲れが飛んでいくようだ。

 

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実は、このころから右足の裏に異変を感じ始めていた。痛みがあるものの、歩くことに支障が有るほどではないが、何となくヒリヒリと熱く感じられるから、マメの出来始めの兆候かも知れない。

阿波海南の駅前を過ぎ、国道に架かる新海部川橋を渡る。橋の僅かな傾斜しか無い取り付け道路なのに、右足の親指の付け根辺りが異常に痛く成って来た。明らかにマメが出来ている感触だ。

足さえ痛く無ければ、那佐湾を左に見る海沿いの道は気持ちが良いのに・・・・。

 

 

瑠胡ちゃんの誕生日

 

歩き始めて10キロ余り、2時間半以上経過していた。

そろそろ休みたいなぁ・・と話しながら、宍喰町那佐に差し掛かったとき、道路の左側に看板を見つけた。

 

“二日限りのお遍路さん休処”。

倉庫のような建物の中央にテーブルと椅子が置かれ、みかんやお菓子、飲み物が用意されている。ありがたく休ませて頂いていると、奥からここのご主人が現れ「立ち寄ってくれて有難う」との弁。

無人の休憩所かと思っていたので、些かこちらも慌てて「いや、どうも・・・助かります・・」と返す。

 

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ふとテーブルの上に目を遣ると、“愛娘瑠胡(ろこ)8才の誕生日 3月20日 全てに感謝を込めて19日・20日と二日限りの心ばかりのお接待です! 少しばかり足を休めて下さい”瑠胡(ろこ)ちゃんの写真を添えて、こんな掲示がしてあった。

 

「今日は娘の誕生日なので昨日と今日、感謝を込めてお遍路さんの接待をさせて頂いている、立ち寄ってくれるお遍路さんが少ないので・・・立ち寄ってくれた事が嬉しい・・・」と言いながら、サイフォンでコーヒーを煎れてくれるのだ。

コーヒーの出来る間、テーブルのみかんを頂きながら待つ。

 

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足の痛みが増し始めた時でもあったので、この一服はコーヒーの美味しさも有って、本当にありがたい。

「たいしたことは出来ないが・・」と恐縮しきりなご主人では有るが、なかなかどうして、こんな事そう容易く出来るものではない。

ご主人の愛娘に対する並々ならぬ愛情を感じずにはいられないのである。

瑠胡(ろこ)ちゃん、真心のお接待を頂きました、ありがとう。そして誕生日、おめでとう。

 

 

淀ケ磯の海岸線

 

旧宍喰町に入ると、55号線沿いの道路の先に、モスク調の建物と南欧のリゾートホテル風の建物が見えてくる。

大手海岸の真向かいにある道の駅・宍喰温泉だ。

ここは、深さ1000メートルから湧き出るアルカリ炭酸水素塩泉の素立ち寄り湯も有るが、先を急ぐ事にする。

さらに1キロ程先の水床トンネルで、県境を越えると阿波路が終わりいよいよ土佐路・修行の道場に入る。

 

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甲浦で逆打ちの女子大生遍路に出会う。華奢な身体なのにすっかり陽に焼けて精悍にも見えるほどたくましそうだ。

足を引きずって歩く我々とは比べものにならないほど足取りも軽く、とても通し打ちをしている風には感じられない。

内妻で泊ると言う彼女に、那佐のお接待所を紹介し、爽やかな元気を貰って別れる。

 

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野根の町並みを過ぎると国道55号は、より海に近づき、山も迫ってくる。

間近に急峻な山が迫り、切り開いた僅かばかりの隙間を縫って、うねうねと延びる国道は、荒波を被りそうなぐらい海に近い。

コンビニどころか、商う店すらない、本当に何も無いところ、淀ケ磯と呼ばれる海岸線だ。

国道が整備されていなかった頃、歩き遍路はこの波に怯えながら、砂浜道をひたすら歩いたと言う。

国道脇には野猿が金網を越えてやってくる。凄いところだ。

切り通しの小さな峠道に差し掛かると、海から物凄い風が吹きつけ、行く手を阻む。風の強いところでもある。

 

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気温は暑くも無く寒くも無く丁度良いから、余り汗をかくことも無い。

空も海も何処までも青く、海岸線の景色は申し分ないから車なら楽しみな絶景だ。

しかし、歩き遍路には、歩けども、歩けども変わらない岬の景色は何とも遠くてもどかしい。

 

 

遍路の難渋を救う佛海庵

 

時計の針は1620分を指していた。痛い足を引きずりながら、鯖大師から35キロ余りを歩いて来た。

歩き始めて、すでに9時間が過ぎている。

 

小さな集落、佐喜浜の入木にある佛海庵に着いた。

昔の遍路は、波が打ち寄せ、石ころがゴロゴロと転がる海岸の、人を襲う高波に怯えながら、歩き続けてきた。

そんな遍路の難渋を救うために、巡礼の聖人佛海によって築かれたのがこの庵だと言う。ここで今晩の宿に連絡電話を入れると「まだ6〜7キロはありますから・・・がんばって」。まだまだ2時間は優にかかる計算だ。

 

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海岸線の先に集落が見えた。

「あの先に見えるのが尾崎の集落ですか?」通りかかったジョギング中の男性に希望を持って訪ねてみた。

「いやあれは違う、あの先に見える岬を廻って、もう少し先に進んだところが尾崎だ。

集落の中の道が近いから、左の道を行くといい」と教えてくれる。随分歩いたような気がしていたが、後で地図を見ると佛海庵からはまだ1キロほどしか歩いていない。僅か1キロが、遠く、遠く感じられるようになって来た。

 

軒先で佇んでいたお婆ちゃんが「後2キロほどだ」と励ましてくれる。佐喜浜の港に臨む町中の道から、都呂の旧道を抜け、その先で再び国道55号に合流する。ここまで来れば遠くに集落が見えるだろ・・との期待も虚しく、相変わらず見えるのは青い海に迫る山、南下する一本の国道だけ。民家の姿は全くと言って良い程何も見えない。

 

 

ロッジ・尾崎にて

 

右足は、マメが完全に潰れ、悲鳴を上げている。痛さもマヒしているのか、ここまで来ると鋭い、射すような痛みは感じない。

痛くない訳ではないが、取り立てて痛いわけでもない不思議な感覚だ。

 

海に帳が折り始めた6時過ぎ、はるか先に数件の建物が見通せるようになった。

今度こそ間違いなく尾崎の集落だ、42キロのゴールが近づいてきた。

 

6時半頃今晩の宿、ロッジ・尾崎に到着した。先客の何人かは既にテーブルに付いて食事中だ。

部屋に案内され靴下を脱いで愕然とした。よくもまあこんな足で歩いてきたものだ。右足のマメは無数に重なり合って、マメの上にマメが出来ているようにも見える。しかもそれらは完全に潰れている。下の皮膚は赤く腫上がり、ところどころ裂けて血がにじみ、ピリピリと痛い。浮き上がった皮は、まるで水餃子の皮のような形状で醜く縮れ、ふやけている。靴下を脱いだら、痛くて足の裏をまともに地に付ける事が出来ない。

 

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まずは風呂に入る。疲れを取るにはこれに限るのだが、しかし浴槽に足を浸けると裂けたところがピリピリと沁みて痛い。

止む無く足の裏を湯から出し、不自然な姿勢で湯に浸かる。

湯の中は気持ちが良いが、こんな姿勢では長湯も出来ず、「ゆっくりする、その後洗濯を」と言う相棒を残し先に出る。

 

食事に向う。

季節柄そんなに暑くは無かったから余り汗をかいたと言う感触は無いが、それでも長丁場をこなしてきた身には、とてつもなく喉が渇いて水分が恋しい。こんな疲れた身体には大好きなKビールが爽やかでたまらなく美味い。

既に先客は食事を終えていたが、そんな人達がお茶を飲みながら足のマメの話題に付き合ってくれる。

聞けば誰もが一度や二度は、マメに悩まされてきたと言い、それぞれ工夫をこらしたアドバイスを色々くれる。

 

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40年前に始めたという、女将のお母さんが話の輪に加わった。「長いこと歩いてきた遍路さんが、夕食でビールを飲みすぎたのか、そこのトイレで倒れてしまって・・・大騒ぎになったことがあった」「体調を崩す人も多い」と昔を振り返った。

それほどこの土佐路は長く過酷な修行の道なのであろう。もう一本ビールが欲しかったが、自重した。

 

女将は「まだ一人、歩き遍路が到着しないのだと」気を揉んでいる。

「女性だから・・・」と心配の様子。外はすっかり暗くなっている。それにしても相棒の風呂が長い。

 



 

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