ドタキャン
ここに来て二人とも足のダメージは深刻で、その痛みが歩き方に現われている。
霧のような雨の降る7時過ぎ、宿坊を後に、35キロ余り先の第27番札所・神峰寺を目指す。
40分ほどで山を下り、国道55号に出て、暫く国道を歩くとバス停があった。
とても歩けそうも無く、バスが有るのなら・・と、時刻表を見ているとタイミング良くバスが通りかかった。
急いで手を上げ、バスを止め乗り込んだ。
雨は次第に激しくなり、バスの窓を激しく打っている。8時過ぎ、奈半利の駅前でバスを降りる。
遍路道に出ると、目の前を二人の女性遍路が歩いていたので、その後を追うように27番を目指して歩き始めた。
この頃になると雨は本降り、気温も上がらず、肌寒い最悪の天気に成っていた。
国道を走るトラックが、風を巻き上げ、水しぶき振りまいて通り過ぎていく。
そのたびにポンチョが捲れ上がるので始末が悪いく、既に靴の中も濡れ始めている。
痛い足を引きづって、奈半利から5キロ余り、1時間10分ほど歩いて安田の集落に到着した。
安田川を越えたところに屋根付きのバス停を見付け、そこで暫く休憩をする。
お互いの足の状態からこの先無理をせず、バスか電車で明日予定している宿まで行こうとなった。
野市に予定した宿に「一日早く泊まれないか」と、変更の電話を入れると幸い空いていた。
部屋が確保出来たのを確認して、今度は今晩予定した宿にキャンセルの電話だ。
「足を痛めたので計画を変更したい」と、キャンセルを申出ると、先方も心得たものだ。
「大変ですね。気をつけて。また次の機会に使って下さい」と快い。
これで宿の始末は付いたものの、生憎の天気と、初めてのドタキャンに気分も沈みがちだ。
真っ縦・神峰寺
安田のバス停で雨への備えを固め、神峯寺まで残り4キロ余りの山登りに挑む。
薬師の集落で国道を離れ、町中の道を山に向って緩やかに登り始める。
鉄道の高架橋を過ぎ、暫く行くと第27番札所・神峯寺の鳥居があり寺域に入る。
これを潜り、いよいよ最後の力を振り絞り、標高430メートルの山上りに取りかかる。
暫くは田畑の中を緩やかに登るが、道は次第にカーブも大きく勾配もきつくなる。
ところどころで車道と分かれる遍路道があるが、そこは距離が短いものの、その代わり厳しい登り道だ。
それもそのはず、息を切らし登る急坂は、「真っ縦」と呼ばれ、土佐の難所としても知られた道だ。
雨は激しさを増し、寒い日にも関わらず、カッパの中は蒸れるから汗まみれだ。
休もうにも雨を避ける所も無く、ただただ下を向いて黙々と登るのみである。
足の痛さと、冷たい雨と、厳しい道で息も上がり、道中の写真を撮る気力も沸いては来ない。
40分ほどで、ようやく山門にたどり着いたが、その先には更に急な階段が見えている。
本堂や大師堂は、まだこの先の150段余りの階段を上り下りしなければ成らない。
手摺にすがりながら、やっとの思いで納経を済ませ、その前の小部屋を借りることにする。
そこには奈半利の駅から、我々の少し前を歩いていた女性二人連れの遍路が先着していた。
彼女たちに比べると、1時間近くも遅れて到着したようで、「どうぞ使って」と、入れ違いに早々に出て行った。
シャツを着替え、遅い昼食を摂り、ヤットどうにか生き返った。
幸い今は雨も小康状態で小降りになってきたが、どうやら一番激しい頃に登ってきたようだ。
ママチャリ遍路
下り道の途中、寒いのに半そでシャツ一枚で自転車を押して登ってくる、ねじり鉢巻の青年と出会う。
聞けば東京から自転車で1週間ほどかけて来たと言う。
フェリーで四国に入り、順打ちで八十八箇所を廻り、その後東京に戻る予定らしい。
「この自転車で・・?学生さん?」と聞いてみる。
「いや、普段はトラックの運転手をしている、休みを取ってきた」と言う。
「これから登りは益々きつくなるから・・自転車を置いて登ったら?」と勧めて見る。
「帰りはこの方が楽だから・・」と、屈託もなく笑っている。
「頑張って、結構自動車多いから、気をつけて」と、注意を促し励ましてみる。
「頑張ります」と、疲れている様子も見せず元気で力強い答えが返ってきた。
前籠に荷物を満載した「赤いママチャリ」を押しながら、再び坂を登り初めて行った。
1時間ほどで山を下り、土佐くろしお鉄道の高架を潜る頃、雨はまた降り出していた。
今日泊まる予定のキャンセルした、東谷の民宿を横目に見ながら、そこから更に先の唐浜駅に向う。
一日予定を早めた宿は、野市にあるが、最早そこまでは到底歩く事は出来そうにない。
ここから電車に乗れば40分ほどで到着する筈だ。
高知黒潮ホテルと竜馬の湯
電車が野市の駅に到着する少し前、右手に今晩泊るホテルが見えた。
駅からはそんなに遠くは無く、本来なら充分に歩ける距離である。
しかし、足の裏の痛さはさすがにもう限界を超えている。
この寒さと、本降りになった雨もあり、今は歩く気力が完全に萎えている。
タクシーの空車が一台停まって居たのでそれに乗り込んだ。
「近くて申し訳ないが、足にマメが出来て歩けないので・・・」と断りを入れ、ホテル名を告げる。
心配することはなく、運転手はとても愛想よく応えてくれた。
タクシーは、5分もするかしないうちに「高知黒潮ホテル」の玄関前に到着した。
本当なら明日泊まる予定の宿だ。
ここは予約時に遍路を名乗ればお得なパック料金で宿泊が出来る。
その上ありがたいことに、併設する「黒潮温泉・龍馬の湯」の無料券も付いてくる。
疲れた身体に、広々とした温泉は有りがたい。
地下1300mから湧出る、アルカリ性のミネラルたっぷりの天然温泉にドップリとゆっくり首まで浸かり疲れを癒す。
時を忘れ、静かに目を閉じていると、気持ち良くて身体がとろけそうになる。
しかしいくら長いこと湯に浸かっていても、残念ながら足の痛みまでは取ってくれない。
無念のリタイア
折角ここまできているのだから、予定した札所までバスで廻ると言う選択肢も有った。
しかし、生憎の天気であり、無理をすることも無いだろうとお互いの認識が一致した。
平地ばかりなら兎も角、山道や階段の昇り降りがあれば間違いなく難儀を来たすからとの理由だ。
翌日の天気を見て最終的な決断をしようと言うことになった。
翌朝になっても雨は止んで居なかった。
雨の降る中、痛い足を引きずるように野市の駅まで歩き、そこから電車に乗り、昼少し前、高知に着いた。
駅やその一帯は、「土佐・龍馬 であい博」で賑わっていたが、歩いて見て回る元気は残っていない。
昼食を済ませ喫茶店で列車待ちの時間を潰していると、大阪からと言う一人歩きの男性とバッタリ出くわした。
金剛頂寺の宿坊で、夕食時一緒に円卓を囲んだ男性だ。
「どうしてここに?」と聞けば、やはり足が痛くて歩けなくなったと言う。
「26番からバスと電車を乗り継いで、取り敢えず27番と28番を済ませてきた」
「これから帰るところだが、バスが満員で3時の便しか取れなかった」と言う。
食事の時、足にマメが出来て痛くて適わないと言っていたが、やはり彼も駄目だったようだ。
今回は一週間かけて、室戸岬を回り、高知の34番札所・種間寺を目指していた。
しかしどうしたわけか、初日から足の裏に肉刺が出来、早々に潰してしまったことで大きなダメージを受けた。
加えて強風と大雨に連日悩まされ、足の痛さも有り、すっかり意気消沈し、結果このリタイアだ。
高知の遍路道、取分けここ室戸と足摺は、修行の道場と言われるだけに殊の外厳しい道程であったようだ。
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