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県道21号は山の中

 

 7時前に宿を発った。

昨日歩いた道を下ノ加江まで戻り、五味橋の手前で左折、遍路お休み処・一心庵の前を通り県道21号に入る。

次の札所延光寺までは、真念庵経由と三原経由の二つのルートが有るが距離的にはあまり差がなく、32キロの長丁場である。

川沿いの道を歩き、やがて周囲から人家が途絶えると、県道は少しずつ上り始め心細いほど狭く成る。

 

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高知県は四国四県では面積が一番広く、全国でも18番目の広さを誇っていて、その県土の84%は森林が占めていると言う。

そんな森林県を彷彿させる景観が何処までも続く淋しい山道である。見事に植林された山からは、どこからともなく木を切るチェンソーのエンジン音だけが聞こえてくる。

途中、行き交う車を見ることは殆ど無く、勿論遍路に会うことも無い。商店どころか自動販売機すら無い、何も無い細い道である。

 

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 ここまで宿からは、10キロ程を歩いていた。沿道に久しぶりに人家が見えてきた。

山間の僅かな平地に、パラパラと一二軒が肩を寄せ合うように建っている。

集落と言うほどのものではないが、そんな人家の集まった地の外れに、それでも氏神さまで有ろうか、古い神社が祀られている。

この河内神社を過ぎると道は三原村に入る。

 

 

高知県三原村

 

 三原村は周囲をさほど高くは無い山脈に囲まれた高原地帯に位置する、人口1800人足らず、豊かな森林を誇る村である。

流れる川は下の加江川、先ほど歩いて来た川の上流にあたる。

 

その入口に近い芳井の集落に竹を組んで、ブルーシートを被せた遍路小屋が有り、休ませてもらう。

小屋では先客の遍路二人が、そのご主人と共に腰かけ談笑中であった。

お接待の小屋にはお茶、コーヒー、お菓子にみかん、カップ麺まで用意されている。

 

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遍路小屋から5キロほど山を下った下長谷の集落で休憩、ここで昼食をとる。

「民宿・いさりび」の女将が、お接待だと言って出掛けに渡してくれたお弁当には、焼きおにぎりが二つと心ばかりのおつまみ、香の物が添えられている。

こんがりと焼かれた醤油の香ばしい匂いが食欲をそそり、疲れた身体には事の他美味しかった。

 

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 三原村の山道をこの辺りまで下ってくると道路標示にも「宿毛」の文字を見るようになる。

やがて前方にダム湖が広がり、その周辺に広がる梅の木公園を眼下に見て、トンネルを二つほど抜ける。

そろそろ宿毛市に入ったようで、その後は、ひたすら平田の町を目指して山道を下るのみである。

 

 久百々の宿からは凡そ28キロほど歩くと、山道はいつの間にか平坦路と成り、遠くに平田の街並みが見えて来た。

途中から県道を外れ旧道に入る。長い間、人家をあまり見ることもない山道をひたすら歩き続けて来ただけに、両側の詰まった屋並みを久しぶりに見ると、何だかとても懐かしい気がする。

 

 

老舗旅館にて

 

土佐くろしお鉄道の線路を潜り、国道に出る少し手前にある宿が今晩の泊りだ。

明治の初期から続き、今の代で四代目と言う老舗旅館「鶴の家旅館」である。

 

 心配りの良い宿である。到着早々お接待と言っての洗濯は、疲れた身には本当に助かる。

到着と同時に早速の風呂もありがたい。洗濯をしてくれるからこんなありがたいサービスにありつけるのだ。

風呂はまずまずの広さも有り、ゆっくりと手足を伸ばして湯に浸かる事が出来、癒される。

 

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 夕食時、堺と掛川から来たと言う二組の夫婦遍路と一緒に成った。

ほぼ同年代、お互いが今回初めての遍路と有って、事の他話が弾み、遅くまで話し込んでしまった。

人の語る道中での体験も、自身の思い出の中にその情景を見出すと共感を呼ぶ。

昼間歩き疲れ、へとへとに成った事さえも自慢話として通用するのは、お互いがその苦しさ辛さを共有しているからで有ろうか。

遍路道の情報交換にも怠りが無く、苦労話も今だから笑って話せるのが心地良い。

 

 

39番札所・延光寺

 

 翌朝空は厚い雲に覆われ、今にも雨が落ちてきそうな雲行きで有った。予報によれば、昼には雨に成ると言う。

宿を出てすぐに左折、車が激しき行き交う朝の国道56号線を歩く。

宿から、39番札所・延光寺までは2キロ余りだ。

国道を歩いていたら、「この道が近い」とゴミ出し中のご婦人が右折する道を教えてくれる。四国はお遍路には本当に優しい町だといつもながら感心する。

 

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赤亀山・延光寺。余り広くはない境内だが、緑も多く良く手の入ったお寺である。

39番札所は、「土佐修行の道場」最後のお寺である。

これで阿波と土佐、二国の札所を打ち終えたのかと思うと、何か一入感慨深いものが有る。

 

山門を入ると、梵鐘を甲羅の上に乗せ、竜宮から運んで来たと言う亀の像が迎えてくれる。

その鐘は、国の重要文化財に指定されている。

境内の一角に大師縁の井戸があり、今では、「目洗いの井戸」と呼ばれ、眼病に霊験があらたかだとして信仰されていると言う。

 

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 雲行きが益々あやしく成って来た。急いで参拝を終え宿に預けた荷物を持って、平田の駅に向かった。

今回は土佐最後の札所を打ち終えたら、途中中村でJRの特急に乗り換え帰ることにしている。

駅への道すがら、ポツリポツリと雨が落ちてきた。それは、予報よりも少し早かった。

 

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