活魚料理旅館・旭屋

 

 室手海岸を眼下に見て、国道56号を下ると正面に柏崎漁港と柏の町並が見えてくる。

この日の宿はこの地に有り、宇和海を望む、地元に愛されているという活魚料理旅館・旭屋である。

お遍路プランは、二食付き6,500円と言う格安だが、遍路の間では評判の良い宿だ。

 

活魚料理旅館・旭屋

活魚料理旅館・旭屋

活魚料理旅館・旭屋

 

活魚料理旅館・旭屋

活魚料理旅館・旭屋

活魚料理旅館・旭屋

 

活魚料理旅館・旭屋

活魚料理旅館・旭屋

活魚料理旅館・旭屋

 

活魚料理旅館・旭屋

活魚料理旅館・旭屋

活魚料理旅館・旭屋

 

雨の降り始めは、少し遅く成ったようだ。

テレビの天気予報が「お昼前頃より降り始め、午後は本降りになる」と言う朝、今にも降り出しそうな鉛色の雲が一面に広がり、どんよりと暗く重くのしかかっていた。

旭屋の女将さんに見送られ、6時半過ぎ早々と宿を発った。

昨夜の夕食は、新鮮な魚の刺身や煮つけをメインに品数も多く評判通り満足できる内容であった。

 

 

三つのルート

 

 ここから41番に至るルートは、嘗ては三通りも有った。

しかし、今では観音連峰越えの道が廃れ、二通りが残っている。

その一つは、昔からの遍路道として定着している、柏峠を越えて行くルートである。

4キロ程の山道は、標高500m近くまで登り、その後緩やかな下り道が5キロほど続く。

 

もう一つは、左手に宇和の海を見ながら、整備された国道56号線を歩くルートだ。

厳しいアップダウンは無い代わり、距離は2キロほど長く成り、途中自動車の排ガスに悩まされるトンネルを何か所か抜けることに成る。

 

三つのルート

三つのルート

三つのルート

 

三つのルート

三つのルート

三つのルート

 

三つのルート

三つのルート

三つのルート

 

 昨夜同宿の男性遍路は「何事も大師の導きのままに」「清水大師は捨てがたい」と言い、雨を覚悟で峠道を選択し早々と一人で出て行った。

峠に至る途中に水の湧き出るところがあり、そこはどうしても外せないと言う。

しかしその峠越え辺りの山には、すでに黒い雲が覆いつくしていて、山容は見えなくなっている。

ここから見ても雨は、既に降り始めているようにも見える。

 

 もう一人の男性遍路は、雨の難儀を避け国道ルートを行くと言うので、後を追うように宿を出る。

町並を抜けると、いきなり長さ1,000m程の内海ふれあいトンネルに出くわした。

排ガスを心配したが、幸いなことに車用のトンネルの脇に、真新しい歩行者用のトンネルが掘られている。

トンネルの壁面の所々に地元の子達が書いたものであろうか、絵が描かれている。

中は換気が無い分多少むっとする暑さを感じるが、排ガスの心配は全くなく明るく快適そのものだ。

 

内海ふれあいトンネル

内海ふれあいトンネル

内海ふれあいトンネル

 

内海ふれあいトンネル

内海ふれあいトンネル

内海ふれあいトンネル

 

内海ふれあいトンネル

内海ふれあいトンネル

内海ふれあいトンネル

 

内海ふれあいトンネル

内海ふれあいトンネル

内海ふれあいトンネル

 

トンネルを抜けると、目の前に宇和の海が広がった。

空は一面黒い雲が塞いでいるが、それでも沖合には僅かばかりの雲の切れ目も有り、その部分だけが少し青く輝き薄日が差している。

海は静かな凪で、遠い由良半島が黒いシルエットに成って浮かんでいる。

足摺宇和海国立公園の須ノ川海岸、やすのかわオートキャンプ場を見て先に進む。

 

 

酒まんじゅう

 

その先で鳥越・大場の鼻と二つのトンネルを抜ける。

ここまでは、心配した雨が降ることもなく、再び左に宇和の海を見ながら国道歩きが続く。

海は真珠の養殖場らしく、海面には無数の浮きのようなものが浮いて見える。

左手に小さな漁港を見ると、国道はここ嵐の集落で宇和の海と別れ、山道へと向かい峠を越えることになる。

 

酒まんじゅう

酒まんじゅう

酒まんじゅう

 

酒まんじゅう

酒まんじゅう

酒まんじゅう

 

酒まんじゅう

酒まんじゅう

酒まんじゅう

 

嵐坂トンネルの歩行者用道を抜け、道なりに下る。

柏峠越え道との合流がある、大門の集落に近づくと、ほんの僅かながら雨粒が感じられた。

しかし本降りに成ると言う程のことは無さそうだ。

この時気に成って柏峠の方向を振り返ると、依然として山には真っ黒な雨雲が低く垂れこめていた。

 

酒まんじゅう

酒まんじゅう

酒まんじゅう

 

酒まんじゅう

酒まんじゅう

酒まんじゅう

 

途中「酒まんじゅう」の看板を見つけ、休憩を兼ねて立ち寄ってみる。

地元の蔵元が自社の酒粕を使って作る「酒まんじゅう」が自慢の店だ。

この「酒まんじゅう」だけで、何年もやっていると言う。

「学校統廃合で、自転車通学が増え子供達の安全の為に、歩行者用のトンネルが出来た」と店員が教えてくれる。

その店員が「お接待です」と言いながら、注文したコーヒーセットに「酒まんじゅう」をもう一つ付けてくれた。

この辺りの国道トンネルの多くは、道路幅が狭い割に通行量も多いので、直ぐ脇に歩行者用が設けられているのだ。

 

 

文六とオオウナギの町

 

 柏峠越えの下り合流点からしばらくして国道を離れ、山際を流れる芳原川の土手道を1時間程歩く。

川を挟み込むように両岸に岩松の町が延びていて、ここで大きく湾曲した岩松川に架かる津島大橋を渡る。

見渡せば、市支所や病院、スーパー、飲食店、旅館等が連なり、賑やかな中にもなかなか風情が有る町並である。

 

町の中央を流れる岩松川では、過去に長さ2m、重さ21sものオオウナギ(県指定天然記念物)が捕獲された。

しかし、現在では絶滅危惧種に指定されていて、その姿を見ることは殆どないと言う。

 

文六とオオウナギの町

文六とオオウナギの町

文六とオオウナギの町

 

文六とオオウナギの町

文六とオオウナギの町

文六とオオウナギの町

 

 ここは、昭和を代表するユーモア作家、獅子文六ゆかりの町でもある。

妻の実家が有るこの町に疎開をした折の様子を題材にした、「てんやわんや」の舞台として知られている。

川の畔に文六の文学碑も建てられていた。

また町中では、小説に因んだお菓子を売る店の看板も多く目にする。

 

昼前、松尾トンネル(1.9q)の手前1キロのところで、予報通り急に雨が激しくなってきた。

ここで休憩を兼ね、見つけた食堂に急いで逃れ、早めの昼食を済ませることにする。

 

文六とオオウナギの町

文六とオオウナギの町

文六とオオウナギの町

 

文六とオオウナギの町

文六とオオウナギの町

文六とオオウナギの町

 

トンネルの手前には、山越えの旧道が左手に分かれている。

多少の登りと下りがあり、トンネルより距離は長いが、排ガスを嫌って遍路の殆どは旧道を歩くと聞いた。

しかし、この雨でぬかるむであろう道を考えると、選択の余地はなく迷わずトンネルを抜けることにする。

 

排ガスを嫌って随分と速足で歩いたものの、20分以上もかかって松尾トンネルを抜けた。

雨は本降りに成り国道の歩道とは言え、これだけ降ると水たまりが出来、歩き辛く靴の中も少しぬれ始めている。

今晩の宿が有る宇和島の町までは、まだ10キロ以上も残っているが、少し肌寒く成って来た。

 

 

宇和島の町中を抜けて

 

 宇和島市内のお城近くのビジネスホテルで泊まった翌日、心配は無くなっていた。

夜中にはかなり激しく降っていた雨も、明けてみると上がり、昨日とは打って変わって青い空が広がっている。

雨に洗われたのか、お城山の緑が一際輝いて見え、冷気を含んだ朝の空気が気持ち良い。

この日も7時過ぎには宿を発った。

 

宇和島の町

宇和島の町

宇和島の町

 

宇和島の町

宇和島の町

宇和島の町

 

宇和島の町

宇和島の町

宇和島の町

 

宿から41番札所までは、残り10キロ程の行程で、宇和島城を望ながら、町中を何度も折れ曲がり抜けて行く。 

駅前から左折してJR線の踏切を渡り直ぐに右折、ここからはほぼJR予土線に沿って県道57号を歩くことになる。

北宇和島の駅を過ぎると町並は途切れ、次第に山間の様相で、いつの間にか光満川が寄り添ってくる。

雨上がりの爽やかな日になって、結構歩いいるが、疲れもなく、気持ちが良い。

 

宇和島の町

宇和島の町

宇和島の町

 

宇和島の町

宇和島の町

宇和島の町

 

宇和島の町

宇和島の町

宇和島の町

 

計画中の松山自動車道の工事現場を見ながら歩く事約2時間、JR予土線の務田駅の手前で左折する。

遍路道は何時しか三間町に入っていて、良く開けたここら辺りを三間平野と言うらしい。

既に周辺の田圃の稲刈りは終わり、切り株だけを残している。

そんな田圃道から、遠くに道の駅を見ながら小さな集落を抜けると、山際にある札所はもう近い。

 



 

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