中札所、へそ寺・大宝寺
海抜490メートルの高地にある久万の町並みに入って来た。
ここは大宝寺の門前町として開け、土佐街道の宿場町として栄えたところでもある。
こいのぼりの飾られた久万川に架かる橋を渡り、「大宝寺総門」と書かれた大きな門を潜る。
その先に延びる町並みはかつての門前町で、通りには遍路宿風な建物や、商家と思われる建物も目に付く。
直進する道は結構な上り坂で、背後に鬱蒼とした森が控えるお寺の表参道へと続いて行く。
急坂の先に、お寺を包み込むように緑濃い山が控えている。
この山は大宝寺の山号にもなっていて、“菅生山”と言うらしく、ユキノシタ・シャガなどが群生し、セリ・ワラビ・アケビなどが自生する山地植物の宝庫として県の名勝に指定されている。
仁王門を潜り、さらに坂道をのぼると、石楠花が満開に咲き誇る石段があり、その上に本堂が建っている。
寺は度々の出火で焼失、その都度再建される歴史を重ねていて、三度目の出火は明治のことである。
今日目にする建物は、それ以後再建されたものばかりらしいが、それでも山寺の凛とした風格を出している。
第44番札所・大宝寺は、四国山地に囲まれた標高579mの地に位置している。
周囲を大樹、老樹に取り囲まれた深山の趣で、幽寂な空気の漂いが感じられる境内である。
ここは札所の数では丁度半分を打ち終えたことから、“中札所”、あるいは“へそ寺”などとも言われている。
歩き遍路にとっては、全行程1200キロとも言われる総距離の凡そ三分の二ほどを歩き終えた地点でもある。
その昔、この地に住むおくまさんと言うお婆さんが、巡錫中のお大師様を親切にもてなした。
そのお礼に当時の貧村を「栄える町にしてやろうとおっしゃった・・」、そんなお大師伝説が町に残されている。
お遍路へのお接待の歴史の長さを物語る逸話である。
国民宿舎・古岩屋荘へ
大宝寺から今晩の宿、国民宿舎・古岩屋荘までは8キロ余を残している。
本来なら45番へは、この裏山である菅生山を越えるのが正式なルートである。
距離はたいしたことは無さそうだが、これが相当厳しい難路らしく、ここは無難な選択をし、県道を歩く。
とは言え、県道も峠御堂の峠をトンネルで抜ける上り道もあり、決して楽と言う事でもない。
住吉神社を過ぎたあたりの集落の中で、「赤の元気」の看板を見つけ立ち寄ってみる。
ここは“桃太郎トマト”発祥の地で、その完熟したトマトで作るジュース、「赤の元気」を製造する工場だ。
生憎この日は、工場は休みで留守番のおばあちゃんに無理を言って1本分けて貰う。
完熟したL玉2個分を、ただそのまま絞っただけと言うジュースは、やや酸味が有るものの、飲みやすく、さっぱりとした後味で殊の外美味しかった。
「ふるさと旅行村」 を過ぎ緩やかにアップダウンを繰り返す県道を2時間ほど歩いて来た。
すると、目の前に異様な姿をした山肌が姿を現した。
周辺は、四国カルスト自然公園の一画である。
夕方17時少し前今晩の宿、国民宿舎・古岩屋荘に到着した。
久万高原町の県立自然公園「古岩屋」内にある公営の宿舎で、天然温泉が自慢の宿である。
44番から45番・岩屋寺の間で数少ない宿の一つとして、ここには素泊まりプランも用意されている。
比較的価格設定も安く、館内には当然コインランドリーもあり、遍路にとっては重宝する宿だ。
四国カルストを行く
翌日の早朝、曇り空に突然雷が鳴り響き、大粒の雨がパラパラと降ってきた。
その何分も経たないうちに、何事も無かったかのように雨はすぐに止んでしまった。
前夜の天気予報が、東日本の大気が不安定で、突然の雷や雨・突風に注意するようしきりに呼びかけていた。
よもやこの地にまで影響があるのでは・・・と、多少心配ではあるが、朝食を終えるころには雨の気配もなくなり、ところどころ青空も見え始めてきた。
この日泊まった国民宿舎・古岩屋荘は、四国カルスト自然公園の一角にある。
周辺はそそり立つ岩山が幾つも見られ、案内板によるとこの岩は礫岩峰と言うらしい。
ここは自然の宝庫で、中でも目を引くのが高さ60〜100mと言われる巨大な岩山である。
独立して建つ峰もあるが、中ほどに亀裂が入ったように連立する峰もある。
絶壁の岩肌にはしがみ付くように木々が生え、天に向かって屹立する大岩とともに力強い生命力を感じさせる。
古岩屋の一帯は、直瀬川の両岸にそそり立つ礫岩峰が見事な景観を見せている。
ここ奇岩奇景からこの地は昔から修験者や遍路・巡拝者の修行の霊場となっていた。
そのため遍路道も俗界を避け、わざわざ急峻な山道に難路を付けているのだという。
本来なら、大宝寺・岩屋寺を行きかう遍路は、この厳しい難路を行くものとされていた。
ここ古岩屋荘に宿をとった場合でも、その脇から山に入り、八丁坂入り口まで1キロほど戻り、そこから730mの峠を越えるのが正式な遍路道と言うことになっている。
この日も無難な選択をし、古岩屋荘から岩屋寺までは3キロほどの緩く下る県道を歩くことにする。
目指す岩屋寺は、打戻の為宿に荷を預けてきたが、背に何も無いのが何ともありがたい。
この道は有名な面河渓や石鎚山に向かう主要道らしく、山の中にしては意外にも時々思い出したように車が通る。
まさに山滴る季節である。
直瀬川のせせらぎや鳥たちのさえずりに耳を傾けての歩きである。
辺り一面が、新緑の若葉のむせ返るような匂いに包まれている。
そんな下り道は快適で、時折脇を走り抜ける車の騒音などは、気にはならぬほどである。
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