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松山市街地に向けて

 

 コンクリートで固められた溜池を右に見て坂道を下り住宅街の道を再び県道40号線に出て、2キロほど歩いて広い通りを横切ると周りの雰囲気が観光地らしく一変する。 行きかう車も多く、遠くには温泉旅館か、郊外型のマンションであろうか、高層ビルも目立つようになり、沿道にもしゃれた店や飲食店が多くなる。

 

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文化財の宝庫・石手寺

 

 石手川に架かる橋を渡ると、正面に緑も鮮やかな第51番札所・石手寺の森が見えてきた。

さすがに松山を代表する観光地の一つ道後温泉に近いだけあって、遍路だけと言うこともなく大勢の観光客で賑わっている。

正面に幅2メートルにも満たない川(用水)が流れている。

そこに架かる小さな橋は「弘法大師がお渡りになった橋で、一般の方は渡れない」とある。

 

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境内に入ると通路になった絵馬堂が境内に向かって伸びていて、両側には仲見世が続く。

国宝の仁王門を潜り境内に入ると三重塔が建ち、一段と高いところに本堂があり、その右奥には大師堂が並び建っている。

それらの建造物は何れも由緒あるもので重要文化財に指定されている。

護摩堂の前では線香の煙が絶えることもなくもうもうとくゆり、参拝者の多さを物語っている。

 

 

名物・やきもち

 

 お寺の投げ米を粉に挽いて焼いたのが始まりと言う“石手名物・やきもち”を境内の茶店で買い求め、アツアツを食べながら、宿の有る道後温泉までの1キロ余りを歩く。

この日は道後の湯と昼食を楽しむために、遍路はいったん中断して、13時ころには宿に入る予定だ。

 

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いで湯と城と文学の町

 

愛媛県の県庁所在地松山は、「いで湯と城と文学のまち」と言われるだけに、市内には見所も多い。

石手寺から道後温泉に向かう道筋、用水の流れる通りの植え込みの中には、子規や漱石、山頭火などの句が立派な石に刻まれ、紹介されていて如何にも俳句の町らしい。

その先中心部には正岡子規を記念した博物館も建っている。

 

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 今晩の宿は道後温泉に近い公共の宿「にぎたつ会館」である。

公立学校共済組合の運営する宿ではあるが、組合員でない一般も宿泊でき、少し安い設定の遍路パックも用意されているので、遍路の間ではよく知られた宿である。

 

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伊予名物“鯛めし”

 

道後温泉前の商店街は、この日が一斉清掃の日らしい。

各店舗から何人かの人が出て、自店の前を湿らせたモップで丹念に拭き、デッキブラシでゴシゴシと擦り、踏みつけられたガムなどを削り取っている。

「通行のお客様にはご迷惑をかけるが、綺麗にしてお客様をお迎えしたいのだ」と言う。

 

そんな商店街入り口にある観光案内所に立ち寄り、地元の名物が味わえるところを訪ねると、すぐ前の食事処を教えてくれたので、伊予名物の“鯛めし”を味わってみる。

 

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“鯛めし”には南予風と中予風があるらしい。

南予風は刺身にしたタイをお重のご飯の上に並べ、山芋とねぎやゴマを混ぜた特製の出汁をかけて食べるものだ。

一方中予風はタイ一匹を丸ごと釜飯として炊き込み、炊き上がったらタイの身をほぐし五目飯に混ぜ込んで食べる。

 

 どちらも捨て難く、両方・・と欲が出たが、散々悩んだ挙句、中予風を注文した。

「炊き上がるまで暫く時間がかかります・・」と言われ、待つこと10分、ようやく目の前に鍋が運ばれてきた。

「さあー」と思ったら、「まだです、炊き上がるまでもう10分ほどお待ちください」と言う。

鍋の下では、まだ青白い炎を上げて固形燃料が燃えている。「10分後に吸い物をお持ちします」との事だ。

 

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鍋蓋の隙間から薄い湯気が上がり始め、いい匂いが漂ってきた頃合い、吸い物が運ばれてきた。

「もう良いですよ」と言われ、蓋を取ると湯気が一気に立ち上がり、タイの蒸せた潮の香りが辺りに漂う。

鍋から慎重にタイを取り出し、丁重に身をほぐし、炊き上がった五目飯に混ぜ込んで、お茶碗に移し、一気にかきこんでみる。

薄い醤油飯に甘いタイの身がからみおいしい。醤油のしみたおこげも絶妙で、何とも言いようのない美味しさに大満足だ。

此れなら20分待たされても辛抱が出来る。

 

 

坊ちゃんも入った道後の湯

 

 多くの観光客で賑わう湯の町・道後にあって、“道後温泉本館”はシンボル的存在だ。

明治27年に建てられたという木造の三層構造の建物は、大変珍しい建物として完成当時から人気の的で、平成に入り、国の重要文化財に指定された貴重なものである。

 

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入浴はいろいろなコースが用意されている。

湯につかるだけから、大広間や個室での休憩付き、館内衣やお茶のサービス付きなどがあるので、目的と時間とを相談しながら、好みのコースのチケットを玄関先の窓口で購入する事になる。

 

 階下の神の湯は一番お手軽なコースである。

時代かかった木製の下足箱に靴を預け、これも木製の脱衣箱に服を収め、浴室に向かう。

 

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男湯は二室あるが、何れも浴室は同じような作りで、僅かにぬめりのあるアルカリ性単純泉の湯も同じらしい。

浴槽はやや深め、丸い蒲鉾形をした縁、その下の腰掛の幅は狭いので、湯につかってのんびりと言う体制は取り辛い。

自然光を取り入れた浴室と合わせ、これが昔の佇まいを残していて何とも風情がある。

 

 入浴に時間制限があって多少慌ただしくはあるが、至福の湯であることは間違いない。

昔の歩き遍路もこの道後の湯だけは捨てがたく、何日も逗留し旅で汚れた垢を落とし、栄養を付け体力の回復に努めたらしい。

 

 

道後公園と坊ちゃん列車

 

 道後温泉に隣接した道後公園にある湯築城跡は、14世紀前半、この地の守護河野氏によって築かれた平山城の跡であり、武家屋敷が残され、資料館などもあり、現存する当時の堀や堤などが国の史跡に指定されている。

濃い緑の中に遊歩道が整備された公園で、市街地にあってはオアシスのようにほっと安らげる空間になっている。

 

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 明治の文豪夏目漱石の小説「坊ちゃん」で、「マッチ箱のよう」と形容された列車が「坊っちゃん列車」として復活し、町中を走っている。

さすがにこの時代、石炭を焚くと言うわけにもいかないので、ディーゼルエンジンを動力に作られた無害な白い煙を吐きながら、懐かしい車両が観光客の人気を得ている。

 

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 松山の繁華街・大街道の電停から少し歩いた先に、秋山兄弟の生誕地が残されている。

司馬遼太郎の小説「坂の上の雲」で知られた秋山兄弟は、日清・日露戦争において軍人として活躍した人物である。

 

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町のシンボル・松山城

 

 松山のシンボルは市街中心部に聳える132mの勝山にたつ松山城で、別名金亀城とも勝山城ともよばれている。

お城へは歩いて登る路もあるが、ロープウエーなら3分ほど、リフトなら5分ほどで登城道である東雲口に到着することが出来る。

天守まではそこから長者ケ平と呼ばれる場所などを10分ほど歩くことになる。

 

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 四国最大の連立式天守を構えた平山城で、ここには国内で12カ所しか残されていない現存12天守の内の一つが残されている。

お城の敷地は広大で、裾野には二の丸や三の丸も残されていて、江戸時代に建造された城は、「日本100名城」や「美しい日本の歴史的風土100選」の一つに選ばれている。またミシュラン日本編では二つ星の評価を得ている。

 

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天守の最上階は30mほどの高さが有り、勝山を含めれば標高160m余りの高所となり、そこには360度の眺望が開けている。

眼下には石垣の上に構える櫓群を一望にでき、その先に松山の城下町が箱庭のように広がって見える。

遠くに目をやれば、天気さえ良ければ、瀬戸内の島々や、四国最高峰の石鎚山、佐多岬半島まで見ることが出来ると言う。

 

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