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門前のうすかわまんじゅう

 

再び県道を53番に向けて歩き出す。札所までは2.6キロと近く、市街地を歩くことに成る。

暫く歩くと県道はこの先で狭まり、その先に大きな立木が見えてきた。その前には大きな観光バスも停まっている。

どうやら札所に着いたようだ。

 

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門前の手前、交差点の所で“まんじゅう”の看板が見えたので参拝の前にも関わらず立ち寄ってみる。

大正2年創業を誇る和菓子の老舗「萬国堂」と言う夫婦二人で切り盛りする店である。

創業当時から製法が変わらないと言う名物の“うすかわまんじゅう”は、しっとりとした生地に包まれた甘さを抑えたあんこがうまくて、疲れた身体を甦らせてくれる。

昔の歩き遍路もこうやって門前の茶店で腰を下ろし、熱い茶をすすりながらその土地の名物で疲れた身体を癒したのであろうか。

 

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町中の札所・円明寺

 

 町中に建つ第53番札所・円明寺は、うっかりしていると見過ごし、通り過ぎてしまいそうなほど入口の間口が狭い。

県の重文に指定されている八脚の仁王門を潜ると右に観音堂、左に大師堂が控えている。

境内の中央を石畳が貫き、その中間に二階建ての中門、その先正面に本堂がある。

 

本堂の内陣には名工・左甚五郎の竜の彫り物が残されている。

また境内には、キリシタン禁制の名残である十字の形をしたマリア像を浮き彫りにした石塔が有ったようだが、残念ながら気付かぬまま見落としてしまった。

 

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瀬戸内の海に沿って

 

 境内を出て左に進路を取り、JR予讃線の線路を超える。

次の54番札所・延命寺までは38キロ余り、松山市を抜け、北条市から更に今治市に向けて歩くことに成る。

 

 県道347号で堀江の町に入ると海が近づいてくる。

ここからは、瀬戸内の海に沿って、ほほJR予讃線と並行する道を歩き、光洋台、粟井の駅を過ぎる。

ガイドブックには、この辺りの粟井坂に高浜虚子の句碑が有ると書かれていたが、坂を実感する道も、その句碑にも気付ぬまま通り過ぎてしまった。

 

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 柳原を過ぎ、河野川を越えた辺りの道路の左側に、白いガードレールに隠れるように俳人・高浜虚子の句碑と胸像が建っていた。

ここ西ノ下地区は、虚子が幼少時代を過ごした町らしい。その大師堂の石柱には、こんな句が刻まれている。

 

「この松の下にたたずめば露のわれ」 「道の辺に阿波の遍路の墓あわれ」

 

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 途中逆打ちの遍路に出会う。うるう年は、遍路は逆打ちに出るものらしいが、その謂れを良くは知らない。

海すれすれの道は、やがて国道179号線となって北条の町に入る。

穏やかな海に、芸予諸島の大小の島々が浮かんでいる。一際大きな島影は、中島で有ろうか。

ここらあたり一帯が中世も前期の頃、瀬戸内海を制した海賊、河野水軍の本拠地らしい。

 

 

花へんろの町

 


さすがに北条の町は、町並みも、道行く人や車にも賑わいが増してくる。

北条駅を右に見て、辻町商店街を進むと、かぎ型に曲がる道路があり、曲がった先に「花へんろの町」と書かれた看板がある一角に出くわした。夫婦遍路の顔の部分がくり抜かれた、良く観光地で見かける記念撮影用のパネルが置かれている。

 

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 何となく懐かしい、聞き覚えのある言葉だと思ったら「早坂暁の故郷」と書かれている。

NHKのテレビでやっていたらしく、題名には記憶があるが、見た覚えはないので、おそらく作品としての題名に覚えが有ったのかも知れない。

 

 風早町(現北条町)の、遍路道に面した百貨店「富屋勧商場」で生まれた育った作者の、自伝的な小説の舞台となったのがこの町らしく、今その場所には酒場が有るらしい。

 

 

「元祖鯛めし」の老舗宿

 

 今晩の宿「大田屋」は、ここから100mほど歩いた右手にある。

嘉永6年創業と言う、「元祖鯛めし」が自慢のビジネス旅館である。1階はお食事処、2階が客室、3階が宴会場になっている。

 

 本日の泊り客は三人で、他は太山寺から前後しながら歩いて来た、あの若い女性の遍路だけで、我々が到着した時にはまだ着いていないと言うので、一番風呂を頂いた。

 

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 楽しみな夕食は、大きなタイの頭を甘辛く煮つけたものと、それに酢の物や刺身などが並び、締めはタイの炊き込みご飯と潮汁だ。

この「名物鯛めし」はこの地方には古くから伝わる伝統食だと言う。

 

 夕食は取らないと言う風呂上がりの彼女を、「こんな美味しいものがあるのに・・」と話の輪に誘い、女将さんにお願いしタイ飯をお握りにしてもらい勧めてみる。

 

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「明日、今治から夜行バスに乗る」と言う彼女は、自宅のある千葉まで帰ると言う。

この日遍路道を後先になりながら共に歩いてきたが、「もう出会うこともないかも・・」と、翌朝の別れを確かめ合い、他に泊り客の無いことを良いことに、遍路話や人生論(?)に話の花が咲くのである。

折角だからと、美味しそうにお握りをほおばる彼女を眺めながらであった。

 

 




 

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