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空腹抱えて

 

 この日は58番札所・仙遊寺を打って、その先に宿を取っている。

この間40キロほどを歩くことに成るので、少しでも早く発とうと、朝食も食べないで、6時に宿を出た。

朝日を浴び始めた海は、まだ灰色のままで、その境目には薄いオレンジから白、さらに微かなブルーから濃い青色に変わる幾層もの色の変化が積み重なった大きな空が広がっている。

 

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 山が海まで迫り、国道には押し出されるように海に上に新しい歩道が作られている。

所々切り抜かれた床にはグレーチングが嵌められているので、防波堤に打ち砕ける白い波が真下に見える。

 

 おかみさんから「鎌大師」の方に道を取ればすぐにコンビニが有ると聞かされていたのに、どこでどう間違えたのか、景色に見とれ海沿いの国道を来てしまったのでコンビニがどこにもない。

途中の町中に商店を見つけたが、こんな早朝から開いている筈もなく固く表戸を閉ざしている。

更にその先には、道の駅「早風の里・風和里」も有ったが同様閉まっていた。

 

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道行く景色は申し分ないのに、空腹だけは如何ともしがたい。途中ジョギング中の女性に尋ねると「コンビニは菊間までありませんよ」とつれない返事だ。地図で確認するとまだ5キロ以上も先だ。

「おにぎりでも頼んでおけば良かった・・・」と、愚痴と後悔がため息交じりに口をつくのである。

 

 

菊間は瓦の町

 

 歩き始めて1時間半ほど経過してようやく今治市に入って来た。

とは言え、国道沿いの道はお店どころか人家もない海辺の一本道が続いている。

「店の跡らしき建物に出くわすだけ高知の室戸道よりまし」と、悪態をつきながら、ただひたすら歩くだけだ。

それでもその先で、60mほどと短い砥鹿山トンネルを抜けると、小さな漁港もあり、何となく菊間の町が近づいているような雰囲気も感じられる。

 

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 菊間は瓦の生産で知られた町だ。

だいぶ以前車で訪れた折、JRの駅のすぐ裏にある「かわら館」でそのことを知った。

菊間の瓦には750年余りの伝統が有るらしく、今でもその技を引き継いだ名工が鬼瓦や屋根瓦、工芸瓦などを手作りしている。

 

 国道沿いにも瓦工場の看板が見え始め、何件もの瓦を細工する工場が軒を連ね、店先には大きな鬼瓦や、棟を飾る鯱・鷹などの細工瓦、屋根瓦などが並べられている。

 

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そんな中に「お接待処」を見つけ、立ち寄ってみる。

近くの菊間中学の生徒さんが総合学習の粘土細工で作った作品が並べられ、持ち帰って良いと書かれているので、菊間の鬼瓦を模した小さな根付を有り難く頂き、金剛杖に下げてみた。

 

 そこから更に歩くと遍照院の森が見えてきた。どうやら町の中心部に入り込んだようだ。

その先に目を凝らすと、やっと見覚えのあるコンビニの看板が目に入って来た。どうやらこれで朝食にありつけそうだ。

時計を見ると既に8時半を大きく過ぎていた。

 

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宅間まんじゅう

 

 国道196号は、菊間からも瀬戸内海に沿って延び、伊予亀岡を経て、大西を過ぎる辺りで、予讃線とも別れ内陸に向かうことに成る。

昼間の気温は30度には満たないとは言え、何も遮るものもない国道を差す陽は夏のそれに劣らない程にまだまだ厳しいものがある。

そんな道中の救いは、道辺に真紅の群落を見せる彼岸花やコスモスなどの秋の花々、時折火照った体をヒンヤリと撫ぜてくれる秋の風、それに・・・沿道で見つけるその土地の名物を売るお店の存在だ。

 

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 宅間の町に入り「まんじゅう」の看板を見つけ、休憩を兼ねて立ち寄ってみる。

ここの名物は、薄皮生地の中にこしあんが入っている酒種まんじゅうで、丸いまんじゅうを押しつぶした、薄いせんべいのような形をしている。

 

「一つ一つ手作りしてるんや」と言いながら、奥からおばあちゃんが出来たてのぬくぬくを持ってきてくれた。

丁度岡山名物の大手饅頭を押しつぶしたような、或いは福岡太宰府の梅が枝餅のような印象で、甘すぎないで口当たりはさっぱりとして後を引かない、そんな感じの美味しい名物である。

 

 

落ち着いた雰囲気の寺

 

この店の先で右にカーブする国道とは別れ、そのまま道なりに直進して県道38号に入ると、札所までは2キロほどと近くなる。

町中の右側に乃万小学校が有る。「何て読むんだろう?」と訝りながら横目で見て、そこを過ぎ県道を左折すると、稲田と住宅が混在する長閑な道となり、それがそのまま54番札所・延命寺の山門へと続いて行く。

 

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その昔この寺は山号にもなっている近見山に、七堂伽藍の整う大寺であったらしいが、度々の兵火によって焼失し、今の地に移ったと言う。山門を潜ると大杉が聳え、参道脇の右手に鐘楼、左手に薬師堂やお土産などを売るお店が並んでいて、納経所がその端にある。

正面の石段を登ると本堂が有る。本堂前の左手に30段ほどの石段があり、そこを登ると本堂と同じ高さに大師堂が有る。

山裾を上手く利用して伽藍が並び、静かで落ち着きのあるこじんまりとした、良い雰囲気のお寺である。

町の雑踏からも遠く、境内では読経の声しか聞こえない。

 

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 “寺”の無い札所(?)

 

 山門を出て、その脇の坂道を登ると墓地が開け、そこから振り返れば、低い山々に囲まれた門前の町並みの広がりが見える。

ここから55番札所・南光坊までは4キロ余りの道程だ。

 

 田畑の広がる小さな丘を上り下りし途中西瀬戸自動車道の高架を潜ると、道は僅かながら登り坂となり大谷霊園へと登って行く。

道なりに車道を歩いていると、後ろから来た軽トラックの男性に呼び止められ、「その道は遠くなる、その石段を登ると近い」と教えられ、少し戻ってその石段を登る。

 

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 教えられた通り駐車場を抜け、霊園を下る道に差し掛かると、前方に今治の町並みが見えてきた。

両側は広い墓地公園になっていて、参拝の車が行き交う坂道を一気に下り、下りきったところで、桜橋の手前を左折、浅川に沿って市街地へと入り込む。

 

今治北高校の先で予讃線の高架を超える。すぐ右手は今治駅で、周りは交通量の多い幹線が走り、商店や飲食店も多く、市街地の中心らしい雰囲気になってくる。

 

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55番札所・南光坊と言う標識に導かれ進むと、境内のど真ん中を貫くアスファルト道に出た。

驚いたことに、その道が境内を二分していて、その両側に広い境内が広がっていた。

立派な山門はその左手先に聳えているので、ここから境内に入ってしまうとそこを潜らないことに成る。

その手前に大師堂が建ち、前が駐車場になっている。道の右手にはどっしりと本堂が構えその左に納経所がある。

 

 ここには88ケ所の中で唯一と言うものが“二つ”あった。

一つは本堂が無いと言うこと。長いこと先の大戦で焼失したままで有ったが、多くの信者の寄付などで昭和になって再建された。

もう一つは、 “寺”と付かない札所である。

 

境内には筆塚や芭蕉の句碑などもある。そんなものを眺めながら、遍路は納経所の左脇のアスファルト道から次の札所に向かうことに成るが、折角なので少し遠回りをして山門を潜って寺を後にした。

 



 

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