石鎚山の懐へ
温泉で身体を休め、美味しい食事で満足した翌日、石鎚山への登りに備える為少し遅めに宿を発つ。
国道を1qほど戻り、コンビニに立ち寄り昼食を購入する。
仙遊寺以降時々顔を合わす青年が、「昨夜は温泉に浸かり、近くの野球場で少年野球のナイターを見ながら寝た」と言いながら、美味しそうに朝食のお握りを頬張っていて、どうやら公園で野宿をしたようだ。
大頭の交差点を右折、ここから遍路道に戻ると、札所までは石鎚山の中腹に向けた9.5qの道程だ。
すぐ右手の妙雲寺や、石土神社の珍しい型をした灯篭を見ながら高速道路を潜る。
道は妙之谷川に沿って緩やかに登り、所々で小さな集落を抜ける。
道沿いには、たわわに実った名産の柿の木畑も見られるが、人と出会うことはほとんどない。
大郷の部落を過ぎる。
川のせせらぎが聞こえる静かな山道の緩やかな登りが続いている。
道中の川縁のこんな山の中にと思うようなところに、たった一軒ポツンと喫茶店が建っていた。
道は相変わらず上り坂だが、アスファルト道の勾配は僅かで左程きつくはない。
緑濃い山並みに包まれた川幅の狭まった渓流を見ながら、車も通らない山里の歩きは快適である。
馬返の集落は、嘗てのこの先は、馬でも厳しい上り道で、馬を返した、ということであろうか。
その先で湯浪の集落を超えると、いよいよ人家は見えなくなり、上り勾配も増してくる。
コンビニから1時間半程歩き続けて来たが、足元の勾配が段々にきつくなってきた。
車をほとんど見ることもないアスファルト道だが、道端には上り勾配12%を示す標識が立っている。
カーブした道路の先に小さな滝が落ちていて、そこを曲がると道路はその先で行き止まりとなる。
石鎚の山登り
道路脇に駐車場と休憩所が設けてあるそこは、標高300mほどの地点にある登山道の入り口である。
正式な横峰寺道は、車で行かれるのはここまでで、ここから山登りの始まりである。
お寺までは2.2q、標高745mまでの本格的な山道に差し掛かる。
鬱蒼とした木立の茂る中に続く山道は、急勾配の難路と言うよりは悪路そのものである。
何年か前の水害でここの遍路道にも大きな被害が出たらしい。
今も修復は進んでいるようだが、それでもいたるところに被害の痕跡も残されたままになっている。
登り口には、「少しでも危険を感じたら直ぐに引き返すように」と大きく注意書きが出ていた。
登山道は昔からの遍路道で、霊場までの距離を示す丁石が立てられている。
しかしそれが示す距離以上に大変なのは半端ではない上り勾配と悪路の連続だ。
それは「焼山寺道」に劣らぬ厳しさで立ち塞がる、「遍路ころがし」と言われるほどの難路である。
至る所に湧水や沢水が流れ、湿り苔でぬかるんだ道は滑りやすい。
水害の影響なのか、橋が壊れていて、そんな小さな沢は、そのまま石伝いに飛んで超える。
岩肌の崩れた道には、浮き石も有り、大小の岩が道を塞ぐガレ場もあり、足元は限りなく不安定で危なっかしい。
露出した木の根は躓き易く、深くえぐれた赤土の道は急こう配で滑りやすいし、不揃いの木階段は歩きにくい。
湯浪の駐車場から登り始めて1時間半余り、息を切らしながら、足を引きずるように急坂を登りつめると、木立の中に赤い幟旗が立ち、その先に仁王門がようやく見えてきた。
霊峰に建つお寺
第60番札所・横峰寺は、役小角の開基と言われる。
寺は悪いことをした人、邪心のある人をこれから先へは進めなくする四国遍路における三番目の関所である。
最後の階段を上り、仁王門を潜れば、関所も超えたことになる。
標高750m、四国霊場のうち第三番目の厳しい高所にあるお寺ではあるが、今では車やバスでも簡単に参拝が出来るが、駐車場は境内の反対側に有るので、山登りの苦しさに耐え勝ったものしかこの山門を潜って境内に入ることは出来ない。
仁王門を潜ると、右手に圧倒されるような苔むした石垣が聳え、その前に客殿が建っている。
納経所のある客殿前の石段を登ると右手に権現造りの本堂が有り、反対側左手の奥まったところに大師堂がある。
その間の山際一帯には石楠花の大群落があり、毎年五月上旬頃には見事な花を見せるそうだ。
観光寺らしく、境内にはことのほか参拝客が多い。
西日本の最高峰、1,982m石鎚山の中腹にある横峰寺に至るルートは幾つもある。
一番目は59番から道なりに進み、麓の妙雲寺から県道147号を進み、湯浪から山に入る今辿ってきたルートだ。
二番目は61番を先に打って、その奥の院を経て山道を上るルートだ。
普通はこの一番目を上りに、二番目を下りとするのが「一般的で無難な道」として知られている。
この他にも61〜63番を先に打ち、黒瀬湖を見ながら有料林道を利用するルートもある。
更には64番まで打ち、石鎚登山口から星森峠を経るルートなど、その選択肢は実に多彩だ。
この日泊まる予定の小松の宿を予約する折、女将は「61、62番を先に打って、荷物を置いて空身で上ると良い。近道の地図も用意しているから・・」と勧めてくれていた。しかし前夜泊まった宿のフロント男性は、「大部分が舗装された県道で、この方が絶対楽だ・・」と、強く勧めてくれていたのが「一般的で無難道」であった。
山下り
ここ横峰寺はかつて石鎚神社の別当寺であったところだ。
その成就社までは凡そ9qの道程で5時間余り、更に山頂までは4q4時間の厳しい山道が待ち受けている。
札所ではないので、敢えて行こうとは思わないが、鎖場や覗き場など行場もあり、興味はそそられる。
ここから第61番札所・香園寺の奥の院までは6.9qの下り道である。
大師堂の前から境内を抜け、赤い鳥居を見ながら舗装されてはいるが荒れた自動車道を暫く歩く。
駐車場に向かう自動車道を見て、0.8qほど下ったところで標識に従い山道に入り込む。
山道は幅1m程の木の根道で、赤土の道はかなりの勾配で下っていく。
この辺りは、風が揺らす木の葉の音と、時折聞こえる鳥の鳴き声、その他は靴音だけの静寂の世界だ。
林の中に続く細道は、陽の光も遮られ、昼なお暗し・・と言った感じで、少しヒンヤリとして心地良い。
時折木立の並が途切れると、幾重にも重なる四国山脈の山並みが一望で、疲れた足を止めさせてくれる。
途中日本語が解らないと言う、若い外国人の女性が一人で上ってきた。
荷を持たない軽装で、「気を付けて・・」と声を掛けると、「ハイキング」と言い残し手を振って登って行った。
他にもトレッキング姿の何人かの男性と出会ったが、麓の小松町からは手頃な散歩コースになっているようだ。
修行の途中なのか、衣を着た僧侶などとも出会い、結構賑やかな下り道になってきた。
下り道だから・・・と高を括っていたが、この下りには侮れない厳しさが待ち構えていた。
それでも下りが楽なことには変わりないので1時間も有れば・・と思っていたがこれが大間違い。
どうやら連なる小さな山々を、幾つも重ねながら上り下りをくり返し下って行くらしい。
時には尾根筋に出るために、息を荒げるような急勾配の上り道が時々現われたりもする。
それでも登り切れば尾根道からは眺望も開け、時折涼しい秋風が火照った体を撫ぜてくれるのでありがたい。
横峰寺に至るルートは幾筋もあると聞いてはいたが、この道を下りに使って良かったとしみじみ思う。
この道は距離も長く、上り下りを何度も繰り返し、しかも上りの勾配は結構厳しい。
61番札所の奥の院迄残すところ数百メートル付近で、ようやく山道が終わる。
ここからは鋪装された道を、緩やかに下り、小松町の町中を目指し下っていく。
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