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思惑違い

 

 お接待のお握りを持たされ、若女将の見送りを受け送り出された旧道をしばらく歩き、県道8号線に出たところで左折、ここからはひたすらこの道を行くことに成る。

道は広々としたアスファルト道、通行車両も少なく、道の両側からは鳥たちの元気なさえずりも聞こえてくる。

途中の曼陀トンネルまで約3キロ、標高差200mをだらだらと登っていく。

 

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トンネルを抜けると道は下りに転じ、どこまで下るのかと思うほどの長い下りが続く。

周りは山また山で、途中建物らしきものは見当たらない。

その深い山の道を歩くこと6キロほどで、右手に五郷ダム湖が見え始め、周辺にようやく人家が認められるようになる。

 

 更に2キロほど下った落合の集落で8号線と別れ右折、ここで残り3キロ程となるが道は再び急な上り道に成る。

一寸した峠を超え、残り1キロほどの地点までやっと来たら、その先の道が災害で通行止めだ。

仕方なく、指示看板に従い迂回路を歩くがなかなか目指す場所に行きつかない。

 

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実は、昨夜”名物おやじ”の雲辺寺登山の道案内を聞きながら、別のルートを考えていた。

苦しむであろう6キロの山登りを避けて、楽をしようと企んでいたのだ。

しかし、辿り着いてみれば結局は、17キロほどを四時間もかけて歩く羽目になってしまった。これだけ時間を掛ければ宿から直接山登りに挑んでも十分に時間的には間に合っていたようだ。

 

 

雲辺寺ロープウエー

 


 「連休中は込み合った」と言うロープウエーも、広い駐車場に止められた車は数えるほどである。

10分ほど待って乗り込んだゴンドラはずいぶん大きくて、聞けばスイス製で101人乗れるとか。

この半端な数字は、お客が切りの良い百人でガイドが一人と言う事であろうか?などと想像を巡らしてみる。

 

標高259mの山麓駅から、916mの山頂駅までの全長は凡そ2600m、高低差660mを僅か7分でかけ上がる。

山頂の視界は良らしく、気温は14度とのことで、ここに比べると数度涼しいようだ。

この日は「強風の影響で、減速運転しているので10分かかります」という。

それでも中間地点で下りとすれ違うと、結構なスピードで駆け上がっていることを実感する。

 

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高度が上げるほどに眼下に視界が開け、三豊平野に広がる箱庭のような観音寺市の町並みの向こうに、碧い瀬戸内の海、燧灘が見えて来る。その海に沿うように座る一際大きな山塊は七宝山か。それに従うように左手に小さな山が二つ見えている。

恐らく左の一番小さい山が琴弾山であろう。今晩の宿はその麓にとっている。

ここから見ると雲辺寺山を下って、さらにその先、気の遠くなりそうなほどの距離がまだ残っている。

 


 

雲上の観光寺・雲辺寺

 

 四国霊場の中でも最も高い場所にある雲辺寺は、行政上は徳島県に含まれているが、順路の都合で霊場としては讃岐路(香川県)の打ち初め寺とされている。佐野の集落から登山道を登れば徳島県側を、ロープウエーなら香川県側を来ることとなり、寺域に入ると境内で徳島県と香川県の県境をまたぐことに成る。

 

 寺は既に鎌倉時代には七堂伽藍が整備され、盛時には十二坊末寺八ケ寺を有する大寺で有ったという。

その後「四国の高野」と言われ、学問道場として隆盛を見たが、一時衰退した時期も有ったようだ。

 

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 明るい境内に「おたのみなす」のこしかけが有る。

説明によるとナスの花は一つの無駄もなく実となり、「成す」との語呂が同じで努力が報われ願いがかなう縁起物ということらしい。

納経所の前に水堂が有る。大師が自ら掘られた井戸の水らしい。

入口には人を感知するセンサーが仕込まれていて、お堂の中に入ると龍の口から水が流れ出てくる仕組みで、中々にハイテクで、モダンな省エネを配慮した水場である。

 

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このように伽藍は整備され、山の地勢を巧みに利用し、本堂、護摩堂、本坊、茶堂などが配されている。

中には再建されて、新しく立派な建物も多い。

誰もがロープウエーで簡単に登れるので、古刹と言うより現代的な観光寺の雰囲気だ。

それは、千メートルの高所にある札所を感じさせないほど明るくて広い。

 


 

嘗ての悪路・難所の山下り、

 

 67番札所・大興寺までは9.2キロ、長い山下り道が待っている。

尾根上の舗装道の脇に据えられた五百羅漢の石像を見ながら、暫く緩やかに下っていく。

NHKがマイクロウエーブ設置の為設けた電波塔の先で地道に入り、ここからは本格的な山道下り、その距離凡そ3.6キロ、標高差700mを行くことに成る。

 

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 少し前までは、巡拝路の中では随一の険しい悪路・難所として迷いやすいので敬遠されていた、と言うこの下り道も、今では標識が整備され、道も固められ歩きやすくなったと言う。

それでもさすがに千メートル近い所から下る道は、勾配はきつく、生易しくは無い。

枯葉の降り積もった道も有り、そこは柔らかく、膝の負担を軽減してくれそうで歩きやすい。

途中、ツツジが満開の所もあり、その美しさと、むせ返るような若葉の香りが、しばし疲れを癒してくれる。

時折木立の切れ目から望む遠望も素晴らしい。

 

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しかし、中には岩が露出し、小さな石で覆われたゴロ石道など滑りやすい個所も多い。

隆起した木の根が露出し、谷底のように深く抉られ道では、どこに足を運べば・・と考えさせることも有り、中々にタフで、登り時間と同じくらい要すると言われる理由が実感できる。

 

 凡そ2時間ほどで山道が尽き、ミカン畑の脇を通り抜けると、標高が170mほどの地点まで下りてきたことに成り、ここからは車道をゆっくり下って行く。

歩き始めるとすぐに民宿・青空屋が見えて来る。ここも歩き遍路の間では中々食事が良いと評判の宿である。

 

 

67番札所・大興寺へ

 

 前方に広がる町並みを見下ろしながら、広々として緩く下る自動車道は歩きやすい。

谷口の集落を通り過ぎ、途中岩鍋池の袂の休憩所でしばし小休止をする。

すこし高台に成っているのか、目の前の池のせいなのか、吹く風が冷たくて気持ちいい。

 

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 休憩を終え町中をのんびりと歩き、最後の切り通し道の坂を登り、下った先に駐車場が広がっている。

ここからでも境内に入ることは出来るが、少し回り込んで正面に向かい小さな石橋を渡り、重厚な造りの仁王門を潜る。

この仁王像は運慶作と伝えられているが、鎌倉時代の作品のほとんどが運慶作と称しているらしく、この像も真意の程は・?である。

 

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石段の手前右手に、天然記念物のカヤとクスノキの古木が聳えている。

この巨木もお大師様のお手植えと伝えられているが、どこの札所でも古木に成ると当たり前のようにこのような伝説がついて回る。

 

その先に緩やかに伸びる階段が有り、登りきると正面に本堂が建っている。

この寺は、地元では別名の小松尾寺で通っているらしい。

本堂前に大きな松が有るからだとも、小松尾山と言う山号に因んだものとも言われている。

 

 

ひたすら市街地を行く

 

67番札所の門前を出て左折、道なりに進み国道377号に出て暫く歩き、その先で右折する。

長閑な町中の道を歩きながら左手を望むと、雲辺寺山が遥か奥に遠ざかっている。

途中大通寺門前の小学校では、下校時と重なり、子供たちと賑やかに挨拶を交わしながらともに歩き、しばし疲れを癒してもらう。

 

 民宿岡田の“名物おやじ”が、間違えやすいので気を付けるようにと言われた変則的な交差点を左折すると、ここからは県道6号線のほぼ一本道で、観音寺の市街地を目指すことに成る。

 

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 途中コンビニを見つけ、一休みする。

観音寺の市街地に向かう県道6号線は、夕方のラッシュが始まったのか車のノロノロ運転が続いている。

そんな途中一台のタクシーが通りかかり、突然後部座席の窓が開き、賑やかな呼び声が聞こえてきた。

雲辺寺の下山道で知り合った女性の三人連れである。メンバーの一人が足を痛めているらしく、歩きながらも所々でタクシーを使うのだと言っていた。

 

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国道11号線を横切り、さらにその先でJR予讃線の踏切を渡り、明治橋と言う小さな橋を渡る。

札所に向かう遍路は左にとる所を、今晩の宿の有る右方向に進むと「大平正芳記念館」があり、そこでは当地出身で内閣総理大臣を務めた氏の蔵書や資料を展示している。

それにしてもこの地にある札所が6869番で、当地出身の内閣総理大臣が6869代と数が同じなのに、何か因縁めいたものを感じずにはいられない。


 

 

名物「やきもち」

 

 県道6号線の市街地を歩く途中、松山自動車道の高架を潜った先で、一軒のお菓子屋さんを見つけ、「名物 やきもち」と書かれた赤い看板に引かれ立ち寄って見た。

 

 一つ求めお金を出そうとすると、「歩きのお遍路さんには接待だからお金はいらない」と言う。

「もともと昔は店先で接待をしていたが、出来なくなって・・。だから立ち寄ってくれたお遍路さんには接待している」と店番の女性が話してくれた。

 

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「名物 やきもち」は、ここらあたりでは名の知れたお菓子らしい。

石手寺の門前にも「やきもち」があったが、それと比べるとここのものはかなり厚みが有る。

もち米を使ってつきあげた餅生地に漉し餡を包み、両側を焦げ目がつく程度に軽く焼き上げている。

一口かじってみると弾力のある餅の食感に、香ばしい焼き味と胡麻の風味が絡んでくる。

たっぷり入った甘すぎない上品な餡も美味しい。冷めてもいける「やきもち」は、アツアツの出来立ての美味しさが偲ばれた。


 



 

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