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旅館「ワカマツヤ」

 

 この日は観音寺市内にある「ワカマツヤ」に宿を取った。一泊二食付き7000円のお遍路パックである。

JRの観音寺駅から10分ほど、次の札所にも近い地元では利用理自慢の宿として知られている。

 

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同一境内に、二つの札所

 

 少し早起きをして6時半過ぎに宿を発ち、琴弾山(58.6m)の麓を目指す。

宿を出て表の通りを歩きその先で左折し、財田川を渡り、門前通り風の細い道をたどると、目の前に20段ばかりの石段とその上に立つ山門が見えて来る

石段の上には「七宝山 神恵院 観音寺」と書かれた仁王門が建っている。

四国の88か所ではただ一か所、68番札所・神恵院と69番札所・観音寺の二つの札所が同一境内に隣接する珍しい札所である。

 

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仁王門を潜ってさらにその先の石段を上がった敷地一帯が69番札所で、右に本堂や鐘楼、左に大師堂が有る。

境内で一際目を引くのが大楠で、幹回りは凡そ2メートルと言われる巨木で、四方に張り巡らした根で周りの地面が盛り上げるほどに堂々と聳え立っている。

 

その大師堂の先を曲がり、さらに石の階段を登るとその中腹一帯が68番で、コンクリート造りの本堂とその手前に大師堂が有る。

順番から言えばこちらから先にお参りすることに成る。

 

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高台にあるここからは、書院の前に広がる巍々園(ぎぎえん)と言う庭園が見下ろせる。

琴弾山を借景に、その斜面を利用した本坊書院の庭園で、石組みと植え込みを中心とした枯山水の回遊式庭園と言う。

何代か前の住職の手に成るものだそうだ。

 

歩き遍路の朝は早く、納経所の開くのを既に二人の遍路が待っていた。この二ヵ所の札所は納経所も共通で、一か所で二つの受印が出来、効率は頗る良くありがたい。筆を持つ人は一人でも、納経料が二か所分必要となることは言うまでもない。

 


 

財田川に沿って

 

 琴弾山を背に、再び来た道を財田川まで引き換えし、東北に向かう。

次の70番札所本山寺までは5キロ弱、凡そ1時間強の行程である。

ここからはしばらく川沿いの道を歩くことに成るが、車道とは完全に分離された遊歩道のような道は、車の心配もなく快適な歩きを楽しむことが出来る。

暫く歩いてJR予讃線のガードを潜り、その先で旧道に出たところで左折し財田川に架かる橋を渡と、門前らしい少し賑やかな通りに出てきた。

 

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五重塔が聳える本山寺

 

70番札所・本山寺の山門が見えてきた。

目にも鮮やかなブルーに塗り込められ、白線を引いた築地塀が何ともモダンな感じのする山門の塀である。

その門の両側には、大きな草鞋が吊り下げられている。

 

境内には五重塔がシンボルのように聳え立っている。

大正時代に再建されたものらしいが、札所の中ではここと善通寺にしかなく、極めて珍しいと言われる

寺院建築では県内で唯一の国宝と言われる平安初期建立の本堂は、五間四方の堂々たるものだ。

四国の祖谷渓から切り出された材木で、大師が一夜にして建立されたとの伝えが有るそうだ。

 

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広々とした境内には、堂宇が配置され、それらを取り囲む樹木や植栽は、良く手入れされている。

そんな中に二頭の馬の像が有るのは、ご本尊が馬頭観音だからだ。

ここには住職の身代わりになった「たち受けの仏」が残されているという。

その昔長宗我部元親が寺へ進駐、それを拒んだ住職が兵に切り殺されてしまった。

その傷を本尊の阿弥陀如来が身代った・・と言うもので、そのため奇禍に驚いた兵が退却し、兵火を逃れたと伝えられているそうだ。

 


 

弥谷山に向けて

 

 山門を出て進路を左にとり門前通りらしい旧道を暫く歩くと、国道11号線に合流し、ここからはしばらくここを歩くことに成る。

車が激しく行きかう道ではあるが、殆どのところで歩道が有るので危うくはない。

途中にはコンビニやスーパーもあるので、休憩がてら立ち寄り、もっぱらガリガリ君を購入しては、かじりながらの歩きである。

 

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 途中、高瀬の辺りで国道を外れ、県道221号線をのんびりと歩く。

旧三野町辺りで県道を外れ、旧道に入りその先で県道48号線を横切ると、「ふれあいパークみの」に向かう急な坂が現れる。

道は結構な勾配で登っていて、前を行くママチャリ遍路も堪らず自転車を降り、押している。

本山寺からここまでは12キロあまり、最後には標高382mの弥谷山の中腹にある71番札所・弥谷寺に向かう登山道が待っている。

 

 

ふれあいパーク・みの

 

 10分ほどで、「ふれあいパークみの」の広い駐車場に到着した。

ここは弥谷寺に向かう登山道の登り口に位置した、天然温泉「大師の湯」や宿泊施設、遊園地「コスモランド」などの総合レジャー施設を兼ね備えた道の駅である。

併設の食堂で、簡単にカレーライスで昼食を済ませ、しばし休憩の後、ここの店員さんから「ここからが本格的な階段登りです」と教えられ、覚悟を決めて寺に向かう。

 

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風流な「俳句茶屋」

 

 71番札所・弥谷寺を目指し、弥谷山に取りかかる。

中世山城跡と言われる「天霧城跡」の看板を横目に、石段を登ると、何とも雰囲気のある「俳句茶屋」があり立ち寄ってみる。

ここは明治30年から続く茶店で、今の店主が三代目となり、既に40年以上になるとか。

店内には遍路の納め札や、俳句を書いた短冊が、所狭しと張られている。

これは、二代目の主人が俳句をする風流人であったからだという。

 

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 室内ではストーブが焚かれていて、女将さんは「この時期でもここは寒いんよ」と言う。

うどん、あめゆ、ところてん、くさだんご、大師のだんごなどで参拝者をもてなしているが、ここでは歩き遍路に限り宿泊することも可能らしい。

支払った代金から10円を割り引いてくれ「お接待です」と言い、二粒の飴玉を添えてくれた。

「霊場開創1200年」に因み、1200人にこのようなお接待を続けると言っていた。

 



 

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