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再び「遍路ころがし」

 

 国分寺の駅前から80番札所に向かう通りに人の姿は無く、閑散としていた。

そんな駅前の通りを外れ左折、これから目の前に立ち塞がる山に向かうことに成る。

畑や住宅が密集する狭い道を抜け、溜池の土手を通り、山に向かうと右手に墓地が広がり、そこから道は登りに転じて行く。

所謂「遍路ころがし」と言われる急坂道の始まりである。

 

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 「もう一息」「あと少し」

登山道を覆う木々に下げられた札に励まされ、時折見下ろす国分寺町の絶景に心は洗われるものの、これらには体力を回復させてくれる効力は残念ながらありはしない。

息を荒げ、やっとの思いで標高380m地点の一本松に到着した。

道路を隔てた向こう側から、十九丁坂を登って来たのであろうか、研修中の中学生の一団と遭遇した。

お互いにエールを交換すると、何となく体力も回復したかのような気になってくる。

 

 これから先は、「遍路ころがし」の途中知り合ったハイカーに教えられた通りここを左折し県道に出る。

左手に陸上自衛隊の演習地を見ながら、アップダウンを繰り返す舗装道をひたすら歩くことになる。

白峰寺までは、4.7キロほど後1時間の行程である。

 

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 車もめったに通らない左右の見通しの良くない県道ではあるが、所々でカーブ道の先などで見える瀬戸内の青い海が、単調なアスファルト道の歩きに変化を付けてくれる。

やがて右手に「かんぽの宿・坂出」が見え、そこを過ぎその先で「お遍路の駅・白峰パークセンター」の建物を左に見て、県道を右に曲がると一の門があり、道は札所に向け下って行く。

ここは五色台の西に位置する白峯(標高336.9m)にある札所である。

 

 

閑静な白峯寺

 

81番・白峯寺の門前に古い石造りの十三重の塔が二基建っている。

源頼朝が崇徳天皇の菩提のため建立したと伝えられる塔で、鎌倉の中期と末期に建立されたものだ。

国の重要文化財に指定されている。

 

札所は杉や檜の古木、老松に覆われた山中に広大な寺域を構えている。

小さな石橋を渡り最初に潜る山門は高麗門形式の塀重門で、棟が七つあるところから「七棟門」と呼ばれている。

護摩堂の前を進むと正面に勅額門があり、ここを入れば崇徳天皇の廟所・頓証寺殿、その裏山には御陵もある。

 

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勅額門の手前、右手の樹木に覆われた石段を登るとそこに本堂、大師堂、行者堂、鐘楼や、境内で一番古い建物と言われる阿弥陀堂などが建ち並んでいる。

 

境内のこの辺りには、カエデなどの紅葉樹の大木も多く、気の早い木が既に赤く色づき初めている。

紅葉の頃はさぞ美しく、鮮やかに彩られるであろう。そんな風情を感じる、閑静な札所である。

 

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SOS・・・

 

 五色台スカイラインは、高松と坂出にまたがり、溶岩台地である五色台と言われる五峰(青峰、赤峰、白峰、黒峰、黄峰の五岳)を結ぶ道路で、その標高は400500m、眼下に備讃瀬戸を見下ろす展望道路である。

 

歩きはじめた今朝方、遥か右手前方の山頂に見えていた五色台の電波塔が、すぐそこに近づいている。

白峯寺を打って1時間余り歩いた峠で短い休憩を取り、これから先はこの五色台スカイラインと書かれた県道を歩くことに成る。

道はヘアピンのような大きなカーブを重ねながら、かなりの勾配を見せているが、登りは丁度そのあたりまでで、そこから先はフラットからやや下りに転じているようだ。

 

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異変はそのサミットの辺りで何の前触れも無く突然襲ってきた。進めていた右足が突然何かに引張られるように縺れ激痛が走った。

ふくらはぎの痙攣、いわゆる「こむら返り」が起き、腰から崩れ落ちるように地に手を着いた。

膝関節を伸ばし、足関節を背屈位にして硬直したふくらはぎの筋群(腓腹筋と言うらしい)を伸ばす。

そんな最中、あろうことか今度は左足まで「こむら返り」を起こしてしまった。痛くてかなわない。

結局大事を取って鬼無からタクシーを呼んだ。

 

 

初めての代参・根来寺

 

「こむら返り」を起こし、呼び寄せたタクシーに乗り込んだものの、ここに来て82番札所・根来寺を打たずに飛ばすわけにもいかず、5分も走らないうちに門前に車を止めてもらったが、車窓から寺の佇まいを見て愕然としてしまった。

 

 堂々たる山門を構え、その先に本堂に向かう参道が延びている。鬱蒼と茂る木立に覆われた参道は一旦下り、その先で再び登ると言う珍しいものだ。平坦な境内なら足を引きずってでも納経をしようと思ったのだが、これではとても歩けそうにない。ここはもう相棒にお願いして代参を願うより仕方がない。

 

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この地は、昔から霊地と言われるところで、そこに香木で観世音像を刻んで安置した。

この香木の根の香が余りにも高いのでそれが寺名になったと伝えられている。

またこの香りが川に流れて香ることから「香川」の県名が付いたともいう由緒ある古刹だ。

 


 

盆栽の町の宿

 

 「随分早い到着ね」「うん、足を痛めたので、タクシーで来た」「それならすぐに風呂の支度をするから・・」

出迎えてくれた女将さんとそんな会話をしながら、痛む足を引きずるようにして、鬼無の駅前に建つ「百百家旅館」に転げ込んだ。

 

 ここ鬼無は、盆栽の町として知られたところである。

その昔、瀬戸内海沿岸に自生する松を鉢に植えて売り出したのが始まりとされる松盆栽は、全国シェアが80%と言われ、今や海外にも輸出される人気だと言う。

この宿の部屋から周りを見ると、松の苗木が植えられた畑や盆栽を並べた広大な庭が見下ろせる。

 

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 この日宿の泊り客は三人、大広間で揃っての夕食が始まった。

残り一人は白峰寺に向かう県道で、「一緒させてもらっていいですか?」「ゆっくりだけど良ければ」「自分も足を痛めているので・・」と追いついて、声を掛けてきた青年だ。

見れば左足のテーピングが痛々しい。痛み止めを飲んだ事も有ると言う足を、心なし引きずるように歩いている。

聞けば今夜は同じ宿に泊まると言う。

素泊まりで予約をしていたらしく「それなら飯付に変更します」と言って、歩きながら電話をしていた。

 

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今日で三十数日、後三日ほどで終わらせたいとここまで歩いて来たと言う。

長年勤めた会社を辞め、何かを求め歩き始めたがここに来ても、それが見つかり満たされない渇きが癒された様子は見受けられず、「終わるのが少し怖いです」と現実への回帰を危惧している様子だ。

この三十代半ばを過ぎたと言う、柔和で人当たりの良い好青年に、何が有ったのか知らないが残された道程で何かを掴んでくれることを願わずにはいられない。

 



 

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