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盆栽の町を後に

 

盆栽の町鬼無で泊まった翌日、83番札所・一宮寺に向けて凡そ6キロの道のりを歩きだす。

鬼無駅を右に見て旧道を道なりに進み、その先で幾つも角を曲がりながら県道176号に出て左折、高松自動車道を潜り、市街地の賑わいを見ながらの道中である。

 

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地獄の釜の音

 

 83番札所・一宮寺は讃岐の国の一宮・田村神社の別当寺で、向かい合ったところに仁王門を構えている。

境内は広く正面に本堂があり、右手前に納経所、その奥が大師堂である。

 

 本堂の前に薬師如来を祀る薬師堂がある。

お堂と言うよりも小さな祠と言った方がぴったりの石造りで、石の扉が付いている。

このお堂は「地獄の釜の煮えたぎる音が聞こえ、悪いことをした人が頭を入れると石の扉が閉まり、抜けなくなる」との言い伝えがあって、昔それを聞いた近所に住む意地の悪いお婆さんが試してみると扉が閉まってしまった。

そこでお婆さんは涙を流し謝り、過去を悔い、心を改めることを約束すると、扉が開いて頭が抜けたと言う。

 

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 到着したばかりの団体が、先達からこんな説明を聞き、この前に一人ずつ跪き、恐る恐る頭を入れている。

誰か扉が閉まるのではと心配して見ていたが、皆善人ばかりのようだ。

頭を抜いて笑顔を見せながら、「うん、聞こえた、聞こえた」と語り合っていた。

誰一人扉が閉まることも無く、ゴボゴボト言う音が聞こえたらしい。

昔この釜の音を某テレビ局が取材に来て収録をして帰ったが、後で聞いてみると音は何も入っていなかったと言う。

そんな逸話の残る不思議な祠である。


 

 

高松市街地を行く

 

 次の札所まで13.6キロ、高松市の中心市街地を抜けて行く。県道172号を歩き高松自動車道を越えた辺りで、国道11号に入る。

行く手には緑も濃い名勝栗林公園の借景である紫雲山が見え始め、右手遥か前方には薄黒く、屋島の山影が町並みの隙間から見え隠れしている。

 

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 途中の瓦町は賑わいの中心地で、さすがここら辺りまで来ると人も車も多く、デパート、スーパーや色々な食事処、商店が軒を連ねている。中でも、うどん屋の賑わいには目を見張るものがある。

丁度昼時と言う事も有るが、どこも多くの客で込み合っていて、さすが「うどん県」を自負するだけのことはある。

 

 

屋島のケーブルと駅

 

 その昔、屋島に登る足と言えば「屋島ケーブル」であった。

昭和の初めに開業をし、その歴史と共に歩み、唯一の登山手段として活躍をしていたが、ドライブウェイが開通すると客足が途絶え、営業不振から終に平成16年に廃止された。

今ではJRと琴電の屋島駅前から出るシャトルバスが、山上までその代行を務めている。

 

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 そのケーブルの玄関口が、琴電屋島駅である。

昭和の初期、ケーブルと共に屋島観光を支えた駅であるが、今では無人となっている。

駅舎は昭和4年に建てられたもので、軒の出が浅い緩い勾配のスレート屋根、出入りの無い平面的な外壁、切り込まれた縦長の窓、モダンな印象は完全なシンメトリーだ。

ここは名駅舎の誉れも高く、平成21年には経産省から、近代化産業遺産に認定されている。

 

 

町のシンボル屋島の札所

 

84番札所・屋島寺は、市のシンボルとも言える屋島の山上に建っている。

その屋島は高松市の東北に位置する、海に突き出た文字通り屋根のような形をした島である。

江戸時代に埋め立てられ陸続きとなったが、今では相引川で唯一陸地と引き離され、島であったその面影を留めている。

 

島は標高293mの南北二つの峰にわかれていて、その間は細い尾根で結ばれている。

山頂付近は平らで開け、屋島寺はその南嶺にある。

島全体が観光地で、ドライブウェイの登り口には四国民家博物館や屋島神社が、山頂には水族館等がある。

また、周りには源平合戦を偲ぶ数々の史跡も有り、国の史跡・天然記念物に指定されている。

 

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そんな屋島を登る登山道は、石畳や舗装された階段等、全体がよく整備された歩きやすい道で、途中には大師ゆかりの「加持水」や「不喰梨」の旧跡もあり、地元の人々の散歩道ともなっている。

 

 屋島寺の境内は広く開放的で、堂々とした伽藍配置を見せている。

山門を潜ると四天王を安置する中の門があり、それを潜ると正面に朱塗りの柱も鮮やかな本堂が建ち、その右に大師堂や千躰堂、三躰堂が並び、左手には立派な宝物館が建っていて、世に名高い源平合戦所縁の品などを展示している。

 

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 山門の横から、本坊の前を通り、お土産物屋さんが軒を連ねる一角を抜けると、「獅子の霊巌」と呼ばれる眺望地に出る。

ここは眼下に高松の市街地が広がり、五色台や瀬戸内海に浮かぶ瀬戸大橋などが見渡せ、中々の絶景である。

名物は「かわら投げ」で、源平合戦で勝った源氏の兵士が陣笠を投げて勝鬨を上げたことに因んでいるのだとか。

 

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屋島を後に牟礼の町を抜ける

 

 屋島の麓で宿を取った翌日、源平戦史跡の石標などを横目に引田川に沿って町中を歩き、牟礼の町に入ってきた。

ここは牟礼石が知られた町で、遍路道沿いでも幾つかの石屋さんを目にすることが出来る。

四国遍路初めてのガイドブックとも言われる「四国遍礼道指南」の著者である「真念」の墓があると言う洲崎寺を右に見て、ゆるく坂を上るころには屋島が随分と遠のき、見事なその全容を見せてくれる。

 

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 細い道を緩く上っていくと、昔から遍路宿として知られた「旅館 高柳」が有り、更に上ると道はやがて広い駐車場とともにある八栗ケーブルの乗り場に行き当たる。

その建物の横には大きな鳥居が建ち、それを潜ると八栗寺への参道が延びている。

 

 

寅さんの愛した「よもぎ餅」

 

 暫く登ると左手に「よもぎ餅の本家」の看板を掲げる茶店がある。

ここは近頃ではテレビなどでも取り上げられる有名店で、百年以上も続き今の店主が三代目と言う老舗である。

売りは何と言っても近くの山で摘んだ新鮮なヨモギと、地元産に拘った米ともち米を合わせた粉で作った餅生地だ。

「出来立てを味わってほしいから・・・」と作り置きはせず、注文を聞いてから一つずつ餡を包んで丸めてくれる。

 

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 手に取ると、柔らかなお餅の食感が何とも優しい。一口頬張ると、きな粉の香ばしさ、餡の甘さ、ヨモギの僅かな苦味が口いっぱいに広がり、その頃合いが良く、得も言われぬ美味しさである。

「男はつらいよ・寅次郎の縁談」で香川ロケの際、わざわざ寅さんが食べに来たと言う。「寅さん、その日調子がすごく悪くて・・、それでもここに座って食べて行ったよ」「みんなあやかって、そこに座って食べながら写真を撮っていく」

 

奥で電話の呼び出し音が鳴り、話が中断した。どうやら大きな団体が到着を前にして、「よもぎ餅」の予約をしているようだ。

もっと寅さんの話を聞きたかったが、電話はなかなか終わりそうにない。

 


 

五剣山と八栗寺

 

五剣山の名は、五つの峰が剣の尖のように聳え立っていることに由来する。

しかし今では、一峰が豪雨や地震で崩れ、半分ほどになりさしずめ4剣半と言ったところか。

85番札所・八栗寺は背後に圧倒的な迫力で聳え立つ、そんな五剣山に守られるよう建っている。

 

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 仁王門を潜るとそこに境内が広がっている。

岩峰群を背に本堂が建ち、左には弘法大師作と伝わる歓喜天を祀る立派な聖天堂がある。

聖天尊は、商売繁盛の仏様らしく、商業を営む人々の信仰を集めていて、そんな事も有ってか、境内には遍路や団体のみならず、観光地並みに家族連れの参拝も多いようだ。

内陣ではこの日、霊場開場1200年記念事業として「招福ぜんざい」のお接待が行われる。

 

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 本堂前を右手、ケーブル駅の方に進むと大師堂や朱塗りも鮮やかな多宝塔などが、巨木と岩肌に隠れるように並び建っている。

そこに向かう参詣道の途中に何故か、天津甘栗を売る屋台が一軒だけ店を広げ、香ばしい匂いを辺りに振りまいていた。

その栗が寺号に因んでいるのかどうかは定かではない。

 



 

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