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結願への道

 

 87番から88番に至るルートは、長尾の町から途中川原の庵・宝政寺などを経て前山までは約5キロで、ゆるく上るほぼ一本道で、ほかに選択の余地も無く、迷う心配はない。

前山にはダムが有り周辺は公園になっているが、ここから結願寺までのルートは幾つもある。

 

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 一番距離の短いのが前山ダムの堰堤を通り来栖渓谷を経由するルートで、次がダム湖の縁から多和神社を経由するルートだ。

この二つは途中太郎兵衛館跡で合流し、その先で女体山を越えて行き、何れも7キロ弱だが、健脚向きだ。

途中に聳える女体山は774mほどの山で、山としてはさほど高くはないが、岩をよじ登る難所が何か所かあり、雨降り等天候の悪い時には歩き辛く厳しい山らしい。

 

 距離が一番長くなるが、無難なのが県道3号から国道377号を辿るルートで、その距離は11.5キロほどとなる。

次がほぼこのルートに沿っていく旧道である。

距離的にはほとんど変わりないが、途中「花折」と「額」と言う二つの峠を越えて行く道で、これこそが本来の遍路道だそうだ。

 

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 これらの結願に向かうルートについて、一部では悪戯に厳しい山越えを歩かせる女体山のルートを否定する声も有るようだ。

危険すぎると言う事だ。実際、悪路故に年に何件かの滑落事故も起きているらしい。

しかしその一方ではここまで頑張ってきたのだから、最後にもうひと踏ん張りと、あえて厳しいルートを選択する人もいる。

 

この日長尾の町からひたすら県道3号線を緩く上りながら歩き続けてきた。

1時間ほど歩いたところで山が迫った前方の狭間に、巨大なコンクリート製のダムが見えてきた。

 

 

お遍路交流サロン

 

鴨部川を堰き止めた前山ダムで、そのダム湖を回った先に「前山おへんろ交流サロン」がある。

ここはNPO法人「遍路とおもてなしナットワーク」が運営する、文字通り遍路とそのおもてなし文化に貢献している人々の集うサロンであるが、誰もが立ち寄れる場所であることに変わりはない。

 

ここではお茶やお菓子の接待も有り、歩き遍路や自転車遍路には、自己申告すれば「遍路大使任命書」、或は「自転車遍路大使任命書」を授与してくれる。

このサロンが88番の手前にあるので、正確には結願を見込める人と言う事になるのだが、任命書と合わせて記念のピンバッヂも頂ける。

 


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 結願寺へのルートは幾つもあるので、その一つの女体山を目指す場合はここの手前のダム堰堤道を辿るし、旧遍路道を歩く遍路はサロンの手前で右に折れて行くのでここに立ち寄ることは無い。

前を通っても立ち寄らない遍路もいるだろうから、すべての歩き遍路・自転車遍路が「大使任命書」の授与を受けるわけでは無い。

従ってすべての歩き・自転車遍路の数が正確に把握されているわけでは無いが、ここに立ち寄る遍路は、毎年3000前後の人数を数え、その男女比率は凡そ3対1だそうだ。

 

 

カウントダウン

 

無難な選択をし歩き続ける県道3号ではあるが、所々で歩道のない部分もあり、行きかう車に肝を冷やされることが度々ある。

何処かで大型の土木工事でも行われているのか、ダンプカーなど大型車両の行き来が多く、しかも結構なスピードで通り過ぎて行くので危なくって仕方ない。途中であった地元の御婦人も「危なくって仕方ない」とこぼしていた。

 

 「前山おへんろ交流サロン」とその前にある道の駅ですっかり寛ぎ、8時半過ぎに結願寺に向け、いよいよ歩き始めた。

ダム湖が出来、水没を免れるため移設された女体山・女体宮の一の鳥居を見て、1時間ほど歩く。

途中で額峠を越えるあたりに、大窪寺までは六十五丁(約7Km)の標識が立っている

 

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時間に余裕も有るので、途中立ち寄りを楽しみにしていた助光で脇道に少しそれたところにある「細川家住宅」ではあるが、生憎工事中で見学が出来ないと立て看板が告げていた。

昭和41年にこの地区の民族調査で発見され、この地方の特色を持つ民家として認められた江戸時代中期の建物らしく、国の重要文化財に指定されている。

 

 多和の集落では、少子化の為閉校になった多和小学校跡で、地元の活性策として産直市が開かれている。

その教室跡ではどぶろくを仕込み、販売も行っているらしいが、生憎と今日は平日で開かれてはいず、閑散としていた。

 

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県道3号線から国道377号に入る辺りの竹屋敷口に三十丁石が有った。

凡そ250年前に建てられたものらしく、いよいよ残りも3.3Kmと結願が近づいてきた。

そこから1時間余り歩くと、前方に大窪トンネルが見えてきた。

その手前を左に入れば、大きな駐車場が左手にあり、そこを過ぎれば結願の寺はすぐそこである。

 

 ここまで一歩、一歩、又一歩と歩を進めてきた。しかしここまで来ても不思議と特別な感動が湧いてこない。

何回かに分けた区切り打ちのせいなのか、「あぁ、着いた・・・」そんな安堵があるだけで、何か冷めたような気持で前方に聳え立つ巨大な山門を眺めている。

 


 

結願所・大窪寺

 

 長尾寺から15キロ、結願の寺に到着した。

両側に「四国霊場 結願所」「医王山 大窪寺」の石柱の立つ参道を進み、まだ新しそうな、巨大な山門を潜る。

聞けばこの山門、平成2年に完成した鉄筋コンクリート造りだそうだ。

 

結願所・88番札所大窪寺は、巨岩の目立つ矢筈山(782m)を背にして、その東側に広大な寺域を構え、緑豊かな境内に堂々たる堂宇を連ねている。さすがに結願所だけあって、観光客なども多く、参拝者で賑わっていた。

 

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しかし後で知ったことだが元々の山門は、ここではなく門前に並ぶ茶店を見ながら、その角を曲がって南側から入る、石段を登った先にある梵鐘の下がった二天門だそうだ。

ここは苔むした石垣の間の石段で、周りを杉や楓の巨木が覆っていて、その風情は古寺そのものである。

石段をさらに登れば正面が本堂で、右に大師堂、左に阿弥陀堂や納経所を従えている。

 

 納経所の女性に金剛杖の奉納を問うと、「高野山に持っていかはったらどうですか。その後お床にでも飾らはったらよろしいのでは・・・」と京言葉にも似た、はんなりとした言葉使いでやんわりと断られてしまった。

かつては、回り終えた遍路が奉納した金剛杖や菅笠、松葉杖やコルセット・ギブス、女性の髪の毛などが奉納されていたらしいが、今では境内の「寶杖堂」におさめるのは金剛杖のみである。

 

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 お参りを済ませ、納経帳の最後の一ページに朱印を頂くと、さすがに回り終えたのだと言う実感もわいてくる。

ここでは有料(2,000円)ではあるが頼めば「結願の証」を発行してくれる。

 



 

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