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死霊の集う山・弥谷寺

 

71番札所・弥谷寺を目指し、弥谷山に取りかかり途中で山門を潜る。

夥しい数の石仏を見ながら山肌に沿って石段をジグザグにうんざりするほど上詰めると、そこには銅製の大きな菩薩像が建っている。

ホッとするのもつかの間、その先には、さらに追い打ちをかけるように百八段の鉄製の「煩悩階段」が待っていた。

上がった先でようやく大師堂が現れるが、本堂は更に先で、坂道や石段を経た200m先の山上にある。

 

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鐘楼、観音堂、護摩堂を過ぎると水場と、右手の岩肌にかなり風化の進んだ磨崖仏が見える。

古い墓や、死者の遺品を収めた穴の並んだ石段を登った先に、ようやく本堂が現れる。

登り口から本堂までの階段は、640余段と言い、それは88ケ寺の中では第一の数である。

そんな「死霊の集う山」と言われる境内は幽暗で、神秘的な独特の雰囲気が漂っている。

 

本堂から下りてくると大師堂は大岩にへばり付くように建っている。そこは靴を脱いで上がることに成り、畳敷きの堂内に上がると、左手に納経所がある。須弥壇の後ろが洞窟に成っていて、大師が真言密教を修したところだと言う。

 

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 お寺のもつ雰囲気とは裏腹に、弥谷寺本堂からの眺めは素晴らしい。

視界が良ければ、讃岐・阿波はもとより瀬戸内海を挟んで備前・備後や安芸の国まで一望に見渡せるという。

この日は、薄いフィルターを通したような春の霞がかかっていた。

それでも暖かな陽光を受け、新緑の芽吹いた山並みの中を高松自動車道が走り抜け、周辺の三豊の町並みが見事なまでに見下ろせた。



 

最短距離の札所

 

 石段を下り、境内からそのまま地続きの山道に分け入る。

次の72番札所・曼荼羅寺まではおよそ4キロの道程である。

急な山道を登り、峠を越えその先で竹林の中を緩やかに下っていく道は、足元が柔らかく歩きやすい。

 

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 暫く下ると辺りの視界が開け、その先で弥谷寺の本堂前から見下ろした高松自動車道を潜る。

大池の横を抜け国道11号線に出て左折、暫く歩いて県道48号線に入り、長閑な田畑と住宅地の道を歩くとやがて広い辻に出る。

ここを右に行くと73番、左にとると72番で、ここでは右に行くのがルート上便利が良いとも言われている。

 

 駐車場の脇にうどん屋さんが有り、「歩きお遍路さんのみ 讃岐うどん お接待いたします」との看板を掲げていた。

中を覗くと二人ほどお接待を受けている様子だ。

 

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曼荼羅寺

 

 ルート上ではこの辻を右に折れ、先に73番を打つ方が便利が良いらしいが、ここは順番にあえて拘り左に進路を取りしばらくして、72番札所・曼荼羅寺に到着した。

 

山門を潜ると正面に本堂、右に本坊、左手が大師堂と鐘楼が、整然と纏まって配置されている。

境内直ぐ右手に昔は「不老松」と呼ばれる大師お手植えと伝わる古木が有ったらしいが、今は枯れて、その場所にしだれ桜が植えられていた。境内には西行法師にまつわる「笠掛松」や「昼寝石」の遺跡も有る。

 

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捨身ガ嶽禅定と出釈迦寺

 

 再び辻に戻り、だらだらとした上り坂を数百メートル程登ると、73番札所・出釈迦寺の石段が見えて来る。

この距離の短さは、二つの札所間では88か所の中でも最短である。

 

参道から境内にかけては、何もかもが新しくなったような明るい感じの札所である。

干支別守り本尊の前をさらに進み、石段を登るとそこに山門を構えていて、それを潜ると境内である。

 

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ここには往復で1時間以上はかかる、捨身ガ嶽禅定と呼ばれる断崖の行場が有り、そこは鎖で登る難所らしい。

大師が7歳の折、「我が願い成就するならば・・・」と身を投げたところ、崖の下に紫雲が沸き起こり、突然現れた天女(釈迦牟尼仏)の羽衣に抱き留められたと言う伝説の地である。

 

 

甲山寺へ

 


74番札所・甲山寺までは凡そ2.2キロ、30分ほどである。

畑の麦は黄金色に輝き、風を受けさらさらと揺れている。こんな田畑を貫く農道のような道は車も来なくて、歩きには快適である。

やがて前方に山と言うより、小さな丘のような緑の塊が見えて来る。標高87mの甲山だ。

その麓、向こう側に回り込んだところに74番札所・甲山寺がある。

 

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この寺は大師が幼いころ、愛犬を連れて遊びまわられた場であったと伝わる地に立っている。

73番からの順路を辿ると、丁度裏門から境内に入ることになるので、少し回り込み山門に向かう。

山門を入ると正面に本堂、左に大師堂、右に本坊が有り、その奥に毘沙門天がある。

 

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大師生誕の地に向けて

 

 甲山寺から次の札所までは凡そ1.5キロ、善通寺の町中に向かうことに成る。

養護学校や看護学校、医療センターなど立派な建物が建ち並ぶ一帯を通り過ぎ、門前らしい風情のある狭い通りに入って来た。

どうやら旧金毘羅街道の一部らしい。

 

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 そんな通りで何やら昭和の懐かしい香りのするお店に、子供たちが群がっている。

「本家 かたパン」の看板を掲げていたので、店を覗いてみる。

昔ながらのガラスが嵌った木製のケースがあり、そこにはかたぱん、石ぱん、角ぱんと書かれているがどのケースも中はから。

店番の女性に聞くと「売り切れてしまって・・・」と申し訳なさそうに言う。

 

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 その先に善通寺の松林が見えてきた。さすがに周辺には人が多い。

遍路も多いが、一般の観光客風の人も多いようで、それに混じり、近所の人々も散歩や憩いの場としているらしい。

さすがに大師の誕生寺と言われるだけあって、この賑わいようは今までの札所では見られない光景だ。

75番札所・善通寺は広大で、境内は東院と西院に分かれていて、そこに至る間には塔頭寺院が有り、その前には土産物を売る店も並んでいる。

 


 

第一の霊刹・善通寺

 

 大きなお寺である。

孤独な歩みを続けてきた歩きの遍路は、いきなりの人混みに出くわし、広い境内の諸堂を見てどこからお参りすれば良いのか解らず、戸惑ってしまうほどのものである。

それもそのはず四国88か所中第一の霊刹、真言宗善通寺派の75番札所・五岳山誕生院総本山・善通寺は、弘法大師生誕の地と言われる地に立つ巨刹である。大師の父・佐伯善通が寄進した地に立つことから寺号を善通寺という。

 

 寺域は広大で、道路を挟んで左手が東院、右手が西院と言われている。

左手の東院は南に大門を構え、東の赤門、西の中門に囲まれた広大な寺域を擁し、その中には金堂(本堂)、五重塔、常行堂などの諸堂が立ち、伽藍と呼ばれている。

 

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 本堂は七間四面の大堂で、さすがの風格が感じられる。

聳え立つ塔は、戦災や落雷で焼け、今のものは江戸末期頃に再建されたものらしいが、高さが46mも有る。

これは、全国でも有数の塔で、善通寺のシンボルでもある。

 

一方西院は、誕生院とも呼ばれ、仁王門を潜ると絵馬を掲げた回廊が有り、その先が御影堂である。

その奥に産湯井が有り、この地がお大師生誕の地と伝えられているとか。

この御影堂の地下には、一周約100mの戒壇めぐりが有るという。

 

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