コンテンツ

ホーム

サイト紹介

はれのくに

の旅

鉄の旅岡山

遍路歩き旅

海外旅行

統こけし

マイブログ

雰囲気のある旧街道

 

ここら辺りの街道筋から余り遠くない一帯には、墓山古墳や日本武尊の白鳥陵、清寧天皇陵なの古墳群があり、周辺には神社・旧跡などが連なっている。道路脇にも何か曰くの有りそうな古い石の標が幾つもあり、案内サインも充実している。通りを行く車はさほど多くはないので、古街道歩きが楽しくなるような道だ。

 

6060351.JPG

6060352.JPG

5120.JPG

 

6060353.JPG

6060361.JPG

5124.JPG

 

6060362.JPG

5126.JPG

5127.JPG

 

5128.JPG

5130.JPG

5131.JPG

 

6060363.JPG

5136.JPG

5137.JPG

 


 

富田林の寺内町

 

街道は富田林の寺内町に入って来た。

寺内町とはお寺を中心に畑屋敷、町割りなどを整備し、周囲に土居を廻らした自治的都市特権を得た町のことだ。

町内は領主が無税と制定するため、商人が集まり、自由市場が形成され、豪商が集まる商業都市として成長した。

高野街道と富田林街道が交わり、交通の要衝であったこの地には、興正寺別院を中心として永禄年間の初頭に造られたと言い、当時の面影を最もよく残しているのがここ富田林だと言われている。

 

5140.JPG

5143.JPG

5142.JPG

 

6060401.JPG

6060402.JPG

6060403.JPG

 

5149.JPG

5150.JPG

6060411.JPG

 

6060412.JPG

6060413.JPG

5154.JPG

 

6060421.JPG

6060422.JPG

6060423.JPG

 

6060431.JPG

5161.JPG

5162.JPG

 

6060432.JPG

6060433.JPG

5165.JPG

 

 近世以降、南河内の一大商業地として発展し、酒屋、米屋、紺屋、鍛冶屋など江戸時代の町屋30棟余りが、当時の六筋七町の町割りに残されていて、この辺り一帯が国の伝統的建造物群保存地区に指定されている。

 

 規則的に割られた道筋に建つ屋敷群は、堂々とした大屋根を持つ低い家並みで、重厚感が有りそれが見事で、板塀や、千本格子、出窓などの構えはどの家もシックで落ち着いた佇まいを見せている。

代表的なものが旧杉山家、仲村家などで、文化財的な価値が高い最古級の町や建築である。

 

6060441.JPG

6060442.JPG

6060443.JPG

 

 ここに至る街道から所々で見かけ、この古い町並みの通りからも時々姿を見せる白い塔は、観光案内板によると「PL大平和祈念塔」と言うものらしく、これも富田林を象徴する建造物であるらしい。

 


 

錦織一里塚

 

 富田林の町中を抜け、川西駅で近鉄線の高架線を潜り、旧道に入り近鉄線を見ながら進む道である。

ここ河内平野は、左手遥かに金剛山地を望みながらの街道が続いている。

あの山を越えれば大和の国である。

 

6060501.JPG

5167.JPG

6060502.JPG

 

5170.JPG

6060503.JPG

5171.JPG

 

6060511.JPG

5175.JPG

6060512.JPG

 

滝谷不動駅前に下りてきた。日本三大不動の一つと言われ、目の神様として信仰を集める滝谷不動尊への最寄り駅である。

毎月28日の例祭には、大勢の参拝客で賑わうと言う。

ここで駅前に喫茶店を見つけ、少し早いが昼食を済ませることにする。

四国を歩き、何度も昼食を食いそびれているだけに、見つければ時間に関係なくと学習してきているだけにここは全く迷いもない。

 

6060513.JPG

5177.JPG

5178.JPG

 

5179.JPG

5180.JPG

5181.JPG

 

 駅前から旧道を暫く歩き、錦部小学校の先で国道170号に合流する。

暫く進むと、左手前方に大きな温泉マークの看板を掲げた建物の丁度前あたりの道路沿いに、一辺が9メートル四方の台地状にこんもりと盛り上がった土地が有る。

 

6060521.JPG

6060522.JPG

6060523.JPG

 

説明板には「錦織一里塚」と書かれている。

数本の木が植わり、石碑が建てられていて、その奥に古い宝篋印塔も残されている。元々街道の両側に各一基築かれていたもので、頂には一本松が植えられていたと言う。不完全ながら、一里塚が一対で残っているのは府下ではここだけのことらしい。

 

更に道なりに行くとこの先には近鉄の汐ノ宮駅が有り、道は富田林から河内長野に入って来た。

東高野街道の終結地点であり、高野街道の起点でもある場所がいよいよ近づいてきた。

 



 

| ホーム | 遍路歩き旅 | このページの先頭 |

 

(c)2010 Sudare-M, All Rights Reserved.

 

inserted by FC2 system