誘われて

写真と文でつづる旅の思い出

 

 

 

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鉄の旅 岡山で途中下車を楽しむ

 

 

 

■ ■ 伯備線(倉敷〜新郷) ■ ■

 

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(写真:備中高梁・松山城)

 

伯備線は山陽本線の「倉敷」から、岡山県を縦断し山陰本線の「伯耆大山」までの間を138.4Km28駅で結ぶ路線である。

県内では「新郷」が最北の駅となり、この間に18の駅がある。

途中「清音」では第三セクターの井原鉄道線と、「総社」では吉備線と接続している。

 

山陽側では普通列車の殆どが「岡山」から山陽本線を行き、「倉敷」から伯備線に入り途中の「備中高梁」に向かうが、そのうちほぼ1時間に1本が「新見」まで運転されている。

ここは山陰と山陽を結ぶ陰陽の結節点的な駅になっていて、鳥取方面へは乗り換えとなるが、その本数は山陽側と比べるとおよそ23時間に1本と極めて少なくなる。

 

 陰陽連絡線らしく全線の電化がなされていて、「特急・やくも」が1時間間隔で15往復程度ある。

また人気の寝台列車「サンライズ出雲」が、「岡山」で「サンライズ瀬戸」と切り離された後、「倉敷」を経て伯備線に入り、「備中高梁」「新見」に停車し、その先で「伯耆大山」から山陰本線を経て「出雲市」まで運行している。

 

 山陽側では高梁川水系に、分水嶺を超えた山陰側では日野川水系の蛇行する流れに沿うように進む。

そのため山間部に入ると車窓からは、切り立った山肌、奇岩怪石の渓谷、原風景のような里山など美しい景観を楽しむことが出来る。

特に遅い春を迎える新緑や、晩秋の紅葉の頃は美しい。また雪景色なども一幅の水墨画を見るようで素晴らしい。

 

 県境に近い「布原」から「備中神代」に掛かるあたりは、かつては阿哲峡の景観と、難所に挑む三重連の蒸気機関車の撮影スポットとして知られ、多くのカメラマンや鉄道ファンが押し掛けたところでもある。

今でもこのあたりは人家もまばらな緑も濃い山の中で、そんな地を行く沿線や、ポッンと佇む小さな駅の風景が秘境感漂うと人気の路線でもある。

 

 

■写真・旅行記はこちら

 

→ もじゃもじゃ頭で、よれよれの着物、折れ目のない袴 男が駅に降り立った。そのモデルとなった駅がここ・・・

→ 江戸時代に入り武家諸法度により城の新築が禁止され 幾重にも石垣を築き、そこにぐるりと白壁を廻らせ・・・

→ この駅の有る村の貧しい農家で一人の男子が誕生した 幼いころから神童と呼ばれ五歳になると親元を離れ・・・

→ 武士の代官による年貢の取り立てが厳しく、農民たち 反感を買い、荘園の見回り中谷内の地で暗殺されて・・・

→ 駅周辺は山また山で何もなくせせらぎが静かに聞こえ 僅かな畑では飼牛が草を食み、そんな長閑な駅は・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

■ ■ 古代吉備の国 浪漫の地 吉備線(桃太郎線 岡山〜総社) ■ ■

 

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(写真:吉備路・備中国分寺)

 

1904年に私鉄の中国鉄道として開業したのがその始まりで、岡山県内でこれは津山線に次ぐ古さであり、2014年には開業110周年を迎え、賑やかに記念のイベントが繰り広げられた。

僅か20.4Km10駅ほどの短い路線は非電化の単線で、各駅停車しか走らない、それが「吉備線」である。

 

岡山市と総社市を結ぶ沿線各地は、宅地開発も進み、人口が増加し岡山市のベットタウン化が進んでいる。

また高校・大学や、病院・スーパーなどの立地も多く、朝夕は通勤通学の乗客で混み合っているが、現在は朝夕のピーク時は23本あるものの、日中は12本程度で便利の良い路線とは言い難い。

 

 そんな吉備線では今、LRT化の検討が進められている。

電化し、駅数を増やし、全駅のホームをバリアフリー化し、ピーク時は6本、非ピーク時でも4本の運行を確保し、沿線住民の利便性を高め、乗客数を増やそうとの目論見である。

 

また、沿線一帯は古代に栄えた「吉備の国」の中心であったとされる地域で、周辺一帯は「吉備路」と言われている。

ミステリアスな遺跡や巨大な古墳群、歴史ある神社仏閣を初め、城跡、江戸時代の町並みなど多彩で歴史ロマンを感じさせる。

春の花、夏の新緑、秋の紅葉などの四季折々に美しい名所も多く、ここは県下を訪れる年間の観光客数では、常にベスト5に入るほど知名度も高い。「吉備線」はそんな地域を東西に横断する。

 

こんな「吉備線」に「桃太郎線」と言う愛称が付けられ、路線記号は「U」、イメージカラーは「ピンク」と決まり、20164月から運用が始まっている。これは桃太郎伝説のモデルとされる吉備津彦命にまつわる場所や、沿線に史跡が多いこと、「吉備路」と言う県下でも有数の観光資源があることなどが考慮されてのことだという。

 

 

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→ この石は弧状の文様が線彫りで前面を覆う 広く一般に知られるようになると、弥生式墳丘墓ではないかと・・・

→ 太古より神体山神奈備山として崇められて 古代の人々の落胆、屈辱感はいかばかりであったのか想像には・・・

→ 主家の安泰と部下五千の命が助かるならと 酒肴で宴を張り舞を舞い、辞世を残し46歳の生涯を自らの手で・・・

→ 明治以降、各地で急速に失われた城下町の 町人町の風情を今なお色濃く残す、江戸時代の伝統的な間口の・・・

→ 朝廷が朝鮮半島の百済軍救援の為出兵した 畏れた朝廷は、西日本各地に12カ所もの朝鮮式山城を築城した・・・

→ 落ちた涙で床に、ネズミの絵を描き続けた その後京に上り、更に中国に渡り禅と絵の勉強に励み、終には・・・

 

 

 

 

 

 

■ ■ スローな旅がいい・因美線(津山・東津山〜美作河井) ■ ■

 

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(写真:美作滝尾駅)

 

車窓を流れる景色が、右に左に、前に後ろにとユックリ、ユッタリと変化する。

時にどこかに姿を消したかと思うと、突然思いがけない方向に再びその姿を現す。

それは車窓を見つめる乗客と、沿線の海や山や川や町並みが、まるでかくれんぼを楽しんでいるようだ。

 

因美線は姫新線の東津山と鳥取70.8km19駅で結ぶ路線で、その内岡山県内には6つの駅がある。

旧国名の因幡と美作を結ぶことから名付けられた。

かつて山陽方面からは津山線・姫新線と津山で接続し、そこからこの因美線が山陰に向かう主要な連絡線として「伯耆」や「砂丘」などの優等列車も走った。昭和30年代には、四国連絡の宇野から岡山を経由して、鳥取とを結ぶ準急「砂丘」が走り、関西方面からは姫新線周りの「みさき」が大阪と結んでいた時期もあったようだ。

 

 平成6年に山陽本線の上郡と、因美線の智頭の間に三セクの智頭急行線が開通すると、「スーパーはくと」や「スーパーいなば」など、関西方面からの特急列車はショートカットするように、すべてがこの智頭急行線を経由し山陰に向かうようになった。

その結果鳥取と智頭の間では辛うじて陰陽連絡の機能を保ち面目を残したものの、津山と智頭間では優等列車は皆無になってしまった。

それどころか、この間では普通列車の本数も極めて少なく、全くのローカル線に成り下がっている。

 

 しかし、捨てる神あれば、拾う神ありだ。

ゆったりとした車窓風景や、取り残された駅舎や橋梁、鉄道施設などの遺産が地元の観光と結びつき、沿線はひそかな人気を呼んでいる。

岡山県下を走るJR線の中でも因美線は、正真正銘折り紙付きのスローなローカル線である。

 

 

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→ ホルモンうどんとはこの地方では古くから 放るもん=ホルモンと言われ、その処分は持て余していた・・・

→ ホームに沿って桜の古木が何本も植えられ めったにやってこない列車とのツーショットが人気で・・・

→ 秘境駅とは例えば深い山々に囲まれた山中とか 憧れの存在であり、他人がめったに行けないだけに先んじて・・・

→ 県道6号と加茂川を同時に跨ぐこの橋梁は その橋脚は円筒形で高さが20m、石張りされた幾何学模様が・・・

→ 最後に残ったのがこのトンネル区間であった 地質の大部分が固い花崗岩であったことから、トンネル工事は

 

 

 

 

 

 

■ ■ 日本を貫く大動脈の一つ・山陽本線(三石〜笠岡) ■ ■

 

 

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(写真:JR岡山駅前)

 

 

 山陽本線は瀬戸内海に沿って兵庫県の神戸から、岡山・広島・山口の各県を通り、関門海峡をトンネルで抜け福岡県の門司まで至る537.1Kmにも及ぶ長大な路線である。

東北本線から始り東海道本線を経て更に本州を西に引き継ぐ、日本を貫く動脈とも言える大幹線路を構成する一つである。

 

 幹線とは言え九州への特急列車や寝台特急など、かつての花形列車が廃止された今では、山陽本線を走る寝台特急は、東京発のサンライズ号のみで、これとて岡山で出雲号と瀬戸号に分離され山陰と四国に向かうので、岡山以西を走る寝台列車は皆無となってしまった。

特急列車も同様で、本線を通して走る長距離のものは無く、「はまかぜ」「スーパーいなば」「スーパーはくと」などが、僅かに関西圏などの一部の路線を通り過ぎるのみである。

 

 起点の神戸駅は面白いことに、ここを始発着とする列車は一本も無く、東海道本線などから連続運行される列車の途中駅に過ぎない。

それらは主に姫路・相生などの間で新快速、快速などとして運行され、中京圏と関西圏をスピーディに結んでいる。

姫路・相生から岡山の間は、一転ローカル色の強い路線となり、岡山から西は広島との間に区間運転の列車が多くなる。

このように今日では中長距離輸送は、並走する新幹線や、競合する航空機に委ね、本線は沿線それぞれの都市圏における近距離の地域輸送が主体のダイヤ編成となっている。

 

 山陽本線は岡山県内では、三石から笠岡までの90Kmほどで、本線124駅のうちこの間に21の駅が有る。

路線が瀬戸内海に沿っているとは言え、岡山県下では内陸部を走るため、車窓から海を望むことは殆ど無く、西部の笠岡辺りで入り込んだ水道を僅かに目にするのみである。

 

 

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 義を見てせざるは 勇無きと 急いで駆けつけるもその時すでに遅く、一行は美作街道から院庄に入り、作戦は・・・

 古代吉備の国の東の隈に有る 日本のピラミッドだ、墳墓だ、宗教儀式の施設だなどと、謎の建造物として議論を呼んだ・・・

 日本で唯一曲がった鉄橋と 測量ミスなどと汚名を着せられ、面白可笑しく語られたりもしたが、実際のところは・・・

 つて岡山駅の西に旧国鉄時代の 取り扱い車両は一日当たり5000車両にも及び、全国でも屈指の操車場としてその使命を・・・

 まあ靴でも脱いで座れ 話せば 語り聞かそうとしたが、問答無用とばかりに発射された銃弾に瀕死の怪我を負った・・・

 幕府直轄地のため町民を支配する 商家などの旦那衆などによる自治が進み、結果独自の文化が育まれ花開いたと言われ・・・

 町内では最も歴史ある商店街 アーケードに覆われた雰囲気は昭和初期そのものでまるでタイムスリップしたよう・・・

 曲がりくねった急勾配の道を登り 国内最大級、東洋一の大きさを誇っていたと言い、今でも現役で活躍している・・・

 園内には巨大な実物大の復元模型が8体も 躍動感あふれるポーズと共に、迫力ある姿を見せてくれている・・・

 

 

 

 

 



 

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