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船坂峠の義挙

 

岡山と兵庫の県境を成すのが船坂峠で、その下を貫くのが船坂トンネルである。

峠自体の標高は180mとさほど高くは無く、国道も鉄道もそれを意識する事も無く難なくここを通り過ぎて行く。

しかし明治24年の鉄道開通時、峠を貫く1138mのトンネル工事は難渋を極めたらしい。

工期を短縮するため、三本の立坑を掘り、そこから前後に掘り進め、本来の両方の坑口と合わせ8カ所から突貫工事で掘り進めたと言われている。

 

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 その後複線化で、下り専用線が開通すると、旧トンネルは上り線専用となった。

更に電化工事に合わせ、新たなトンネルが開通すると、これが上り専用線となり、開業当時のものは廃止されることに成る。

そのため上り線と下り線が別になっていて、上り線の方が900mほど長くなっている。

 

 船坂峠と言えば、凡そ700年前元弘の乱に敗れ、鎌倉幕府によって隠岐の島に流される後醍醐天皇を奪還せんと、児島三郎高徳が兵を挙げた場所としても知られている。

廃れてしまった草深いトンネル上の旧道には、顕彰の石碑が建てられている。

 

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 「義を見てせざるは、勇無き」と大軍を起こし、名を子孫に残そうとした。

一族郎党を従えこの地で天皇一行を待つも、予期に反して道筋が違い、慌てて播磨と美作の国境の杉坂峠に駆け付けるが、その時すでに遅く、一行は美作街道から院庄に入り、作戦は失敗に終わる。

 

諦めきれない高徳は、せめて己の志だけでも天皇の耳に入れたいと、夜になって一人ご在所(院庄館)に忍び込み、庭の桜の木にあの有名な10字の詩を書き残したのである。

 

「天勾践を空しくするなかれ、時にハンレイ無きにしも非ず」

 

 

耐火煉瓦のまち

 

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トンネルを抜けると三石で、列車が駅に近づくと、車窓からは工場の建物や煙突を目にすることが出来る。

多くは耐火煉瓦の工場である。

明治30年代官営八幡製鉄の操業が始まり、また第一次世界大戦後の鉄鉱業が増加するなどによって耐火煉瓦の需要が一気に高まるとここ三石や、近くの片上・日生地区には相次いで諸企業が進出し一大生産地となった。

この付近には、レンガの材料となる良質な蝋石を産する山が有ったからだ。

 

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これにより農業県であった岡山は、工業県へと大きく躍進することになる。

先に玉野で創業した造船業の繁栄と相まって、耐火煉瓦が原動力となったのだ。

それは今日まで引き継がれ、岡山県の耐火煉瓦出荷額は301億円(平成14年岡山県統計)で、これは全国一位、そのシェアは凡そ3割を誇っていて、その主要な生産地の一つがここ三石である。

 

 そんな町中には結構古いものも所々に残されている。

町のどこからも目にすることが出来る煉瓦会社の煙突は、明治2030年代に造られたものらしい。

また、山陽本線は三石の町中では盛土の上に線路が敷かれているため、川や道路を超えるためレンガ造りのアーチ橋が架けられている。

それらは3Kmほどの間に8カ所もあり、明治の本線開業当時の姿のまま残り、現在も使用され続け、「三石の煉瓦拱渠群」として、土木学会選奨土木遺産」に指定されている。


 

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牛神さまと学問所

 

 列車が吉永駅に到着する2キロくらい手前、車窓右手の山裾に小さな鳥居を目にすることが出来る。

毎年正月の5日に恒例の「初大祭」が開かれる、「田倉牛神社」で、地域では「牛神さま」として親しまれているところだ。

普段はまず人の姿を目にすることもない静かな神社の境内だが、この日ばかりは賑やかに参道に多くの屋台が立ち並び、お参りの人々で細い参道に人が溢れ、狭い境内が善男善女で賑わいを見せる。

 

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願掛けは商売繁盛、五穀豊穣、家内安全や結婚、就職、入学など多岐にわたり、備前焼の牛の置物に願いを込めて奉納する。

願いが叶えば牛の置物は倍返しされるので、ご神体の神坐におさめられた牛の置物は今や20万体とも30万体とも言われている。

 

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 ここ吉永は、「国特別史跡・旧閑谷学校」への最寄り駅だ。

旧閑谷学校は、岡山藩で名君の誉れが高かった池田光政が、郡代・津田永忠に命じて造らせた、世界最古の庶民の為の学校で、ここでは儒学を中心に講釈が行われていた。

2015年4月、「近世日本の教育遺産群 学ぶ心・礼節の本源」として認定されたことはまだ記憶に新しく、これを弾みに「世界遺産」登録への期待も高まりつつある。

 

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 学校前には梅林が有り、近くにはツバキの森もある。これらの花々が咲き始めるころ、周辺の山々では一斉に新芽が芽吹き始め、暖かな春の訪れを告げる。

山深い里は豊かな自然に包まれ学問の場に相応しく、それを取り巻く景観はいつ訪れても期待を裏切らない。

特に秋になり、構内の櫂の木が色付く頃にはライトアップも行われ、昼間とは異なった神秘を秘めた姿を見せてくれる。

 

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ダムとふるさと村

 

 吉永の駅から北に向かい、八塔寺川を源流域に向け10Kmほど遡ると山道が突然開け、目の前に巨大なダムと公園が見えて来る。

吉井川水系金剛川の支流八塔寺川に造られた「八塔寺川ダム」だ。

堤の長さ226m、高さ44m、幅5.0mの重力式コンクリートダムで、周辺にはダムを巡るサイクリングロード(岡山国体時の自転車競技会場)や「石彫公園」などが整備されている。

 

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ここらあたりまで来れば、人里からは遠く周囲は山また山で豊かな自然が満喫できる。

春の新緑や、夏のホタル、特に紅葉の季節は美しく、隠れた名所として人気が高ところだ。

最近では「ダムカード」を求めて管理事務所を訪れる人も増えていると聞く。

 

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 「石彫公園」には、古代からのメッセージをイメージして作られた石の彫刻が並び、イギリスのストーンヘンジかローマかどこかの古代遺跡のような雰囲気の造形が目を楽しませてくれる。

 

公園の前には地元野菜を直売する「八塔寺ガルテン」が有る。

施設にはレストランが併設されていて、ここでは地元野菜をふんだんに使った田舎料理・おふくろの味を食べさせる農村バイキングが安くて美味いと評判を呼んでいる。

 

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 このダムを後にさらに上流の八塔寺山に向け、九十九折の道を登ると、渓流は狭く深くなり瀬音も高くなる。

そんなな流れを見ながらさらに上り詰めれば突然山頂近くの周囲が開け、穏やかな里山が広がる小さな盆地のようなところに出る。

そこが標高400m余りの高原に開ける「八塔寺ふるさと村」だ。

 

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備前、美作、播磨の国境付近に位置し、段々畑が残るのどかな日本の原風景ともいえる景観の地だ。

山裾には茅葺の農家や、八塔寺、高顕寺などの古寺が建ち並び、小川のせせらぎを聞く道縁には水車小屋などが点在する山里の佇まいは懐かしい故郷の風景そのものだ。

ここでは数々の映画やテレビのロケも行われている。

そんな一シーンを思い浮かべながらこんな地を長閑にのんびりと歩めば、まるでタイムスリップしたような思いにさせられる。

 

 

 

 



 

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