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植木の町と金光教

 

 金光駅は金光教本部の最寄り駅である。

かつては参拝用臨時列車などが頻繁に出入りし、それらの乗客を捌く為、ホームは3面4線の広さを誇っていたが、現在は2面3線と縮小されている。金光教とのつながりが深い駅は、今でも団体列車が着くと言うホームであるが、長くて広くて閑散としている平時の様はなんだか寂しくもある。

 

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 江戸時代末期に「幕末三大新宗教」と言われたのは、天理教、黒住教と金光教である。

天理教は奈良県で、残る二つはここ岡山県で立教されている。

その一つ金光教は、「神と人間の相互扶助精神」を教え、黒住教に遅れること50年余り、浅口郡占見村で立教している。

駅から歩いて10分ほどのところに本部を構え、その門前には門前町様の良い雰囲気のレトロな商店街も残っていて、初詣などでは、大勢の参拝客で賑わいを見せる。

 

 「世の中は、天のことは宗忠の神(黒住教)が説いている。地のことは此の方(金光教教祖)が説く。

此の方と宗忠の神とがあったら、まぁ、この世のことが治まろう・・・」

 

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 ここ金光町は昔から、苗木の産地としても知られたところだ。

毎年春と秋には植木祭りが開かれ、即売会には大勢の人々が訪れている。

しかし、一昔前までは町内を貫く国道脇にも広大な土地に苗木を植え、販売をする「○○園」などと看板を掲げた造園業者が幾つも立地していたが、近頃は閉める業者も見られ、衰退気味である。

高齢化などもあり手入れのいる庭木を面倒がることや、車社会で車庫に充て、敷地の多くを、木を植える庭には回せない事情なども影響していると言われている。

 

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鴨方のそうめん

 

 鴨方や、次の里庄駅の有る岡山県の西南部地域一帯は、昔から麺処として知られた処で、車窓からも並走する国道2号線沿いに建つ、麺工場や食事処のうどん・ソーメンの看板を目にすることが出来る。

 

中でも県下有数の手延べ麺の産地は鴨方で、その歴史は今から400年余り前の天正の頃まで遡る。

もともとこの地は良質で豊富な地下水に恵まれたところで、加えて瀬戸内の塩、良質の小麦など、麺づくりの材料が容易に手に入ったことが背景にあるようだ。

 

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 江戸時代に入るとその生産はますます増え、120130軒の農家が、粉を引くための水車小屋を構え、麺作りを農業の傍ら副業的に始めたそうで、専業が増えるのはその後の明治に入ってからのことだ。

そんな水車小屋は、現在一基だけ製麺会社の販売店舗前に記念として残されている。

 

 この製麺所では、麺作りの行程に従って、自身で手延べしたソーメンをその場で茹でて食べる「手延べ麺師大学」が有料で行われ、夏の頃の休日には「そうめん流し」、また春と冬には「うどんまつり」などが開かれ、無料で振る舞われるとあって大勢の人々で行列のできる賑わいを見せると言う。

 

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あまり知られてはいないがここ鴨方は、1972年の「第14回日本レコード大賞」受賞曲、ちあきのおみの「喝采」の舞台であると言う説が流布されたことが有る町だ。

どの舞台なのか、どこにある教会なのか定かでも無く、プロモーション上の戦略とも言われているようだが、本当のところは良く解らない。

 


 

鴨方往来と町屋公園

 

 平成183月、金光町、鴨方町、寄島町が合併し浅口市が誕生した。

総面積で言えば岡山県内では最小の市で、その中心が旧鴨方町である。

その町の最寄り駅である山陽本線鴨方駅の北方2キロほどのところに旧鴨方往来が通っている。

鴨方往来とは江戸時代に岡山藩が整備した6本の官道の一つで、他に金毘羅往来、松山往来、津山往来、牛窓往来、倉敷往来がある。

それらは藩内各地から岡山城下に向けて伸び、そこで山陽道と結び、更に東海道へと繋ぎ、江戸に向かう道であった。

 

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 その旧鴨方往来沿いで、当時の旧鴨方地方の中心地であった陣屋町に残されていた、2棟の町屋や土蔵や関連施設などを修復整備し、公開している公園がある。

「日本の歴史公園100選」に選ばれた「浅口市かもがた町屋公園」である。

 

史跡ゾーンの「旧高戸家」は油商を営む傍ら藩主の宿泊所としても使われた由緒ある建物で、これは県下最古の町屋として県の重要文化財に指定されている。

また周辺には史跡や文化財なども多いことから文化ゾーンとしても整備されていて、詩歌や物語などの中で知られる低木植物や草本類などを集めた伝統植物園も併設されている。

 

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公園前の旧鴨方往来沿いに、「江戸へ182里」と書かれた石柱が建っている。

全国に街道が整備され、ようやく庶民の間にも往来の行き来が始まった江戸時代、当時の人々は一日に10里を歩いたと言われている。今で言えばおよそ40キロだ。

日の出前に歩き始め、日の入りまでには旅籠に入るのが一般的であったらしい。

途中には厳しい峠越えや、人足渡しの川越が控えていたこと、雨風の激しい日などもあることを考えても、182里ならばおよそ3週間もあれば江戸まで行けたことになる。これは今では考えられない驚異的な早さである。

 

 

国立天文台

 

「かもがた町屋公園」から更に北へ8キロ余り山に向う。

曲がりくねった急勾配の道を登り、更に竹林寺山(標高372m)の山頂付近に向かう専用道路を登りつめると「国立天文台岡山天体物理観測所」が有り、そこには「岡山天文博物館」(有料施設)が併設されている。

 

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ここにはプラネタリウム(別料金)や4次元デジタル宇宙シアター(無料・要整理券)があり、季節ごとのテーマで天体や宇宙の様子を観覧することが出来る。

展示室があり、一階ではこの施設の設備などの紹介が、二階では地球上で見られる日食や月食、オーロラなどの天文現象や、太陽系や銀河系などの宇宙のことが分かりやすく解説されている。

太陽観測室では、15Cmの屈折望遠鏡により条件さえ良ければ太陽黒点などを観測することが出来る。

 

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また少し離れた山の頂(372m)に設置された鏡の大きさ188cmと言う望遠鏡は、当時は国内最大級、東洋一の大きさを誇っていたと言い、それは今でも現役で活躍している。

この巨大な望遠鏡はいつも公開されていて、ガラス越しながら目の当たりに実感することが出来、また年に何回かは特別公開され、この望遠鏡による特別観望会も行われている。

 

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そんな観測所では今、アジア最大級を誇る口径3.3mの光学赤外線反射望遠鏡を収容する天文台の建設工事が始まり、2017年度の完成を目指すと言う。

これは京都大学や国立天文台などの共同プロジェクトで、国立天文台に隣接した標高340mの高台に建設される。

天体の観測には「晴れの日が多く」、町明かりの反映がない「暗い空」が、そして「大気が安定している」事が大切だと言い、当地の観測環境の良さに着目してのことだそうだ。

 

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旧鴨方町に、東京大学東京天文台の付属施設として岡山天体物理観測所が出来たのは昭和35年のことであった。

それに続く好機とする浅口市は、「天文のまち」としてのPR事業を立ち上げ、展示品の改善や東京スカイツリーでのPR活動を始め、新たな土産物の開発も始めている。

頂上からの眺めも素晴らしく、観光地としての期待は高まっているが、ここに至る公共交通は何年か前に廃止されたままで、アクセスはどうなるのか、こちらも注目されるところだ。

 

 

 


 



 

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