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正真正銘ローカル線

 

かつての繁栄の名残なのか。

平坦で何も無い、ただただ広いだけの構内。

長いこと列車が走っていない、半ば土砂に埋もれ、錆びてしまったレール。

人が立つことも無い、草生したなんとも長いホーム。

 

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人気もない駅前広場。ポッンと佇む無人の木造駅舎。懐かしい匂いのする木の改札口。

黒光り重厚な年輪の目立つ出札窓口。

粗末な待合室の古びた木の椅子。住民手作りの座布団。誰が活けてくれるのか一輪の花。

 

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ローカル線の列車は律儀に各駅に停まる。

停車時間は短く、乗り降りのない扉はすぐに閉じられる。

だから停まらなければ良いのに、と思ってみたりもする。

空白だけが目立ち、ポツンポツンと書かれただけの時刻表では、そうはいかないらしい。

 

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扉が開くと、空気だけが入れ替わる。

懐かしい昔日の、忘れかけた故郷の匂いがする。

土地の生活が見えてくる。人との出会いが待っている。土地の美味い物に期待が膨らむ。

こんな列車の旅は飽くことを知らない。こんな事を旅情と言うのであろうか。

 

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真直ぐに山野を引き裂き、ただ早く走るだけの新幹線は単なる移動手段でしかない。

そこには旅情も、何もない。乗客も行儀が良すぎて肩が凝る。

しかしローカル線は違う。何もかも違う。何よりもスローが良い。そこが面白い。

岡山県下を走るJR線の中でも因美線は、折り紙付きのスローな、正真正銘のローカル線である。

 

 

東津山駅

 

 因美線の列車はすべてが津山を始発着駅としているため、同線の起点駅である東津山を始発・終着とする列車はなく、津山からはしばらくは姫新線を行くことになる。

多くの列車は途中の智頭行で、ここでは山陽本線・上郡からの短絡路線である智頭急行線との接続が有る。

鳥取方面へはここで乗り換えだ。

 

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 津山駅を出ると列車は、左手奥に見える那岐の山並みを目指して進む。

冬の頃なら雪化粧した、県北に立ち塞ぐ山々を遠くに臨むことが出来る。

左手には津山のシンボル、津山城が構えている。今日では鶴山公園と呼ばれる城址公園だ。

小高い山上を巧みに利用した壮大な石垣や、特に桜の花が咲き誇る4月頃の遠景は見事だが、すぐに町並みに隠されてしまう車窓からは思うように望むことは出来ない。

 

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その吉井川を橋梁で越えると、左から国道53号線が近づいてきて、やがて列車は東津山に到着する。

駅の裏には大きな製紙会社の工場が立地している。

かつては隣接してセメント工場が有ったと言うから、引き込み線があり沢山の機関車や貨車が行き来していたのであろうか。

今はその痕跡を僅かに残すのみで、広くガランとした二面三線のホームを持つ殺風景な駅となっている。

 

 

旧出雲街道

 

 岡山県の北部を東西に貫く「旧出雲街道」は、県内に入ると土居、勝間田、坪井、久世、勝山、美甘、新庄の「美作7宿」と言われる七つの宿場町が置かれていた。

ここ津山は城下であることから、美作7宿とは別格の宿場も置かれ、城下町・宿場町として、また吉井川を利用した海運交通の要衝として、さらに美作地域の商業の中心として大いに栄えた歴史を持つ町でもあった。

 

東津山の駅を出て車の往来の激しい国道53号線を横切り、しばらく行くと東西に行き交う趣のある懐かしい雰囲気のする通りがある。これが「旧出雲街道」である。

 

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そこを西に向えば津山城下への東の入口に向かうことになり、丁度このあたりが、出雲街道から分岐した因幡往来の分岐が有ったところで、当時ここには番所が設けられていた。

江戸時代にはこういった街道に、各藩の管轄下に置かれる番所が要所に置かれ、通行人の出入りを厳しく取り締まっていたと言う。

それ以外にも重要な場所には幕府が直轄する関所が置かれていたことはよく知られている。

 

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 旧街道をそのまま西に向えば、そこには宮川が流れ、宮川大橋の架かる西詰には東の大番所が設けられていた。

津山城下の東の入り口にあたる場所である。

町中には県下三大河川の一つ吉井川が悠然と流れ、そのお城と川に挟まれたあたりが、津山の観光名所の一つである旧出雲街道沿いの町並み保存地区、所謂「城東地区」と言われるところだ。

お城を見上げるその道沿いには、昔ながらの見事な町並みが保存されている。

 

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ホルモン女と稲葉君

 

 「旧出雲街道」を西に向け少し行くと、人気ユニット・B’zのボーカリスト、稲葉浩志さんの実家である「イナバ化粧品店」が道沿いに有る。

店内には特設ブースも設けられているようで、休日など多い日にはファンが100人以上も訪れることが有るそうだ。

 

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 反対に「旧出雲街道」を東に向かうと、その道路際に「橋野食堂」と言う、昭和の雰囲気の漂う小さな食堂が有る。

ここは2011年に制作された地域発信型映画「ホルモン女」の舞台として、地元ではよく知られたところだ。

「ホルモンうどん」が全国的に知られるきっかけとなった映画で、実話をもとに作られたと言う。

 

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「ホルモンうどん」とは、この地方では古くから食べられていた郷土食である。

具材にホルモンを入れた鉄板焼きのうどんで、甘辛いだしを絡めて食べる。

もともとこの地方は古くから畜産業や精肉業が盛んな地域で、新鮮なホルモンが大量に出回っていた。

当初は、放るもん=ホルモンと言われ、その処分は持て余していたようだが、何とか消費をとうどんなどの料理の食材の一つとして工夫して使われるようになったのだそうだ。

 

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2011年のB1グランプリ姫路大会では見事第2位(シルバーグランプリ)を獲得した。

この賞の獲得に加え、映画での発信と相まって全国的な知名度も一気に高まった。

これにより市内でも幾つかの店で提供されるようになり、近隣のイベントなどでは屋台が多く出店するようになった。

 

津山の観光協会ではそんな人気にあやかって「稲葉浩志君の想い出ロードマップ」や「ホルモンうどん食べ歩きマップ」などを用意して、観光客の便宜をはかっている。

 

 

 

 



 

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