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松ぼうき橋梁

 

東津山方面から鳥取を目指す因美線は、このあたりでは厳しい25パーミルの上りが続く。

知和を過ぎると加茂川の流れはますます狭くなり、両側から急峻な山々が迫り、鉄道と県道は川ともつれあうように絡みながら谷を登っていく。その遥か行く手には国境の山が立ち塞がっている。

 

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鉄道はそんな道中で、美作河井駅に到着する少し前に「松ぼうき橋梁」を渡る。

県道6号と加茂川を同時に跨ぐこの橋梁は、橋の全長はおよそ97mと言い、五連のプレートガーダ(ガード)を、4本の橋脚が支えている。その橋脚は円筒形で高さは20m、石張りされた幾何学模様がなんとも美しい。

 

県道の少し離れたところからこの橋梁の全景を眺めてみると、プレートガーダ(ガード)は水平ではなく、少し勾配が付けられているのが良く解る。

緑の山をバックに威容を誇っているこの橋は、鉄道写真ファンにはよく知られた場所らしい。

 

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やがて矢筈城址と書かれた大きな看板が目につくと、美作河井駅に到着だ。

ホームの名所案内には、山頂まで徒歩90分と書かれている。

駅前にも城跡を示す石柱と説明板が立てられていて、それによるとこの城は駅の後方にそびえ立つ756mの矢筈山に造られた県下でも最大規模を誇る中世山城の跡で、山全体が城郭、目の前を流れる加茂川がお堀の役目をしていたのだと言う。

 

 

美作河井駅

 

美作河井の駅は、雪深い地らしく切妻の赤いトタン屋根、外壁は下見板張りで、軒下の部分が白い漆喰壁はこの路線で見られる他の駅舎の造りとほぼ同じである。開通当時の駅舎らしく鄙びた佇まいを見せているが、窓枠がサッシに変えられるなど手が加えられていることが歴史的な価値を下げていると言う評価のようだ。

内部の出札窓口や手荷物のカウンターなどの造りは、重厚感のあるしっかりとした木組みでガラス戸がはめ込まれ、使い込まれ風格を出しているだけに残念だ。

 

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この駅は立派な島式のホームを持っているから、かつては島式一面二線の駅と言うことになる。

そのうち現在使われているのは山側の一線のみで、片側の線路や、かつての留置線は今では本線から切り離され使われていない。

 

山裾の少し高台にある駅の構内は、この路線の駅にしては驚くほど広い。

この広いヤードは、かつて木材などの積みだしで大いににぎわった名残であろうか。

そんな構内には今でも丸太が積み上げられていて、往時の繁栄した姿を彷彿させるだけに、そこに取り残された赤茶けたレールには、一抹の寂しさを感じないわけにはいかない。

 

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美作河井転車台

 

 駅を出て、その前の坂を少し下って行くと、矢筈城の登山道入口を示す案内板の横に、「美作河井転車台」と書かれた写真入りの案内板が建っている。

 

案内板に従い危なげな急な坂を下り、線路の下を潜る片側が水路となっている暗渠を通り、向こう側に抜けすぐに右に折れる。

するとそこは周囲の状況が一変し、渓流のような小さな川が流れ、それを越すと両側に背丈以上に伸びた雑草が覆い被さるように茂る中に踏み固められた道のような通路が延びていた。

 

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右側は因美線の線路が走っている筈だが、ほとんど見えない。

県道を走る車の音も聞こえない、勿論人の声などしない静寂の中、足元で草木が踏み折られる音だけが不気味についてくる。

左は原生林のような鬱蒼と茂った山裾が間近まで迫っていて、気味が悪くなるような道である。

害虫の多い真夏のころならとても歩く気がしない、晩秋の今で良かった・・・と思わせるそんな道が200mほど続いている。

 

 ぬかるむ足元に注意を払いながら先に進むと、突然目の前が開けたそこには墓地があり、その先に丸く切り込まれた穴に残された転車台が目に飛び込んでくる。「美作河井転車台」だ。

 

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この転車台は、長年この地の土の中に埋もれ、忘れ去られていたもので、2007年に呼びかけにより全国から集まった鉄道ファンの手によって掘り起こされ、その姿を再び現した。

当時は鳥取方面からやって来たラッセル車の方向を変える時に使われたのだと言う。

 

桁の長さ40フィート、明治の初めころ鉄道黎明期に輸入されたものらしく、国内には4例程度しか残っていないが、完全な形で残っているのは全国でもここだけと言う大変貴重なものらしい。

鉄道遺産としてJR西日本の登録鉄道文化財に、さらに2009年には経産省の近代化産業遺産の指定を受けている。

 

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実はこの「美作河井転車台」は、ホームの西の外れに当たる場所にあり、東津山方面からだと駅に到着する直前の右側に、また列車を降りてそのホームの西端に立てば遠望することはできる。

しかしその場所に行くには現在使われている線路を横切ることになるのだが、残念ながら踏切など安全な通路は確保されていない。

したがって間近で見たいのであれば一旦駅を出て、指定された順路に従い駅の裏に回り込むことになる。

 


 

 

 



 

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