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疎水のある公園

 

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かつて昭和30年代には、伯備線の倉敷駅から2.5Kmほど離れた地点に「酒津」と言う駅があったという。

常設の駅ではなく季節営業の臨時駅で、ホームも簡単な骨組みの仮設であったそうだが、10年足らずで廃止されている。

花見の名所として知られる酒津公園へのアクセス駅として、観桜の時期にだけ営業されたようだ。

臨時駅から公園までは1キロ足らずの距離で、花見客の利便は良かったはずであるが、やがて押し寄せたモータリゼーションの波で鉄道の利用客が減っての廃止であろう。

 

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 その酒津公園は、近くを流れる高梁川の河川改修工事により生じた土地を利用して開設された公園で、倉敷の中心部からは少し離れた場所にあるが、市民にとっては馴染みの場所として親しまれている。

「水と桜」をテーマとする公園らしく、大きな配水池がありその周りや、そこから流れ出す用水路に沿って遊歩道が整備され、約500本のソメイヨシノやヤエザクラが植えられている。

県下でも有数の花見スポットとして知られていて、桜の開花の時期ともなると大勢の花見客で賑わいを見せる。

広大な園内には、親水広場や児童広場、プールやグラウンド、花木園、花壇などもある。

 

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この公園の中心をなす池と用水路は、高梁川の下流域に広がる広大な干拓地への農業用水を供給する施設である。

高梁川を横切る形で堰を設け、その脇に取水樋門を設け川水を池に導き、南配水樋門(15連)と北配水樋門(6連)から各用水路に配水する構造となっている。

池の樋門や疎水(用水路)は花崗岩の切り石を巧みに組んで造られていて、重厚な中にも見事な幾何学的フォルムを見せ、その美しさからテレビドラマやCMのロケなどにも使われるほどだ。

 

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当時の最先端技術をふんだんに用いた日本では最大級の農業用水門は、その歴史的な価値も高く、「疎水百選」に選ばれると同時に、近年国の重要文化財にも指定された。

近代化遺産としては岡山県下初の重要文化財である。

また、池の南に建つ用水管理組合の管理棟は、大正15年に建てられた赤い瓦屋根が印象的な擬洋風建築の建物で、近代化産業遺産の指定を受けている。

 

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金田一耕助の小径

 

伯備線は、倉敷駅を出ると山陽本線とは離れ、大きくカーブしながら進路を北に変え、その先で山陽自動車道の高架を潜れば、左に高梁川が近づき、井原鉄道線と交差すると清音の駅に到着する。

ここは伯備南線開通と同時期の大正142月に開設された古い駅で、井原鉄道線との接続駅だ。

倉敷駅からは7.5キロ離れた地で、ここはもう倉敷市を離れ、既に総社市に入っている。

 

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昭和121127日、もじゃもじゃ頭で、よれよれの着物、折れ目のない袴に身を包んだ「金田一耕助」は、清一駅に降り立った。

そのモデルとなった駅がここ清音駅とされている。

そんな駅を出るとその右手には、金田一耕助の顔はめ撮影プレートが置かれている。

 

ここ備中エリアは横溝正史の作品、長編推理小説「本陣殺人事件」の書き下ろし舞台であり、名探偵を生んだ「金田一耕助シリーズ」の記念すべき第一作ゆかりの地なのだ。

 

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 清音の駅前を流れる高梁川を越えた西側一帯の川辺には、旧山陽道が通り堤防下に一里塚が残されている。

宿場には本陣や脇本陣も有ったが今は跡形もなく空き地となっている。

横溝正史が戦時中3年間ほど疎開した真備町も、この地の近くにあり、その旧宅が残され公開されている。

そんな疎開の折見聞きした田舎の悪しき因習や血縁関係、その因縁や機微をベースに、その土地の風土を織り込みながらこの作品を描いたとされている。

 

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清音の駅前からは、これらの跡地、疎開先の住宅や、三本指の男が足を止めた場所、金田一耕助が磯川警部と聞き込みをした場所、一柳家のモデルとされる旧宅の跡など、小説ゆかりの場所などを巡り、井原鉄道の川辺宿駅に至る全長約7キロ(ゆっくり歩いて3時間ほど)の「金田一耕助の小径」が整備されている。

 

 又この地では、毎年「巡 金田一耕助の小径」と言うイベントが開催される。

ミステリーウォーク、殺人トリックの再現、スタンプラリーや、「1000人金田一耕助」の名探偵の仮装参加によるウォーキングなどが繰り広げられると言う。

 

 

豪渓


 

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 次の総社はかつて西総社と称していた駅で、清音と同時期の大正142月に伯備南線開通時に開設され、その数か月後には吉備線の終着駅ともなっている。

現在の総社駅となるのは昭和3411月のことである。

 

そんな総社を過ぎ、雪舟縁の寺・宝福寺の山門前を翳めるように進むと、左手には増々高梁川が迫り、秋葉山トンネル(1042m)を抜ければ豪渓に到着する。

 

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岡山県の中央部「吉備高原」を悠然と流れる高梁川の支流・槙谷川の上流に位置する渓谷が「豪渓」で、その最寄り駅である、とは言えその渓谷までは8Kmほどの距離が有る。

 

この付近では槙谷川の川幅は狭まり、深いV字形の渓谷をなし、川は急流となり、岩肌に打ち砕かれた流れは、時にうねり、時に滝となり落ち、巨岩を巻き込み、或いは深い淵となり澱み、様々な様態を見せながら下っていく。

両岸には花崗岩の節理に沿って風化し、侵食された奇岩・奇峯が連続して聳え立ち、見る者を圧倒する。

渓谷の右手に聳え立つ、釼ヶ峰、雲梯山、盒子岩と名付けられた岩峰も、赤や黄や茶色に緑の混じった山肌を見せてくれる。

 

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左手に一際高く聳える山が天柱山(329m)で、その岩肌には巨大な「天柱」の文字が刻まれている。

この文字は享和年間に備前の国・和気郡在住の漢詩人であり書家であり医者でもあった武元登々庵が書したものを、二人の石工が十四日もかけて刻したものと伝えられている。

 

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 天柱山の麓には、天柱山豪渓寺と言う真言宗のお寺がある。

江戸時代の後期から明治にかけて、ここ天柱山周辺には鎖や梯子の行場があり、修験者などの道場として知られ、ふもとに建つ豪渓寺はその拠点であったと言う。

今日天柱山は崩落が激しいため登山は禁止され、行場は廃れている。

 

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 そんな岩と清流、山肌を覆う木々の緑と紅葉のコントラストが見事に調和し、花崗岩の年代の古さと、変化に富むさまとが合いまった名勝は、他では例を見ない見事な渓谷美を見せている。

とりわけ渓谷が美しく装うのは紅葉のシーズンで、毎年10月下旬から11月にかけては、渓谷沿いの木々が赤や黄色に染まり、県下でも有数の紅葉の名所として人々を魅了する。

 



 

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