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新見の町

 

伯備線の沿線周辺は阿哲台と呼ばれる典型的な石灰岩台地で、カルスト台地や「井倉洞」や「満奇洞」などの鍾乳洞などが点在していて、それが貴重な観光資源ともなっている。

また土地柄、産業は石灰石を中心としたものが多い。

 

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車窓から沿線をぼんやり眺めていると、大きく削り取られた山々の姿や、要塞のような工場が所々で目に飛び込んでくる。

それらの工場から産出した鉱石などは、多くの貨車に積み込まれ、かつてはこの駅で編成され、各地に送り出されていたのであろう。

しかし今はそれもトラック輸送に切り替わり、貨車輸送が衰退したこの駅では線路も外され草の生えた広大なその跡地がかつての繁栄を静かに物語っている。

 

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鳥取県や広島県に接する岡山県の北西部にあって、標高500m前後の吉備高原と言われる地勢上に位置し、高梁川と熊谷川の合流地点に栄えた町が人口3万人余りの新見である。

その最寄り駅新見は、JR伯備線の途中駅、県北部を横断し姫路に向かう姫新線の起点駅、さらに広島とを結ぶ芸備線が乗り入れる発着駅として、島式ホーム二面四線を持つ県北部鉄道の基幹駅だ。

とは言え一日の乗降客数は千数百人規模である。

 

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駅前のロータリーの中心には、備北の奇祭「御神幸武器行列」(通称:新見大名行列又は新見土下座祭り)をモチーフにした石柱が立てられている。

説明によるとこれは、地元の八幡宮の御神幸の先駆けとして仕立てられた、総勢64名からなる大名に見立てた行列が、片道1.5Kmの道のりを往復し市街地を練り歩く、新見を代表する300年の歴史を持つ祭りで、市の無形民俗文化財に指定されている。

氏子は沿道で正座して行列を敬虔に出迎えるのだと言う。

 

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この地域ではモモやブドウの栽培、農業・林業などが主な産業であるが、最近ではチヨウザメの養殖によるキャビアもあり、ブランド牛と言われる千屋牛も昔から知られていて、市内にもそれを食べさす店が何軒かある。

また以前は駅の売店や、土産物屋などの店先では名物のサバ寿司なども売られていたが、今では売店そのものがなくなってしまっている。

 

 

たまかき文書

 

駅を出るとすぐ左手には「縁(えにし)の広場」と言うのが有って「裕清とたまかき」の像が建っている。

その昔ここ新見は、東寺の荘園でその管理下にあり、代官が派遣されていた。

この像はその直務代官として着任した「僧・裕清」の荘園を見回る騎馬姿と、その代官の身辺の世話をした「たまかき」が文机に向かい書を書く姿を現している。

 

 201510月、「東寺百合文書」が世界記憶遺産に決まった。

この「東寺百合文書」とは、京都の東寺に、8世紀から18世紀のおよそ1千年間の長きに渡り伝えられてきた古文書群で、その数はなんと25千通にも及ぶと言われている。

 

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江戸時代に加賀前田藩から寄贈された百個の桐箱に保存されていることから、こう呼ばれるようになった。

昭和42年に京都府が東寺から購入し、現在では京都府立総合資料館の収蔵庫に保管されていて、そのWEBサイトではそれらの文書を検索し閲覧することも出来る。

 

それらは中世における寺院の運営に関する古文書が主で、仏教のみならず当時の社会状況を知る上でも貴重な資料と言われ、歴史的価値も高く国宝に指定されている。

その中には新見の庄関連文書も2千点ほどが含まれていて、なかでも「たまかき書状」がよく知られている。

 

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(写真中:京都府立総合資料館サイト 写真右:東寺百合文書サイトより検索「たまかき文書」)

 

 鎌倉時代の末期から16世紀後半までの長きに渡って新見は、京都の東寺(教王護国寺)領の荘園であった。

当時武士の代官による年貢の取り立てが厳しく、農民たちは東寺から直接代官が派遣されるよう願い出ていて、それがかない着任したのが僧・裕清で、その身の回りの世話をしたのが在郷の娘“たまかき”である。

 

 ところが、着任の一年後に事件が起きた。

この日も従者を連れ荘園の見回り方々お宮参りの途中、地頭方の名主・谷内の屋敷前で暗殺されてしまったのだ。

着任した裕清の年貢取り立ては殊の外厳しく、未納を続ける名主を成敗したことに農民が反感、報復されたものらしい。

また一方では、名主の屋敷前で馬に乗ったまま通過した行為が非礼だと言う、「下馬咎め」による怒りから斬り殺されたとの説もあり、真相は今尚議論を呼んでいると言う。

 

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 裕清の死後、彼の遺品の整理をし、その報告方がた形見分けを願い出たいちずな恋心を綴った文書が東寺に届けられた。

それが今日に残されている「たまかき文書」である。

中世在郷女子の直筆(異説もあるらしい)文書は、全国的にも珍しいと言う。

新見駅前には二人の像、暗殺場所の市内の国道脇には説明板が立てられている。

 

 

フリーゲージトレイン

 

フリーゲージトレイン(軌間可変電車)とは、軌道幅に合わせ車輪の間隔を変換する機能を持ち、新幹線と在来線を相互乗り入れする列車のことである。

近年何かと話題で、九州新幹線の長崎ルートや、ここ伯備線などでも導入の検討が進んでいるようだ。

 

 しかし導入には問題もあり、その開発には非常に困難な課題も多いとされている。

岡山県や鳥取県・島根県などの共同調査でも、解決すべき多くの問題が見つかっている。

 

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 新大阪から「のぞみ」で岡山に向かい、そこで伯備線の「やくも」に乗り換え出雲市に向かう場合と、新大阪からそのままフリーゲージトレインで出雲市に向かう場合の検討結果が近頃報告され話題になっている。

 

 それによると、フリーゲージトレインは車両性能上新幹線区間では23分ほど遅くなる。

しかし在来線区間では現行よりも速く走れることで15分ほど短縮できるものの、これでは導入の効果が得られない。

岡山での乗り換え時間を9分と想定しても、新幹線から在来線への軌道変換では低速走行が必要になるため、ここで時間を消費し相殺されると言う。

 

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 伯備線は岡山県北から県境を越え鳥取県に入る辺りでは、高梁川水系や日野川水系の川と絡み合うように進むため、その車窓に四季折々の美しい景観を提供してくれる。

しかし蛇行する流れに沿う線路はカーブが多く、その数は150か所近くにも上るという。

この事はフリーゲージトレインの実現に向けては、景観を取るかスピードをとるかの選択を迫られることになる。

当然カーブや踏切や橋など沿線の改良工事も伴うことから、解決すべき困難な問題も多く、現状では導入はかなりの困難が伴うとされている。

 



 

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