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長野県中部に位置する人口が24万人余りの松本市は、「国際会議観光都市」に指定されている。 観光庁のホームページによると、『「国際会議等の誘致の促進及び開催の円滑化等による、国際観光の振興に関する法律(コンベンション法)」に基づいて、市区町村の申請により観光庁長官が認定するもので、全国では現在53都市がそれを受けている。』とある。 その認定の要件の一つが「近傍に観光資源が存在すること」だ。
戦災を免れた城下町の松本市内には、国宝松本城をはじめ、日本で最も古い小学校のひとつ旧開智学校(重要文化財)や、室町時代に再建された本堂(重要文化財)のある筑摩神社、江戸時代の民家・馬場家住宅(重要文化財)などの歴史的建造物も多く残されているらしく、貴重な観光資源となっている。
市は松本盆地にあり、西には北アルプス連峰や安曇野が、東には筑摩山地が取り囲んでいる。 そこには全国第3位を誇る穂高岳(3,190m)や、第5位の槍ヶ岳(3,180m)を始め、乗鞍岳(3,026m)、大天井岳(2,922m)、常念岳(2,857m)など、名だたる名山が連なっている。 その名山の足下や懐には、高原が広がり、草原や花畑、湿地帯や湖沼、清流などが更に彩りを添えている。 中でも美ヶ原や上高地は松本を代表する観光地で、まさに「国際会議観光都市」を名乗るに相応しい陣容を誇っている。
沢渡の大駐車場から
中部山岳国立公園「上高地」の実質的な入口は、「沢渡(さわんど)」の大駐車場である。 松本の中心地から、いわゆる野麦街道などを経由する国道158号線で凡そ35Km、70分ほどの距離にある。 途中、電車でのアクセスの終点となる新島々まで、松本電鉄線とほぼ併走するが、その道は梓川の流れに沿った道でもある。
上高地では終日マイカー規制が行われている。 松本方面から訪れるマイカーの観光客は、ここで車を捨て、シャトルバスかタクシーに乗り換えることになる。 その為この地には広々とした大駐車場が何カ所も用意されているが、どこに停めても普通車なら1日600円だ。 駐車場からそう遠くはない位置にシャトルバスの停留所が有り、タクシーが待機する乗り場が併設されているようで、どこに停めても不便を感じることもないらしく、それだけに客の取り合いも激しいようだ。 後で知った事だが、それらはシーズンになるとどこも終日満車で、停められない車で国道は大混雑すると言う。 この日利用したタクシーの運転手は、「まず予約をしておくことです」と言っていた。
バスは登山や紅葉のハイシーズンには4時40分が始発らしい。 思うに関東方面から夜通し車で高速を飛ばしてくれば、丁度この時間になるからではないか。 そんな押し寄せる車で早朝から道路は大渋滞し、あっという間に広大な駐車場が埋まってしまうと言うから驚きだ。 バスの料金は大正池〜上高地の間まで1250円で、往復なら450円安くなる。 一方タクシーは定額制で4,200円(大正池なら3,500円)、片道4人で乗るならこちらがお得と言うことだ。 ただし4人で沢渡と上高地間のバス往復なら、団体往復割引が適用されるのでこちらの方が若干安くなる。
沢渡の標高は丁度1000メートル、そこからは更に橋梁を渡り、トンネルを抜けるなどしながら高度を稼ぎ、途中霞沢発電所や、〇〇の滝(名前を聞いたが忘れてしまった)の名所を重ね国道158号は上高地に向かうが、説明を聞いている内に通り過ぎてしまうので、車窓から写真を撮ることが出来ない。
大正池
清水トンネルを抜けると左手の川渕に一軒宿の「坂巻温泉旅館」が建っている。 「日本秘湯を守る会 会員旅館」で、子宝の湯と言われる硫黄泉は立ち寄り入浴も可能と言う。 更にその先の岐阜県に抜ける安房峠下付近には、同会員の「中の湯温泉旅館」の外湯、「卜伝の湯」も有る。
上高地に初めてトンネルが掘られたのは大正時代のようだ。 その旧トンネルに接続延長される形で釜上トンネルが完成するのは平成14年で、更に平成17年に旧トンネルに変わる新トンネルが開通した。国土地理院の標高地図によると、このトンネルの入り口付近の標高は1,315m余りで、出口は1,460m余りだ。 総延長1,310mのトンネルは、この間に150m程登っていることになる。 これに続くのが長さ588mの上高地トンネルで、抜けると標高が1,494mほどとなり行く手正面に素晴らしい景観が現れる。
中部山岳国立公園の一角を占める上高地は、国の特別名勝・特別天然記念物にも指定されていて、標高が1,500m余りに位置する平地に開けた景勝地で、その観光の中心は河童橋や大正池である。 上高地は元々神が降臨した「神降地」で、その神が祭られたところを意味する「神垣内」でもあり、明神地区は最後までこう呼ばれていたそうだ。穂高岳も元々は立て穂の山と呼ばれるなど、上高地は神聖な場所であったそうだ。
大正4年の焼岳の大噴火の際、火山泥流が梓川をせき止めたことで出来たのが大正池だ。 古い観光写真では、池に枯木が立つ光景でお馴染みであるが、今日それらは殆どが朽ちてしまい池の中に姿を消している。 この地を一目見たときに感じた違和感は、そんなところに有ったようだ。 ここからは河童橋に向け遊歩道が整備されていて、普通に歩けば1時間ほどのコースだと言う。
標高2,455mの活火山・焼岳は粘性の強い溶岩によって盛り上げられた溶岩ドームで、これを鐘状火山(トロイデ)と言う。 立つ浪もない鏡のような静かな湖面には、焼岳が姿そのままに写されて浮かんでいる。 右に目を振れば山頂に雪を抱いた穂高連峰が神々しく屹立し、同じようにその姿を湖面に映している。 余りの神秘的な絶景に多くの人々が声を失うのか、大勢の観光客や三脚を構えたカメラマンなどで賑わう湖岸なのに、そこは全くの静寂に包まれていた。
遊歩道を歩き始めるとその先の両側は、緑の葉の表面が霜で白く光るクマザサが茂る道となる。 丁度この丈が冬の積雪量の目安らしい。しばらく行くと湿地帯を越える木道が整備されている。 今朝の厳しい冷え込みの余韻がまだ続いているのか、陽の暖かさが遮られる手摺部分だけが、床板の上に描いたように、そこだけが霜も解けずに残されていた。標高で言えば1500mほどの地点だけに、地上では滅多に見られない珍しい光景だ。
(岐阜県側から見た焼岳、西穗高岳、槍ヶ岳)
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