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三河川合の駅は、山間のローカル無人駅には珍しい存在だ。 打ち放しのコンクリートブロックに、赤い鉄パイプで組み上げた屋根の乗るモダンな構造がユニークだ。 駅を出て宇連川の橋梁を渡ると、宇連ダム湖から流れ出る川とはここでお別れだ。
ここからはいよいよ山間の厳しい地勢に入って行く。 線路は縺れながら幾つかの橋梁で川を越えて行くが、その間には大小のトンネルが矢鱈多くなる。 三河川合を出て25‰の急勾配を上り、その後も更に高度を稼ぐと東栄の先には同斜度の下りが待っている。
東栄は愛知県内最後の駅で、この駅舎もユニークな形をしている。 三角屋根を二つ連ねた構造は、鬼の面をモチーフにしたものだと言う。 半円に切り込んだ眼の中に金色の目玉が光っていて、ホーム側から見ると正に鬼面だ。
これはこの町の伝統行事である、重要無形文化財の「花祭」の鬼に由来するものらしい。 三河川合駅と共に、平成の初め頃改築された駅舎だそうだ。 この駅舎の中には小さなカフェが併設されているらしく、時間が許せば降りてみたい駅である。
その先の出馬(いずんま)と上市場の駅間は、何と600mしか離れていない。 これは飯田線では最短距離で、直線なら手に取るほどの近い距離である。 しかし線路は川に沿って蛇行しているので、駅を見通すことは出来ないが、僅かの内に着いてしまう。 時刻表でも出馬到着から、上市場発までの時間は2分となっている。
浦川は昭和9年、三信鉄道として開業した当初の緑色屋根の駅舎が残されている。 駅は1面2線の島式ホームを持っていて、無人駅の割にかなり広い構内を有している。 かつて小野田セメント工場の貯蔵施設に至る引き込み線が分岐していた名残らしい。 専用線が廃止されたのは、昭和50年代の中半だと言い、平成に入ると飯田線の貨物輸送は完全に消滅した。
早瀬、下川合を経て、12時48分、豊橋から62.4qの地点である中部天竜駅に到着した。 ここで列車は2分間停車する。駅周辺には人家も多く、久しぶりに目にする町並である。 飯田線の静岡県内にある駅では、唯一の有人駅で、駅長も配置されている。 1面2線に行き違いの出来る島式ホームが有り、特急「ワイドビュー伊那路」が停車する。
かつてこの駅構内には、「佐久間レールパーク」と言う施設があった。 JR東海の鉄道車両博物館で、昭和初期に活躍した車輌の展示や、飯田線の歴史の紹介展示がされていた。 駅構内の施設なので、当駅に有効な切符を所持していれば入館でき、鉄道ファンの間では人気になっていた。
今その施設は、駅構内には見当たらない。 調べてみると平成21(2009)年に、僅か18年の歴史で幕を閉じたらしい。 展示物の殆どが、平成23(2011)年、名古屋市内のあおなみ線(名古屋臨海高速鉄道・西名古屋港線)、金城ふ頭駅前にオープンした「リニア・鉄道館」に移されたと言う。
以前、飯田線に乗車したのは、かれこれ10年以上も前のことである。 10年も経てば世の中は大きく変ってしまうものらしく、今は当時施設のあった構内の建物の壁に残された、色あせた鉄道車両の写真が僅かに当時を忍ばせるのみである。
佐久間発電所
中部天竜駅を出ると列車は直ぐに天竜川を橋梁で渡る。 と直ぐ左手に要塞のような、佐久間発電所の巨大な施設を目にすることが出来る。 豊富な天竜川の水力を利用した水力発電所だ。 そんな施設に目を奪われていると、2分程で1面1線の無人駅である佐久間駅に到着する。
背後の山の向こうは、昭和31(1956)年8月に完成した佐久間ダム(重力式コンクリートダム)である。 国土地理院の高度地図で調べると、ダム辺りの標高は凡そ280mで、発電所施設辺りの標高は140mだ。 単純に考えれば、140mの落差の巨大な導水路が山の中を貫き、発電用の水が流れ落ちていることになる。 この落差によって水車ランナを廻し、そのエネルギーによる発電機で電気を起こしている。 車窓から見えるのは、変圧器や送電線と発電に使われた後再び天竜川に返される放水施設だ。
日本の電気事業は導入時、関東地方ではドイツから、関西地方ではアメリカから技術や機器が輸入された。 その為、未だに地域により異なった周波数と成っている。 丁度この天竜川流域が周波数50ヘルツと60ヘルツの分かれ目と言われている。
一般水力による年間総発電量日本一の発電所では、周波数はどちらにも対応できる兼用となっているらしい。 駅前には、周波数変換所と言う施設もあって周波数変換の融通がより効きやすくなっているという。 ここで生み出された電力は、東京電力と中部電力に送られている。
渡らずの鉄橋
飯田線は、かつて佐久間駅を出るとそのまま天竜川に沿って北上した。 川に沿って豊根口、天竜山室、白神駅が有ったが、佐久間ダムにより水没する為、線路が付け替えられた。 現線は駅を出ると一旦天竜川から離れ、長大な峰トンネル(3,619m)で東寄りに進路を取る。 国道152号線に出会うとそれと併走するように北上し、相月、城西、向市場、水窪の各駅が置かれた。 この間にも長短幾つものトンネルを穿ち、水窪駅を出て大原トンネル(5,063m)を潜りながら進路を西に取る。 大嵐駅の手前で天竜川に出会うと、それに沿って北上する。
列車は、佐久間駅を出て峰トンネルを抜けると、トンネルの狭間にある相月駅に停車する。 駅を出ると直ぐに相月トンネルで、それを潜り先の城西駅に停車する。 この駅を出ると、鉄道ファンには良く知られた有名なスポットがある。
駅を出ると1分ほどで、通称「渡らずの鉄橋」と呼ばれる「第6水窪川橋梁」に差し掛かる。 これが有名な、川を渡るかの様なそぶりを見せる橋である。 線路は西岸に着く直前でいきなり向きを変え、元の岸に戻るという半径250mのカーブを描くS字鉄橋だ。
元々は水窪川東岸に穿った長さ45mのトンネルで抜ける工事が進められていた。 しかし、中央構造線の地殻変動で山全体が川に向かい滑り初める事態が発生した。 更に台風などの影響も有り、トンネルが崩落したため、止む無く川に橋を架けて迂回させたと言う。
周辺は山と川と小さな集落の長閑な処だが、実はここは中央構造線という大断層地帯である。 鉄橋が大きく迂回しているのは、付近の天竜川断層が大崩落を起こした場合、それを避けるための措置だ。 車窓から見る風景は右側には山肌が迫っているが、それだけでは厳しい地勢を窺い知ることは出来ない。
折角だから全容をカメラに収めたいと思ったのだが、既に車両の先頭と最後尾には、三脚を一本立ちにしてカメラやビデを構えたフアンが陣取っていて、そんな場所に割り込む勇気も無い。 やむなく車窓からカメラを構えるのだが、これでは全容が捉えられる写真は望む術もない。 訳の分からない写真しか残らず、所詮素人写真はこんなもので有る。
国定公園玄関駅・大嵐駅
城西を出て第一久頭合トンネルを抜け、比較的賑やかな町並を見せる向市場、水窪の駅を出る。 その先で飯田線では最長の大原トンネル(5,063m)を抜けると大嵐(おおぞれ)駅である。 駅は静岡県に位置し1面2線の島式ホームがあるが、その前後をトンネルに挟まれていて、勿論無人駅である。 駅前に鷹巣橋という吊り橋が架けられていて、対岸に渡れば愛知県の富山集落もある。
辺鄙な山間の駅にしてはモダンな「みんなのやすむところ」と名付けられた建物が山を背に建てられている。 石と赤いレンガを用いた作りは、東京駅を模したもので、平成9(1997)年に地方交付税等を使い建てられた。
この建物はJR東海のものでは無い。 正式には所有者が愛知県豊根村である事から、駅舎では無く、単なる休憩施設なのだそうだ。 周辺一帯は、「天竜奥三河国定公園」で、湯の島温泉も有り、登山やハイキングに訪れる観光客向けの施設である。 温泉までは徒歩で30分、バンガローなら60分かかり、駅には無料のレンタサイクルが用意されているという。
殆どがトンネル区間である。 その隙間から、左手に佐久間湖を眺めつつ、大嵐駅からは凡そ5分で小和田駅に到着する。 ここも山深い地で、ホームの前後はトンネルに挟まれている。
幅の狭い1面1線のホームで、背後まで山が迫り、目の前はダム湖である。 かつて2面2線の駅であった名残のホームが、線路の外された状態で山際に残されている。 駅の所在は静岡県浜松市天竜区である。 愛知と長野の県境が目の前の天竜川上に有るため、駅のホームには三県の方向を示す道標が置かれている。
昔は駅前にも集落があったらしい。 佐久間ダムの完成で水没し、結果的に集落も無くなり、駅への取り付け道路も無くなってしまった。 鋪装された道路まで出るには、山道を1時間ほど歩かないと行けないらしい。
1993年当時の皇太子成婚の折、駅が同妃の旧姓・小和田と同表記で、村ではそれを祝い提灯行列を行った。 そんな恋愛成就にあやかろうと、その頃は駅を訪れる人々で賑わったと言う。 駅では結婚式も行われた事が有ったらしいが、ブームも今は去り、静けさを取り戻しているようだ。 ホームにはその時使ったベンチ等が残されているらしいが、短い停車時間では写真を撮ることも出来なかった。
一体誰がどうやってこの駅を利用するのか不思議な駅である。 今では近くに住民もいず、その利用は殆どないと言う。 この駅の利用者は物好きな鉄道マニア位で、他にいるとすれば恋愛成就にあやかろうという人だけのようだ。
伊那小沢 秘境駅
相変わらずのトンネルの連続で、左手に流れる天竜川が時折思い出したように顔を出す。 やがて伊那小沢に到着し、ここでは4分間の停車がある。 前後をトンネルに挟まれた地であるが、ここは2面2線あり、行き違いが出来る駅である。 ホームの前は天竜川で、左手に対岸の国道418号線に通じるコンクリート製の水神橋を望むことが出来る。
向かい側のホームの上を見ると、道路の白いガードレールも見え隠れしている。 近くに僅かながら家の一部が見えているが、人が住んでいるのかはここからは解らない。 ここは、秘境駅ランキングでは、75位(評点26点)に位置づけられる駅である。
「秘境駅ランキング2020年度版」(牛山隆信氏選定)によると、小和田駅は第3位(評価90点)である。 周囲はほぼ無人地帯で、ホームはトンネルに挟まれ、目の前は天竜川、背後は厳しい山の崖が迫っている。 駅に行き着く道路も無い(一般道から徒歩1時間程で行くことは可能らしい)。 結果、「秘境度」「雰囲気」の評点は満点だが、列車の本数が多く、「列車到達難易度」の評点が低い。
「秘境度」というのは駅周囲の自然環境による判定だ。 「雰囲気」は、駅を含めた周囲の心象風景を20点満点で点数化している。 「列車到達難易度」は、発着する本数が少ないほど高得点を得る。 同様に「外部到達難易度」は、列車以外の手段で行けるかどうかが判断材料になっている。 更に「鉄道遺産指数」というのがあり、駅にある鉄道遺構も評価の対象だ。 この5項目は各20点の配点で、合計100点でランキングを行っている。
小和田や伊那小沢駅に停車する列車は、岡谷方面行きが9本、豊橋方面行きが8本だ。 因みに1位となった北海道の小幌駅は、岩見沢方面行きが2本で長万部行きが4本有る。 2位の静岡県の尾盛駅は、井川方面行き千頭方面行き共に5本の列車がある。(2020年5月現在)
同ランキングの50位までを見てみると、飯田線では小和田駅に次ぐのが6位の田本駅(85点)である。 「秘境度」「雰囲気」は小和田と遜色なく満点だが、唯一ホームの待合所が新しいので評価を下げている。 他には金野駅7位(80点)、中井侍駅11位(66点)、為栗駅14位(63点)、千代駅23位(52点)、相月駅92位(22点)と続いている。
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