温泉直結・平岡駅

 

 相変わらずのトンネルの連続でそんな中、次の停車駅は鴬巣駅だ。

1面1線の単式ホームを持つ地上駅だが駅舎は無く無人駅で、小さな待合室がホームにあるだけだ。

駅は天竜川とその岸辺にひっそりと佇む集落を見下ろす高台に有る。

 

駅名はなかなか難しく、「うぐす」と読ます、同線の難読駅名の一つである。

余談になるが、宮崎県日南市には同じ漢字表記で、「おおさ」と読ます港町がある。

 

鴬巣駅

鴬巣駅

鴬巣駅

 

駅を出ると直ぐにまた長い藤沢トンネル(1370m)に入り、抜ければ平岡に停車する。

秘境駅の多い飯田線にあっては、比較的大きな駅で、1面2線の島式ホームを持つ地上駅だ。

飯田線には唯一の特急「ワイドビュー伊那路」が、豊橋と飯田の間に一日二往復設定されている。

その停車駅の一つである。

 

平岡

平岡

平岡

 

平岡

平岡

平岡

 

駅には温泉・宿泊施設である「ふれあいステーション龍泉閣」が併設されている。

駅の改札が、宿泊施設の受付と一体になっているらしい。

4階建ての立派な建物で、1階がレストラン、2階にJRの駅とホテルのフロントがある。

 

駅前を通る国道418号線からは、少し階段を上がった2階に向かうことになる。

建物の3階が客室で、4階は立ち寄り湯の出来る温泉となっている。

温泉は、近くの天竜温泉「おきよめの湯」から、アルカリ性単純温泉を運んでいるらしい。

 

平岡

平岡

平岡

 

この鴬巣と平岡の間の鉄道は、嘗てはもっと天竜川の岸に近いところを通っていた。

短いトンネルと橋梁の連続区間であったが、昭和50年代にこのトンネルを抜けるルートに付け替えられている。

車窓左側には、そんな旧線の橋梁を見ることも出来る。

駅前も賑やかで、町中には天龍村役場、中学校、病院や郵便局、図書館などの生活インフラが揃っている。

 


 

飯田線の難読駅 

 

平岡の賑やかな町並を束の間眺めながら列車は進み、家並みが途切れるとトンネルに入る。

丁度その辺りの東方に平岡ダムが有る筈だが、トンネルの連続で目にすることが出来ない。

平岡の町外れで連れ添ってきた国道は東に逸れ、変わって県道1号線が天竜川の蛇行に沿って北上する。

 

トンネルを幾つも潜って、その先で為栗に到着する。1面1線を持つ地上駅で、勿論無人駅である。

嘗ては川岸に集落も有ったらしいが、平岡ダムの完成で水没し、いまでは民家らしいものは何も無い。

駅前には川を跨ぐ橋が架けられているが、自動車で渡ることの出来ない橋である。

このため秘境駅と言われ、秘境駅ランキングでは、14位(63点)に位置づけられている。

 

為栗

為栗

為栗

 

為栗

為栗

為栗

 

為栗

為栗

為栗

 

 駅名は「してぐり」と濁って読むが、近くに架かる「為栗橋」は「してくり」と濁らないのだそうだ。

鴬巣と同様、難読駅名の一つとされているが、飯田線には92もの駅が有るだけに、難読な駅名も少なくはない。

これまでに通り過ぎてきた駅で言えは、出馬は「いずんま」、水窪は「みさくぼ」、大嵐は「おおぞれ」だ。

この先にも温田(ぬくた)、駄科(だしな)、毛賀(けが)、沢渡(さわんど)等は難読と言ってもいい駅名だ。

さらに鼎は「かなえ」とよむが、書くことも中々に難しい。

 

 良く知らないが同じ漢字圏でも中国や韓国等は、一つの漢字の読みは一つしか無いらしい。

ところが日本語で使われる漢字には、幾つもの「読み」が存在する。

中にはその地方だけの独特の読みがあったりで、結果日本全国にややこしい難読名が存在することになる。

真意の程は知らないが、むかし閉鎖性の強い民人が、集落に入り込む余所者を見分けるための方策だと言う。

あえて地名を読めなくすれば、余所者を見分けることが出来る、と考えた名残との説もあるらしい。

 


 

泰阜ダム湖

 

次は温田(ぬくた)駅に停車する。ここも無人駅である。

1面2線の島式ホームを持つ駅で、飯田線の駅の中では比較的利用者が多い方の駅である。

近くには警察署や病院も有り、県立阿南高校の最寄り駅で、駅前には路線バスが乗り入れ、通学が多いという。

 

温田

温田

温田

 

温田

温田

温田

 

温田

温田

温田

 

次の田本は、ホームの前後をトンネルに挟まれた駅である。

1面1線のホームを持ち、駅舎らしい建物もなく、ホームに待合室があるだけの小さな無人駅だ。

ホームの背後はコンクリートの擁壁で、反対側は天竜川に面した断崖である。

 

周辺に大きな集落は無く、駅前を流れる川にも橋が架けられていないし、駅に至る道路もない。

従ってここで乗車する人は限りなく零に近いという。

駅の存在すら疑問に思えるほどで、ここは為栗と同様一部の普通列車さえ通過する秘境駅である。

 

田本

田本

田本

 

田本

田本

田本

 

豊橋からは107.9q、次の門島駅まで来ると標高は350mを越えている。

駅は昭和6(1931)年に近で着工した泰阜(やすおか)ダムの建設用資材を輸送するために開設された。

当時は天竜峡間で開通した三信鉄道の終着駅であった。

その名残か2面2線のホームを有する駅の敷地は広く、空き地はレール置き場になっている。

 

駅を出るとすぐにトンネルに入る。

丁度その辺り左側に堤高50mの重力式コンクリートの泰阜ダムが有るはずだが、残念ながら望めない。

トンネルを出ると、左手に満々とエメラルドグリーンの水を湛える泰阜ダム湖である。

しかし又一瞬のうちにトンネルに隠される、そんなことをくり返しながら列車は北上する。

 


 

 唐笠港・唐笠駅 

 

 やがて唐笠駅に到着する。

駅の前の空き地に二台のマイクロバスが停まっている。

車体を見ると「天竜ライン下り」と赤い文字で書かれている。

この駅の直ぐ横に天竜川船下りの船着き場・唐笠港があり、川下りをした観光客を出発地に送り届けるバスだ。

駅近くには、観光客向けと思われる食堂のような建物も見えている。

 

 駅には立派な待合室が見受けられるが、他に小さな駅舎らしいものが有るだけで、ホームには何もない。

有名なライン下り拠点駅なのに、意外なほどに賑わいの感じられない駅である。

 

唐笠駅

唐笠駅

唐笠駅

 

唐笠駅

唐笠駅

唐笠駅

 

どうやら多くの客は、マイカーや観光バスで訪れるかららしい。

ライン下りが終わりここに上陸すると、すぐにマイクロバスで出発地まで戻るようだ。

オンシーズンでも鉄道の利用者は極めて少ないと言う。

列車の本数が少ないので、ライン下りの出発や到着とは接続もなく、時間的に合わないのであろう。

 

 左手に幾分川幅の狭まったライン下りの天竜川を眺め北上を続ける。

相変わらずトンネルを幾つも抜け、その先の金野駅で停車する。

1面1線の地上駅で、勿論無人駅だ。ここは一部の普通列車さえ通過する秘境駅でもある。

 

金野駅

金野駅

金野駅

 

金野駅

金野駅

金野駅

 

金野駅

金野駅

金野駅

 

金野駅

金野駅

金野駅

 

次の千代(ちよ)も、一部の普通列車が通過する秘境駅である。

駅構造は金野と同じで、駅舎はなく、ホームに小さな待合所があるだけだ。

 

時刻表には忠実に発・停車を繰り返す列車だが、いつの間にか人の乗り降りはほぼなくなっている。

停車時間も極めて短く、扉が開いたかと思うと直ぐに閉まり、発車する。

気が付けば車内の乗客も数えられる程に閑散としてきた。

多くはカメラを抱えた鉄道ファンらしき人達ばかりで、熱心に飽きもせず、車窓に張り付いている。

 


 

天竜峡駅 

 

 これまで長い間左岸を走り続けた飯田線は久しぶりに右岸に渡り、国道474号線を超える。

やがて町並が開けると天竜峡駅で、定刻の1413分に到着し、ここでは3分間停車する。

観光駅らしく、ここには全ての普通列車と特急が停まる。

当駅止まりの普通列車も多く設定されていて、北と南方面への結節点、接続駅の様相を呈している。

ホームにはライン下りを模した舟の模型と、マネキンも置かれていて、旅情を掻立てている。

 

1面1線の単式と1面2線の島式ホームを持つ有人駅である。

この辺りの標高は400m近くになり、始発の豊橋からは116.2q、これまでに凡そ3時間半を要している。

列車の平均時速で言えば33qほどで来たことになる。

 

天竜峡

天竜峡

天竜峡

 

天竜峡

天竜峡

天竜峡

 

天竜峡

天竜峡

天竜峡

 

天竜峡

天竜峡

天竜峡

 

駅の周りは観光地らしく、天竜ライン下りの出発地が有り、近くには土産物店や観光ホテル等の建物も見える。

ここは温泉地で天竜峡温泉「ご湯っくり」も近くにある。

 

ライン下りは、ホームから見える姑射橋を渡った袂から出ているようだ。

一日に数便あって、ここから先ほど通り過ぎてきた唐笠港までの間、およそ10qを50分程かけて下る。

天竜峡は春の桜や新緑の頃、紅葉のシーズンが特に良いらしい。

又冬の時期にはこたつ舟が運航されるので、他のシーズンとは異なった楽しさが味わえるという。

 

 

 

 天竜峡駅を過ぎると、車窓の趣は少しずつ変わって行く。

厳しい山塊は徐々に遠ざかり、視界は開け、所々で小さな集落を見かけたりもする。

流石にトンネルも少なくなり、遠くに山並みをのぞみ、里山と小さな町並がゆっくりと車窓を流れていく。

 

だいぶ高度も上がってきて、どうやら飯田線は、河岸段丘の段丘面を進んでいるようだ。

天竜川は遙か先の抉られた段丘崖の底を流れているらしく、車窓から直接川の流れを目にする事が殆どなくなった。

ここは東の伊那山地、西の木曽山地に挟まった盆地で、かなり起伏の厳しい所謂「伊那谷」と言われる地である。

天竜峡駅で382mあった標高も更に上がっているようだ。

飯田線は、その先からは更に高度を上げ、行く手には名うての急勾配区間も待ち構えている。

 

伊那谷

伊那谷

伊那谷

 

伊那谷

伊那谷

伊那谷

 

伊那谷

伊那谷

伊那谷

 

川路は、開業当初は「伊那川路」と言った。

地名が示す通り、伊那谷の天竜川の川筋に開けた町らしく、この辺りの標高は一段と低くなっている。

その為駅周辺は、「三六災害」「五八災害」など、度重なる大きな水害の受難の歴史があると言う。

 

 次の時又までは、2qにも満たない距離である。

しかし、前身の伊那電気鉄道時代には、その中間辺りに「開善寺前」と言う駅が有った。

フジやボタン、シャクナゲの名所として知られる、臨済宗の寺の門前に近いところにあったらしい。

流石に近すぎると言う事であろう、国が買収し国有化の飯田線の誕生と同時に廃止されている。

 

駄科には廃線になった相対式ホームの名残がそのまま残されていた。

次の毛賀のホームには、モダンなガラス張りの待合室がホーム上に設けられている。

何れも1面1線の単式ホームを持つ地上駅で、当然駅員のいない無人駅だ。

 

この辺りの駅間は、何れも都会の電車並に短く、これは飯田線の前身である伊奈電気鉄道時代の名残だ。

スピードも上がらないうちに少し走っては停まり、直ぐに発車と、列車は律儀に発停を繰り返す。

これまでの秘境駅に比べれば、若干人の乗り降りが増えたようではあるが、何れも大した人数では無さそうだ。

 



 

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